第35話 春秋重ねし恋の結末、月を抱く星空は明けて~生徒会長選挙~②
土曜日、俺と夏野は約束通り、霜雪の部屋でグラペンのアニメを一期と二期、ぶっ通しで鑑賞し、観終わる頃には夕方になっていた。
「おい、どこにそんな泣く要素があったんだよ」
隣では夏野が涙を流しながら霜雪に頭を撫でられている。
「だって……。だってぇー、実は今まで戦っていた悪の組織はフェイクで実は全てを仕組んだ黒幕は別にいて、これ以上はプリペンを巻き込めないと考えたグラペンがプリペンに別れを告げるシーン、悲しすぎて無理―。涙を流すプリペンに自分のサングラスをかけて、夕日をバックにキス。あれで感動しないなんて、まこちゃんは人間じゃない!」
「アニメで人間性を否定するなよ。だってグラペンもプリペンもペンギンだろ。くちばしでキスなんてシュールだろ」
俺は夏野と霜雪からそれぞれ抱きながらアニメを見ていたグラペンとプリペンのぬいぐるみを受け取り、くちばしでキスさせてみる。
「ほら、どうやってくちばしでキスするんだよ」
「うるさい! まこちゃんの馬鹿!」
夏野はまたそのシーンを思い出したのか涙を流す。
「随分な言いようだな」
「冬風君が悪いわ。私も初めてあのシーンを見た時は泣いたもの」
「霜雪もか……」
「ちなみに三期は今年の冬に放送されるわよ。待ちきれないわね」
「三期もあるのかよ……」
相変わらずこのペンギンはどこでこんな人気なんだ? サングラスを外してグラペンの素顔を久しぶりに見てみると、なんだか誇らしげな表情をしているように見えた。
夏野も落ち着き、霜雪が淹れてくれたお茶を飲んだところで、そろそろ帰ろうかと立ち上がった瞬間に勢いよく霜雪の部屋のドアが開けられた。
「誠君! 奏ちゃんと一緒に今日は泊まっていくよね⁉」
「いえ、美玖も待っているんで僕は帰ります。いつもお誘いいただきありがとうございます」
相変わらず霜雪母はテンションが高いうえに、何かと俺を家に泊めようとしてくる。
「へへーん、いつもならこのまま帰してあげるけど、今日はそうはいきません!」
霜雪母が誰かを呼んだと思ったら、美玖が扉の陰から顔を出した。
「美玖⁉ 今日は家でゴロゴロするって……」
「えへー、そのつもりだったけど、奏さんも来るって聞いたから来ちゃった。あ、まこ兄の着替えもちゃんと持ってきたよ!」
霜雪母が得意げにスマホを見せつけてくる。いつの間に美玖と連絡先を交換してたんだよ。
霜雪の方を見ると肩をすくめてきた。諦めろという合図だ。
「……分かりました。お世話になります」
「いえーい! じゃあ夕飯の準備に戻るね! みんなはお風呂に入ってきてー」
そう言い残して霜雪母は部屋から一階に戻っていった。
「真実ちゃんのお母さん、楽しい人だね」
「冬風君がいて、今日はさらに夏野さんもいるから、いつも以上に舞い上がってるのよ。夕食も腕を振るって作ってるでしょうね」
「真実さん! 奏さん! 今日もよろしくお願いします!」
「美玖さん、来てくれてありがとう」
俺は先に風呂に行ってこいとの霜雪の指令で、美玖から着替えを受け取り、部屋を出た。
「昨日、誘ってはみたのだけど、戦国さんは残念だったわね。せっかくこうやって休日に集まることができたのに」
「まあ、大会が近くて部活が忙しいらしいからな。そろそろあいつも引退だ」
夕食を食べ終わった後、美玖と霜雪両親が話し出したのでこれ幸いにと俺は霜雪の部屋に逃げ込んだ。部屋は俺と夏野と霜雪の三人だ。
「まこちゃん、まこちゃんは大ちゃんと咲良ちゃん、どっちが生徒会長になると思う?」
「分からないな。二人のうちどちらかが飛びぬけて優秀なわけではないし、バックには秋城と星宮がいる。二人の真の目的は月見と春雨を勝たせることではないが、推薦者としては自分の全力を出すだろう。まあ、あいつらからしても大事なのはどちらが会長になるかじゃなくて、どう会長になるかだ」
