第35話 生徒会長選挙
第35話 春秋重ねし恋の結末、月を抱く星空は明けて~生徒会長選挙~①
「月見と春雨がいないだけで随分寂しいな」
夏野たち四人と出かけた後も、生徒会で今年もプールに行ったり、天体観測に行ったりとかなり充実した夏休みだった。充実していたということはそれほど時間の流れは早く感じ、あっという間に二学期になり、二年生である月見と春雨は去年の俺たちと同様にハワイへ修学旅行に行っている。
もう一年以上、生徒会の仕事をしているので、月見と春雨がいなくても仕事は問題なく終わり、ゆっくりお茶でも飲みながらの雑談タイムへと移行した。
「もう一か月もしたらこんな風にここで過ごせなくなるのね」
修学旅行から二年生が帰ってくるとすぐに生徒会長選挙の準備が始まり、選挙の後に今期の生徒会は解散する。
「ここで弁当を食べることもできなくなるのか。結構快適だったんだがな」
「本当に一人で食べてたのね。誠君、誘ってくれたら私が付き合ってあげたのに」
「どうせ遠くからにやにや笑いながら観察してくるだけだろ。星宮と二人きりはごめんだな」
「うわー、酷い。奏ちゃん、真実ちゃん、誠君が私に暴言を吐いてくるー。助けてー」
「まこちゃん、女の子の気遣いを無下にしたら駄目だよー」
「最低ね」
「秋城、助けてくれ。生徒会のメンバーからモラハラを受けている」
「最低だね。誠」
「俺かよ」
星宮が我慢できずに吹き出し、爆笑する。
「誠君をみんなでいじるの癖になっちゃいそう」
「勘弁してくれ」
全員が同時にお茶を飲んで場が落ち着く。
「みんな、大地と咲良が修学旅行から帰ってきたら選挙がある。次の会長は誰がなると思う?」
「大ちゃんか咲良ちゃんじゃないの?」
「だろうな。会長は生徒会の経験者がなることがほとんどだというし、秋城の後釜に未経験者が立候補してくることは考えられない。ただ……」
「ただ?」
「いや、今言うことじゃないな。忘れてくれ」
そう言った俺の方を秋城と星宮が真剣な眼差しで見てくる。おそらく同じことを考えてるのだろう。
「誠、言ってくれ。多分それは今言うことだよ」
「ええ、お願い」
どうせぶつかる問題なら今の方がいいか。幸い月見も春雨もいない。
「月見と春雨、二人のうちどちらかが次期生徒会長になる。ただそれは生徒会長になるだけで、二人が生徒会長としてやっていけるのかどうかは別問題だ。そして俺はこのままだとあいつらの生徒会は上手くいかないと思っている。月見も春雨も優秀だが、それぞれ絶対的に足りないものがある。まあ、だからと言って二人が生徒会長になるのを反対しているわけじゃない。むしろ応援してる。だからこそ……」
「気がかりというわけだね。僕と空も同じ考えだ。それに真実も奏も感じるところは同じだろう?」
夏野と霜雪が静かに頷く。
「会長選挙が僕たち最後の仕事だ。そして生徒会の先輩として大地と咲良に関われる時間ももう少ない。最後の僕のわがままを聞いてくれるかい?」
秋城と星宮がおそらく二人で出したであろう結論と考えを俺と夏野と霜雪に伝える。
「……秋城、星宮、本当にそれでいいのか? もっと分かりやすい方法も考えれば見つかるかもしれない」
「ああ、僕も空もこれまで散々逃げてきたからね。最後くらいは咲良と大地のために自分ができることをしておきたい」
「けど、それがもし悪い方向へ進んだら……」
夏野が心配そうに秋城を見つめるが、秋城はいつものように微笑む。
「大地と咲良は乗り越えてくれると僕は信じてる。失敗しても僕と空が嫌われるだけだ。奏たちには迷惑をかけないよ」
「……しょうがないな。夏野、秋城と星宮が決めたことだ。俺たちは俺たちにできることをしよう」
「……まこちゃん。分かった……」
