第32話 熱くて冷たい雪の華~最後の夏祭り~②
「いきなりなんだ⁉」
「貰うって言ったじゃない。これでさっきのはなかったことにしてあげるわ」
霜雪のことを真っ直ぐ見ることができずに、俺は目を逸らす。
「心臓に悪い」
「そうじゃなかったらもう一度するところよ。ちゃんと照れてくれてありがとう。……それに、私たちはこれが初めてじゃないわよ」
「は⁉ どういう意味だ、それ」
「そのままの意味……」
霜雪の言葉には全く心当たりがない。俺をからかっているのか? いいや、霜雪は嘘をつかないだろ。訳が分からない。
大胆なことをし過ぎたかも。けどためらうわけにはいかない。もっと私を見てもらわないと、とても夏野さんや戦国さんには勝てない。
「秋城から連絡が来た。落ち着ける場所を見つけたらしい。そこに行こう」
「ええ」
もう終わりだ。もう少しだけ冬風君を独り占めしたかったが、生徒会のみんなと過ごす時間も大切だ。
「じゃあ、行きましょう」
秋城君から送られてきた場所に向かって私が歩き出すと、冬風君が手を握ってきた。
「もう大丈夫よ。みんなに見られるわ」
「元々はぐれないために繋いでたんだ。どうせなら最後まで約束は守る。さっきは嘘をついたからその償いだ」
それはあなたとのキスで帳消しにしたのに。相変わらずあなたは優しいわね。ただ私はそれを言うことはせずに冬風君と指を絡めて、また人波に向かって歩き出した。
秋城たちとの集合場所に着いてしまうと、もう屋台は回れないと思ったので、たこ焼きを取り敢えず購入しておいた。
少し道から逸れた集合場所には秋城と春雨がいて、俺と霜雪が到着して五分後に残りのメンバーも揃った。
「うう、人多すぎ……。全然、ご飯食べられなかったよー」
夏野が残念そうにつぶやくのでさっき買ったたこ焼きを袋から出す。
「ほら、食べていいぞ。去年は夏野に貰ったからな」
「え⁉ いいの⁉ じゃあ遠慮なくいただきまーす!」
夏野は爪楊枝で一つたこ焼きを取って食べる。夏野と春雨は本当に美味しそうにご飯を食べるな。
「ん? まこちゃんどうしたの?」
「口にソース付いてるぞ」
「ん……。これで大丈夫?」
夏野が少し恥ずかしがりながら唇を舐める。さっきの霜雪のせいで、やけにそれが色っぽく見えてしまう。
残りのたこ焼きを夏野と一緒に食べ終わる頃にはますます人が多くなってきた。
「そろそろ、花火を見るために移動しようか。みんな、今年こそははぐれないように気を付けてね」
秋城がそう言って、春雨の手を握って歩き出す。
「大地、昔みたいにあたしの手を握ってもいいのよ?」
「逆だろ。空が俺の手を握ってろよ」
星宮と月見は言い争いながら結局は手を繋がずに人波に入っていった。
「……俺たちも行くぞ」
俺は夏野の手も、霜雪の手も両方握って、秋城たちについていった。
秋城の言っていた穴場は祭りの会場からそれなりに近いにも関わらず全然人がいなかった。それに少し高台になっているので花火もよく見えるだろう。
ベンチも二つあって、分かれさえすれば全員が座れる。
「久々に人に疲れたな」
「だね。その分、花火が楽しみ!」
俺が座っているベンチには夏野と霜雪がいて、もう一つのベンチには秋城、春雨、月見、星宮が座っている。
「みんな、今年はみんなと一緒に花火を見ることができて嬉しい」
秋城がいつものように軽い口調で話し始める。
「ただ、今日は一緒でも、四季祭の花火はもう一緒には見られない。この生徒会はあと二か月とちょっとで解散になる。それにもう生徒会として運営する行事はない」
秋城にしてはやけに寂しいことを言う。
