第33話 海

第33話 海に煌めく風と結晶~海~①

 夏野に誘われた通り、今日は海に来た。メンバーは夏野と霜雪、戦国と大和、それにお見舞いにも来てくれた三上たち五人グループだ。


 到着してすぐにはしゃぎだした他のメンバーとは離れて、俺はレンタルのパラソルの下で荷物番をしていた。霜雪は隣で入念に日焼け止めを塗っている。


「遊びに行かなくていいの? 荷物なら私が見てるわよ」


「いや、到着してすぐのあいつらのテンションに付き合ってたら一日持たない。少し泳がせてからの方が丁度いい」


「上手いこと言うわね」


「それより本当にこのメンバーで大丈夫だったのか。俺は知り合いばかりだったが、霜雪は無理してないか?」


「大丈夫よ。冬風君はいつも生徒会室でお弁当を食べているけど、私は下野さんや大和さんたちと食べているの。三上君も尾道君もよく話しかけてくれる。いい人たちね」


「ああ、そうだな」


 霜雪が俺の方に寄ってきて背中を向ける。


「日焼け止め、塗ってもらえる? 去年は自分から言ってくれたのに、今年は嫌だとか言わないわよね?」


「……お前、よく今までそんなサディスティックな一面を隠してこれたな」


「人は選ぶわよ。なかなか気持ちいいわよ」


「本当にお前のことが怖くなってきたよ」


 変に抵抗してもいじられるだけなので、お望み通り、日焼け止めを背中に塗ってやる。


「ほら、これで終わりだ」


「ちゃんと塗ってくれた? これで日焼けしたらあなたのせいよ」


「知るか。これ以上は金取るぞ」


 霜雪は少し笑って諦めたように、俺の隣に座りなおした。


「……この肩の傷痕……どうしたの?」


 霜雪が俺の左肩を指でなぞる。


「……事故の時の傷だ。そこだけ他の怪我より少し酷くて痕になった」


「……そうだったの。ご……」


「謝るなよ。もう終わったことだし、こんな傷痕、全く気にしてない。霜雪に傷痕が残るようなことにならなくて良かったんだ」


「……本当にありがとう」


「気にするな」


 俺はこの後すぐに海に入ることはないと思ったので、一度ティーシャツを着なおす。


「真実ちゃんー! こっちに来てー!」


 少し遠くから夏野が霜雪を呼ぶ声がする。


「ほら、呼んでるぞ。遊んでこい」


「ええ、行ってくるわ」


 霜雪は立ち上がってパラソルから出ていく。


「この体を守ってくれてありがとう。お返しにたくさん見ていいわよ」


 そう言って走り出した霜雪の姿は暴力的に燃え盛っている太陽と重なり、輝いていた。




「冬風。荷物番、交代するよ」


 他の奴らが遊んでいるのを何となく見たり、あえて海で読書をしてみたりと自分なりに楽しんでいると、末吉がやってきた。


「いや、好きでここにいるんだ。ありがとな」


「そっか。じゃあ、俺もちょっと休憩!」


 そう言って末吉が隣に座る。


「……なあ、冬風……」


「何だ?」


 末吉にしてはやけに真剣な声で話しかけてきたな。もしかして何か悩みがあるのか。


「松本の水着ってなんか非合法な感じがしないか?」


 心配して損した。のろけかよ。


「知るか」


「いやー、松本のあの顔でビキニは駄目だろ! ……なんかいけないものを見てる感じがするっていうか……。新たな世界を開いてしまいそうというか……」


「ねえ、末吉君。それってどういう意味? もしかしてこの水着、似合ってない?」


 顔を上げると、松本が俺たちの目の前に立っていた。


「いや、違うって! むしろ似合い過ぎっていうか、可愛すぎっていうか、かっこよ過ぎっていうか……」


「本当に?」


「本当だって! あ、俺、喉乾いたからちょっと飲み物買ってくる!」


 そう言って末吉は財布を持って飛び出していった。


 松本はそんな末吉を見て笑いながら、俺の隣に座る。


「安心しろ、末吉は照れてるだけだ」


「僕なんかで照れてくれるなんて嬉しいな」


「付き合ってるのに、自分なんかなんて言ってやるな。末吉が聞いたら怒るぞ」


「だね! 冬風君は遊びに出ないの?」


「そうだな……。末吉と松本がここにいるなら俺は行ってくるよ」


「了解! 荷物は任せて!」


 松本と末吉の二人の時間を邪魔するわけにはいかない。俺は立ち上がって、三上と尾道が騒いでいる方に向かった。




 遊ぶだけ遊んで午前中はあっという間に終わり、それぞれが財布を持って、海の家でご飯を買ってくることになった。




「誠、来て」


 人混みの中で戦国に手を引っ張られてそのまま人目につかない場所に連れて行かれる。


「こんな場所に連れてきてどうしたんだ? 俺はかつあげでもされるのか?」


「うるさい、黙って」


 戦国に強い口調で迫られて、思わず壁に向かって後ずさってしまった。


「合宿の時に奏ちゃんや真実ちゃんと色々あったんだって?」


「……ああ。ただもう解決した、大丈夫だ」


「それは分かってる。けどどうして何も言ってくれなかったの? 私だけ何も知らずにのうのうと過ごしてた」


「誰をどう頼っていいのか分からなかったんだ。すまない」


「……これからはちゃんと頼って。私は生徒会にはいないし、誠と一緒にいられる時間は二人に比べて短い。だからちゃんと言ってくれないと何も分からない。気付けもしないの」


「ああ、分かった。それに最近は連絡してなかった。それもすまない」


「自覚はあったんだ?」


「……少しだけ」


「そっか」


 戦国がさらに俺に迫ってくる。ほとんど体を押し付け合うような近さだ。今日の戦国は一体どうしたんだ。


「ねえ、私の水着どう?」


「似合ってる」


「奏ちゃんと真実ちゃんの水着は?」


「……似合ってる」


「そう言うと思った。けど駄目。私だけを可愛いって言ってよ。この水着、誠のために買ったんだよ。誠に私だけを見て欲しくて。誠に私だけのことを考えて欲しくて。だから特別扱いして? ほら目を逸らさないで。私の全部を好きなだけ見て」


 戦国が両手で俺の顔を挟む。おい、本当にどうしたんだ。


「……俺が嘘をつきたくないのは知ってるだろ。だから……」


「ならもう喋らないで……」


 戦国に強く見つめられ、次の瞬間には唇を重ねられていた。後ろは壁、前は戦国、横に動こうにも顔は抑えられている。祭りの時の霜雪もそうだったが、こんなの反則だろ。


 お互いの唇が離れた後も、戦国はなかなか離れず、少しでも俺が動けばまた唇が触れ合ってしまうような距離感だった。


「誠、大好き……」


 そう言った戦国はやっと俺から離れて、海の家の方に戻っていった。

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