第34話 奏でる想いはずっと一緒に~みんなで過ごす時間~⑤

 ショッピングが落ち着いたところでゲームセンターに向かう。


「ゲームセンターってなぜこんなに騒がしいのかしら。いつまで経っても慣れないわ」


 霜雪がクレーンゲームを見ながら呟いた。


「それは我慢するしかないな。というか来たことはあるんだな。霜雪のことだから初めてかと思ってた」


「高校までは確かに来たことはなかったわ。夏野さんと出かけるようになってから初めて来たの。夏野さん、プリクラが好きみたいだから今日もそのつもりだと思うわ」


「なるほどな」


「だからこういうクレーンゲーム? これらはあまり見たこともないし、やったこともないわ」


 戦国と夏野がいつも間にかどこかへ消えていたので、そのまま霜雪と色々見て回る。


「グラペンに似たぬいぐるみがあるな。グラペンと何か関係あるのか?」


 ふと目を奪われた筐体の中には可愛らしい目をしたペンギンのぬいぐるみが入っていた。


「これはプリンセスペンギン。略してプリペンよ。グラペンがエージェントとして潜入した王国の姫で、任務中にも関わらず、二人は恋に落ちてしまうの。そしてその王国の闇を暴いたグラペンはプリペンを国から連れ出して、二人は生涯を共にすることを誓う。そしてプリペンは後にグラペンのバディとしてエージェント活動を始めるの。ここからがアニメ第二期の物語」


「……まずグラペンにアニメがあったことに驚きだし、二期が作られるほど人気っていうのも信じられない。それにそんな謀略物みたいなストーリーで霜雪がそこまで詳しいのも予想外だ。情報量が多すぎて理解が追いつかない」