「だけどね、僕はまだみんなと一緒にいたい。仕事も遊びもまだまだし足りないんだ。だから夏休みは僕にたくさん付き合ってもらうし、学校が始まったらたくさん働いてもらう。覚悟しておいてね」
秋城が出会った時と変わらない笑顔を見せる。最初は胡散臭いと思っていた笑みも、いつの間にか無邪気なものだと思うようになってしまったな。
「ええ。いくらでも政宗に付き合うわ。あなたの生徒会よ」
「はい! 俺もまだまだ先輩に甘えさせてもらいますよ!」
「うん! たくさん遊ぼうね!」
ああ、本当に俺はこいつらに出会えて良かった。そう一年前の俺に言っても、信じてはくれないだろう。だがこれが真実だ。
「夏野、遊ぶばっかじゃ駄目だろ。ちゃんと仕事もしろよ」
「もー、分かってるよ! けど今は夏休みだもん!」
夏休み。かけがえのない思い出を作るために与えられた子どもだけの特権だ。
俺たちにできることはただその時間を精一杯楽しむこと。それ以上でもそれ以下でもない。
「そろそろ始まるわね」
霜雪が時計を見てそう呟いた後、会場には花火大会開始のアナウンスが流れ始めた。
そして大きな音と共に一輪の大きな花が夜空に咲き、人々の歓声があらゆる場所から聞こえてくる。
「綺麗……」
「そうだな」
最初の儚い一発が嘘だったかのように、空は一気に花畑へと変わり、次々と光が咲き誇る。
去年は今頃、生徒会がどうなってるか分からないなんて言ったが、俺たちはみんな衝突したり、無理したり、笑ったり、泣いたりしながらここまで来た。この生徒会はいずれ解散する。ただそれは俺たちの今までの関係の終わりなんかじゃない。そう確信できる。
両方の手がほぼ同時に握られた。こんな俺たちの関係はいずれ終わる。ただ、それは悲しいことじゃない。俺たちが前に進み続けるために必要なことだ。どれだけ悩んでもいい。最後にはただ一つの答えを。ただ今は、今という時間を……
真実ちゃんの方を見ずにまこちゃんの右手を握る。真実ちゃんが、六花ちゃんがまこちゃんと何をしても、あたしには関係ない。あたしはあたしのやりたいようにこの時間を……
夏野さんも方を見ずに冬風君の左手を握る。夏野さんが、戦国さんが冬風君と何をしても、私には関係ない。私は私のやりたいようこの時間を……
噛みしめながら、過ごすだけだ。
「とても綺麗だったわね」
「ああ」
花火が終わってから、人が少しはけるまで、そのままベンチでゆっくりし、秋城の声掛けで帰路につく。
「まこちゃん、真実ちゃん、来週、クラスのみんなで海に行こうってなってるんだけど、来てくれるよね?」
「いや、さすがにクラスは……」
「ええ……」
「お願いー、一緒に行こうよー。それに来るメンバーはひふみんたちや六花ちゃんたちだよ。まこちゃんも真実ちゃんもこのメンバーなら大丈夫でしょ?」
夏野が必死にこちらを拝んでくる。
「霜雪、どうする?」
「……行きましょうか。ここまで誘ってくれたのに断るのは悪いわ」
「やったー! みんなも喜ぶよ! じゃあ、集合場所とか時間はまた連絡するねー!」
夏野が嬉しそうに鼻歌を歌い出す。
そう言えば体育祭の後から戦国とは会うことも連絡を取ることもなかったな。そんなに期間は空いていないはずだが随分久しぶりなような気がする。
「じゃあ、みんな気を付けて帰るんだよ」
夏祭りの会場を出たところで解散してバスも電車も使わない俺は一人になる。
何も言われず握られた手が熱い。この熱がそのうち冷めてしまって、寂しさを感じないようにか、俺はいつの間にか早足になっていた。
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