「冬風君が昨日言ってた月見君と春雨君に足りないものって何? 私と夏野さんが感じているものと同じものだとは思うけど」
霜雪が脚のマッサージをしながら聞いてくる。
「月見に足りないのは自分から考えて動くことだ。一言で言ったら主体性だな。もう一年以上生徒会で活動しているが、月見が自分から何かを提案したり、リーダーになって動いた所を見たことがない。今年の体育祭は去年の体育祭とほとんど同じ事をしただけだし、去年の体育祭は星宮が付きっきりで支えていた。与えられた仕事の範囲では自分から動いて、かなり働いてくれるんだけどな。極めつきは昨日、秋城が推薦すると言った後だ。春雨が立候補すると思っていたと言っていたのに、秋城に押されて結局は立候補を決めた。自分より優秀な奴の言うことは絶対だと思って、自分からは意見を言わないんだ」
「……そうだね」
「春雨に足りないのは自信だな。春雨は自分の意見を持っていて、月見とは違って俺たちに意見も言う。ただその時に必ず保険を掛けたような言い方をする。私なんてって思っているのは明白だ。それに春雨は人前に出るのが苦手だ。生徒会で書記兼会計という役職だった関係で生徒の前で話すことは俺たちに比べて少なかった。いや、多分一度も壇上とかに立ってないはずだ。秋城ほどとは言わないが、ある程度の自信がないと生徒会長になんてなれない。春雨のことだ。秋城に憧れて、自分なんてと思いつつも、少なくとも月見よりかは生徒会長になろうとしていたと思う。ただもし月見が生徒会長に立候補すると始めから言っていたら、春雨は黙って身を引いていただろう。まあ、それだけで譲るほどの気持ちでは長くはもたなかったと思うがな」
「辛辣ね。ただ秋城君も星宮さんもそう思ったからこそ行動した」
「ああ。ただ生徒会長をするだけなら別に今のままでもいい。けどあいつらは秋城の生徒会長としての姿を見ている。だから適当に仕事するなんてできないだろうし、今のままで会長になったら、理想とのギャップに耐えられなくなるだけだ」
「政宗君は特別な方だと思うけどね」
「ああ。だがそう分かってはいても意識せざるを得ないだろ。結局はあいつらが生徒会長になった自分に納得できるかどうかだが、今のままでは絶対に納得なんかできないだろう。秋城と星宮はそうさせないために、そして自分たちの責任を取るために、嫌われる覚悟で二人に強く当たっている」
「責任って……」
「春雨も月見も昔から秋城と星宮と一緒にい過ぎて、それぞれお互いを意識し過ぎしていて、同時に意識できないでいる。それは決して悪いことじゃないし、信頼関係も深い。ただ、生徒会は解散する。そうしたらもう、これまでのようにずっと二人を上から助けるなんてできない。そもそも助けが必要なんて状況を作ってしまったことに秋城たちは責任を感じている。友情や恋愛と今回の件は別の話だからな。まあ俺たちは俺たちの仕事をするだけだ。俺としては春雨も月見も応援してる。だからどちらか片方に肩入れはしない」
「そうね。最終的には秋城君たちが決着をつける問題ね。私たちは四人が会長選挙に集中できるように普段の生徒会の仕事を頑張りましょう。選挙当日の運営も任されると思うわ」
「うう、もっと二人の力になれたらなー」
「あんまり難しく考えすぎるな。……もうこの話は終わりにするか。俺たちがここで何を言ってもどうにもならないしな」
「そうね。冬風君、美玖さんを救出してきて」
「それって俺が犠牲になること前提だよな」
「冬風君を捧げて美玖さんが手に入るなら安いわね」
霜雪が微笑む。
「人を安いとか言うなよ」
そう言いつつ俺は下で霜雪の両親と話し込んでいる美玖のもとへ向かった。
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