「ありがとう。もう少しだけ僕に付き合ってくれ」
「全く、いつまでも拗らせやがって」
「誠君にだけは言われたくないわね」
「誠は拗らせた人の数なら学校で一番多いかもね」
再び生徒会に笑い声が響く。月見と春雨が帰ってきたらしばらくはこんな風に笑えなくなるかもな。少し寂しさもあったが、秋城と星宮が覚悟を決めたのなら、それに付き合うだけだ。この生徒会、最後の仕事として。
「まこちゃん、本当に政宗君たちに協力するの?」
「あいつらが決めたことだからな。俺は俺にできることをする。といってもそんなに協力できることはないが」
「……そっか」
秋城と星宮が二人で生徒会室に少し残ると言ってきたので、俺は夏野と霜雪と一緒に一足先に学校を出た。
「けどやり方はスマートじゃないわね。秋城君と星宮さんらしくない」
「あいつらも色々と考えるところがあるんだろ。月見たちが修学旅行から帰ってきて、すぐに立候補の受付。それから一週間後には演説と投開票。これまでどの年も大抵、立候補者は一人の出来レースみたいな選挙だからこんなハードスケジュールで成り立っていたらしいが、今年は大変だな。秋城と星宮もその期間は生徒会室になかなか来なくなるだろう」
「そう考えると寂しいね。もうみんなで揃って生徒会の仕事をするのは選挙の後の数回だけ……」
「……そうね」
「そんな顔するなよ。まだ俺たちの仕事はある」
「……だね」
「夏野さん。今週の土曜日、冬風君と私の家でグラペンのアニメの鑑賞会をするのだけど一緒にどうかしら?」
「え⁉ 行きたい!」
「じゃあ決まりね。夏野さんがよければ泊まりに来ても大丈夫よ」
「やったー! まこちゃんもお泊まりするの?」
「まさか。俺は観終わったら帰るよ。俺が泊まったら霜雪の両親のエンドレス恋愛話が始まるからな」
「可哀そうに」
「お前が俺を放置するから苦労してるんだよ。じゃあ、また明日な」
「うん! また明日ね!」
夏野、霜雪と別れて俺は自分の家への道へ入った。
月見と春雨がハワイから帰ってきて、二人のお土産を食べながら生徒会はまた雑談タイムになった。
「大地、咲良。もう今日から会長選挙の立候補の受付けが始まってる。二人はどう考えてる?」
「どうって、咲良が立候補するんじゃないですか?」
「わ、私は大地君が……」
予想通りだな。二人がこう反応するのは分かっていた。
今日から生徒会は少し荒れ模様になるだろう。
「そうか。二人とも自分から会長になるつもりは今の所ないんだね。けど僕としてはこの生徒会から次期会長を出さなければ引退してもしきれない。というわけで、大地。君に生徒会長になってもらう。推薦人は僕だ。咲良に生徒会長は向いてないからね」
「いいえ。生徒会長になるべきなのは大地じゃなくて咲良ちゃんよ。推薦人は私で立候補してもらうわ」
「そうか、空。じゃあ僕たちはこれから敵だね。空とは決着をつけなければいけないと思っていたんだよ」
「奇遇ね。私がいつも二番なのは政宗に気を遣ってたからよ」
月見と春雨がいきなり不穏な雰囲気になった秋城と星宮を心配そうな目で見つめる。
「じゃあ、早速朝市先生たちに立候補の申し込みに行こうか」
そう言って、秋城たちは戸惑う月見たちを連れて、生徒会室を出ていき、部屋は俺と夏野と霜雪の三人だけになった。
「始まったか……。これからあいつらは辛いだろうな」
「……だね」
秋城と春雨、星宮と月見。ずっと一緒だったあいつらは、最後まで簡単に答えを出そうとしなかった。今回の荒療治であいつらの青春に答えは出るのだろうか。
それはあいつら自身も分からずに、暗闇を進んでいるはずだった。
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