「あら、私は円盤も持ってるから今度一緒に見る? もう何周もしたけど全然飽きてないわ」


「なんでそんなにハマってるんだよ」


 取り敢えず百円を入れてプレイしてみると、一発でプリペンが取れてしまった。


「誰かがかなりプレイした後だったんだな。霜雪、お前にやるよ」


「いいの? 冬風君が取ったのに」


「元々取れたらそうするつもりだったんだ。霜雪がキラキラした目で見てたからな。まさか一発で取れるとは思っていなかったが」


「……そんな目してないわ。けどありがとう。大切にする」


「ああ、お前の部屋のグラペンに彼女ができて俺も嬉しいよ」


 店員さんに袋を貰ったところで夏野と戦国が合流した。


「まこちゃん! 真実ちゃん! プリクラ撮ろう!」


 隣の霜雪がほらねというような表情をする。


「美玖と撮ったことがあるが、どうにも苦手なんだ。近くで待ってるから三人で行ってこい」


「駄目です。まこちゃんに拒否権はありません」


「映画の時といい、俺の権利は保障されてないのか?」


「じゃあ民主主義にのっとって多数決をします。まこちゃんとプリクラを取りたい人、挙手をお願いします」


 霜雪と戦国が無言で手を挙げる。


「はい、決定!」


 そのままプリクラ機に連れて行かれ、俺の意志に関係なく撮影が行われた。


 加工はさすがに見てられないのでブースの外に抜け出す。


「なかなか可愛く撮れてたわよ」


「俺のそんな姿、誰に需要があるんだよ」


「夏野さんと戦国さん」


「やめてくれ。それより霜雪は一緒にやらなくていいのか?」


「ええ、慣れてる二人に任せるわ」


 霜雪はそう言うが、俺の話し相手として出てきてくれたのだろう。


「まさかお前たちとこんな風に出かける日が来るとは思ってなかった」


「そうね。こうなるまで随分時間がかかったような気がする。ずっと前からそれぞれの想いは一緒だったはずなのに」


「……後は俺だけだな」


「冬風君が一番辛い役目ね。ごめんなさい」


「霜雪が謝ることじゃない。今まで俺がやって来たこと、俺が感じてきたことに対する責任だ。もう目を背けない」


「ありがとう。ただ今日だけは肩の力を抜いていいわよ。今という大切な時間と関係を楽しみましょう」


 夏野と霜雪がブースから出てきて、切り取ったプリクラを俺と霜雪に渡す。


 青春、ずっと一緒、みんな大好き。受け取ったプリクラにはそれぞれそう書いてあった。


 ずっと一緒だからこそ甘い。みんな大好きだからこそ切ない。いつか終わってしまう関係だからこそ儚い。


 この初めての青春恋愛はただ一つの答えを出すには難しすぎる。




「ねえ、建設中だった観覧車! もう乗れるらしいから最後に行ってみようよ!」


 夕方になり、そろそろ帰るかというところで夏野が提案してきた。確かに小さめの観覧車がショッピングセンターの隣にできてたな。


 せっかくだからと乗ることになり、観覧車の乗り場まで行く。


「四人乗りか、丁度良かったな」


 そう言った俺の後ろでなぜか三人がじゃんけんしており、夏野が勝利した。


「まこちゃんはあたしとね」


「全員一緒に乗らないのか?」


「うん、さっきのは誠と誰が乗るのかじゃんけんだったの。だから奏ちゃんと二人で乗ってね」


 霜雪と戦国に押されて、夏野と二人でゴンドラに乗り込む。


「うわー。あたし観覧車って初めて」


 夏野が目を輝かせながら外を見る。雨はもう止んで所々雲の隙間から夕陽が漏れている。


「俺もだ。小さめな観覧車のはずだが、結構高く感じるな」


 ゴンドラは徐々に高く昇っていき、頂上が近くなったところで対面に座っていた夏野が隣に座ってきた。


「あれ? まこちゃん、顔赤くなってる? さっき観た映画、観覧車の頂上でキスするシーンがあったもんね。期待しちゃった?」


「そんなことはない。夕焼けのせいでそう見えるだけだ」


 そうだ。なぜか心臓の鼓動が早くなったのも、高い所にいて興奮しているだけだ。決して最近の霜雪と戦国のキスを思い出したからじゃない。


「それはそれでなんか悔しいなー。あ! 向こうに虹が見えるよ」


「どこだ?」


 ゴンドラは丁度、頂上に差し掛かった。この高さから見る虹はさぞかし綺麗だろう。夏野が指さした方を見ようと、夏野の方へ身を乗り出した瞬間、腕を後ろに回され夏野と唇が重なった。


「嘘つきなまこちゃんにはよそ見なんかさせてあげないよ。じゃんけんに勝って二人きりになれたの。せっかくのチャンスをあたしは無駄にはしない」


「俺には景色を楽しむ権利もないのか?」


「発言する権利もあげない」


 そう呟いた夏野は身を引こうとした俺を逃がさず、また夏野の唇と俺の唇は再び触れ合った。




「おい、こうなることは分かってただろ。後先考えて行動しろよ」


 頂上を過ぎて急に冷静になったのか夏野は俺の対面に座りなおして、顔を手で覆っている。


「うー、調子に乗り過ぎちゃったー。まこちゃん、こっち見ないでよ!」


「この空間でそれは逆切れだろ」


 ゴンドラが一周して、四人で駅に向かう。


「今日は楽しかったー。真実ちゃん、奏ちゃん、誠。また遊びに行こうね!」


「うん!」


「ええ、必ず……」


 それぞれの路線の電車が来るたびに一人ずつ帰宅していき、最後には俺だけになった。


 今年の夏休みは去年にも増して色々あるな。どれもかけがえのない思い出だ。一人だけのホームで何となく振り返る。


 ずっとこのままでいたい。答えを出す覚悟を決めたとはいっても、いつまでもそう思う気持ちは変わらない。だが時間は残酷だ。どれだけゆっくりと流れて欲しいと思っても、時計の針は回り続ける。


 気付けば俺たちの夏休みは終わり、季節も夏から秋へと変わりつつあった。

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