第32話 最後の夏祭り
第32話 熱くて冷たい雪の華~最後の夏祭り~①
「お袋、結構こっちにいるが仕事は大丈夫なのか?」
「ええ、もしかしたらこっちの支社に転勤できるかもしれないから、その調整も兼ねて、こっちに帰ってきてるの。もう少し一緒に過ごせるわ。それに今日は私もお祭りに行く」
合宿があった週の週末、そして夏祭りの当日に美玖に浴衣を着せているお袋に話しかける。
「お袋が? でも美玖も友達と行くって……。霜雪の両親とだな……」
「正解。そんな身構えなくて大丈夫よ。けど会場で会ったら美波たちはさぞ喜ぶでしょうね」
「そうならないことを祈る。あの二人にはついていけない。お袋が親父とあの人たちがいる生徒会にいたことさえ疑問なんだ」
「そう? とても楽しかったわよ。今の誠みたいな顔してその時もお祭りに行ってた」
「まこ兄、去年はしぶしぶお祭りに行ってたのに、今年はすっごく嬉しそう!」
「美玖、動いちゃ駄目よ」
美玖にそう言われて自分はどんな顔をしているんだと思う。ただそれを鏡の前で確認する気にはなれなかった。
「はい、これで大丈夫。誠、こっちに来て」
「自分で着れるさ」
お袋に断りを入れて、去年も着た親父の浴衣を着る。そしてお袋も自分の浴衣を着たところで三人で家を出た。
「お母さん、普段から凄く美人なのに、浴衣を着たらもっと綺麗―! 美玖も将来お母さんみたいになれるかなー」
「美玖は今でも十分可愛いわ。それじゃあ、二人とも気を付けてね」
会場に着いたところでそれぞれが待ち合わせ場所に向かった。
「すまない、待たせたか?」
生徒会の奴らとの待ち合わせ場所にはもう俺以外の全員が揃っていた。
「いいや、僕たちも今来たところだ。じゃあ早速屋台を見て回ろうか。今年は余裕を持って移動したいしね。ただ人が多くてはぐれるかもしれない。その時は花火を見る場所に最終的に集合しよう」
そう言えば去年は人波に揉まれ、夏野と春雨とはぐれてしまって結局全員では花火を見れなかったんだったな。
はしゃぎながら先に歩き出した夏野と月見を見て、今年も大丈夫だろうかと少し不安になった。
「私の母と父も嬉しそうにここに来たのだけど、なぜだか知ってる?」
霜雪が俺の隣に並んで歩き出す。
「俺の母親と約束してたらしいからな」
「やっぱり。そんなことだと思ったわ。それより合宿の後、冬風君の写真を見せてとずっと言われて大変だったの。どうしてくれるの?」
「それは俺のせいじゃないだろ」
「父も母もあなたのことが大好きみたい。もしかして私があなたを好きになったのは両親譲りの何かがあったのかも……きゃっ!」
慣れない下駄でつまずきかけた霜雪の手を握る。花火まではまだ時間はあるが、今年はもうかなり人に溢れている。
「この人混みだと生徒会で回るのは難しいな。花火の時までに合流ってことで秋城たちに連絡しておこう。もうあいつらの姿が見えない」
「……そうね。あの……手……」
「俺たちははぐれないようにして、二人で祭りを回ろう。手を繋ぐのが嫌なら浴衣を掴んどけよ」
そう俺が言うと、霜雪は強く手を握り返してきた。
「……私はこの手を離さない。だから冬風君も離さないで……」
「ああ」
少し落ち着ける場所はないかと、俺と霜雪は手を繋いだまま歩き続けた。
「この辺は空いてるな」
人混みを抜けた先に数件屋台があったので、霜雪と見て回る。
「何を食べたい?」
「焼きそば……。それにお好み焼き……」
「食いしん坊だな」
「一緒に食べさせてあげるわ。感謝して」
俺と霜雪は手分けをして焼きそばとお好み焼きの両方を買って端の方に避けた。
「で、一緒に食べさせてもらうための対価は何を払えっていうんだ?」
「そうね、ツーショット写真で手を打ってあげる」
「去年と逆だな。安いもんだ」
霜雪と半分ずつ交換して、食事を終えた。
「それにしてもなんでこんなに人が多いんだ?」
「花火の規模が今年から大きくなったらしいわ。どうやら四季グループの会社がスポンサーについたのだとか」
「なるほどな」
再び霜雪と歩いていると、後ろから大きな声で呼ばれた。
「げっ……」
「誠君―! 久しぶりー! もっと私たちの家に遊びに来てよー。どう? 今日はうちに泊まってく?」
ハイテンションなその声は霜雪母のものだった。後ろには霜雪父もお袋もいる。
「お久しぶりです。お言葉は嬉しいですがさすがに今日は……」
「えー! そんなにラブラブしてるんだったらいいじゃん!」
霜雪母に言われて、霜雪と手を繋いでいたことを思い出した。だが思わず力を緩めた俺の手を霜雪は強く握り返してきた。
「お母さん、急には駄目よ」
「えー、残念。でもこれ以上邪魔したら悪いし、お母さんたちは行くねー。誠君、またねー!」
霜雪母と父は手を振って、嵐のように過ぎ去っていった。
「誠、真実さんとはぐれたら駄目よ」
「分かってる。お袋も早く行かないとあの二人に置いていかれるぞ」
「ふふっ。大丈夫よ、慣れてるから」
そう笑ったお袋は霜雪の両親を追って、人混みに消えていった。
三人を見送った後、霜雪に引っ張られて、周りの目がない物陰に連れていかれる。
「……嘘つき」
霜雪が俺の胸に拳をポンと置く。
「手を離そうとしたわね」
「すまない。つい咄嗟に」
「気持ちは分かるけど、駄目。私はそれでも握り続けた」
「……そうだな」
「許して欲しい?」
「ああ」
「じゃあ、貰うわ」
「ん? 何をだ? おい……」
霜雪が俺の浴衣の襟を掴んで、下に引き寄せる。
周りには人がたくさんいるはずなのに、何も聞こえなくなった。心臓の鼓動ごと時間も空間も凍ったようだった。
冷たくも熱い唇にお互いの想いを感じながら、俺たちの心は雪のように解けていった。
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