第31話 真実の雪の下から嘘の花は芽吹く~三つ目の選択肢・嘘~⑧

「咲良、どうしてそんな浮かない顔をしてるんだい?」


 誠が真実と一緒に焼き番を変わってくれたので、その気遣いに甘えて、食事を楽しむ。ただ隣に座っている咲良の顔は少し寂しそうだ。


「私、誠さんと奏さんが悩んでたのに二人に何ができるか分かりませんでした。それにそんな風に私が悩んでいるうちに、もう解決してしまった。大切な先輩に後輩として何もできないなんて……本当に私は……」


「咲良、僕も同じだ。僕も誠と奏に何もしてあげることができなかった。二人を救ってくれたのは先生方と真実だ。友人として悔しいが、今回の件で僕たちにできることはなかった。自分を責めてはいけない。それを誠と奏が知ってしまったら怒られるよ」





「けど俺はこの生徒会で何も……」


 悔しそうな大地の顔を見ながら私は必死にかける言葉を考える。


「何もしてないなんてことはないわよ。これまで私たちはどの行事もそれなりに上手く運営した。生徒会みんなが協力したからよ。大地も頑張ってたじゃない」


「俺は先輩や……特に空に言われるがままのことをしただけだ。とても自分一人じゃ何もできない」





「そう思ってるのは咲良だけだよ。けど僕が今何を言ってを納得はしてもらえないだろう。少しこの話は忘れよう。咲良が言った通りもうみんなでいられる時間は少ない。だから一緒にいられる今と言う時間を大切にしなければ」


「……そうですね。政宗さん、ごめんなさい」


「いいんだ。これは……」





「私の問題でもあるの」





 食事が終わり、片付けまで済ませると、朝市先生が大量の花火が入っている段ボールを持ってきた。


「お前ら! 今年もやるぞー!」


 どうして朝市先生はこんなに花火が好きなのかは分からないが、紅葉さんと小夜先生のテンションもかなり上がっている。合宿でする花火に大切な思い出があるのかもしれないなとふと思った。


「そんなに線香花火が好きなのか」


 朝市先生と夏野と紅葉さんが激しい花火で大騒ぎしている所から少し離れた場所で霜雪は静かに線香花火を楽しんでいた。


「ええ。ちゃんとみんなの分は残してあるから安心して」


 そう言いながら霜雪が顔を上げた瞬間に火玉が地面に落ちた。


「……残念」


「俺もやろうかな」


 霜雪の分と合わせて二本、新しい花火を取って火を点ける。


「そう言えば去年、私たちで勝負して夏野さんが勝ったわね。その時のお願いはもう聞いてあげたの?」


「……俺が入院している時に、もう急にいなくなるなと言われた。それと霜雪を助けろともな。ただいなくならない約束は当たり前だし、結局霜雪を助けたのは夏野だった。だから……」


「ノーカウントでいいの?」


 声の方を見上げると夏野がいて、手が揺れた衝撃で花火が消える。


「ああ、他に何かあればな」


「じゃあ、今度六花ちゃんを入れて四人でどこかに遊びに行こ?」


「そんなことでいいのか? というかそれは霜雪と戦国に聞かなきゃならないことだろ」


「私は喜んで行くわ。戦国さんにも後で連絡しましょう」


「やった! じゃあ決まりだね!」


 夏野が嬉しそうにまた騒がしい方へと戻っていった。


「意外だな。霜雪が即答するなんて」


「あなたといられる時間はいくらあっても足りないって言ったでしょ。それに夏野さんと戦国さんがいる所に冬風君をむざむざと放置しておけないの。これは私たちの勝負なんだから」


「……そうか。何か危険地帯に放り込まれた子どもみたいな気持ちになるな」


「あなたさえ良ければ私が可愛がってあげるわ」


「冗談だろ」


「どう思う? 私は嘘をつかないけど?」


「それが嘘であることを祈ってる」


 真実だろうが嘘であろうが胸に抱えた気持ちは変わらない。それを分かったうえで俺は残り少ない時間で答えを出さなければならない。


 霜雪は俺と一緒にいられる時間はいくらあっても足りないと言ってくれたが、その気持ちは俺も同じだった。




 合宿三日目はコテージの中で遊び、昼食を食べて少ししたところで帰宅の準備に入った。


「今週の夏祭り、今年もみんなで行かないかい?」


「うん! 行きたい!」


 そう言えば学校近くの夏祭りと花火大会はこの時期だったな。


「じゃあ、また去年と同じように集合しよう。誠はお迎えがいるかい?」


「いらねえよ。ちゃんと行くから安心しろ」


「一人で来れるなんて成長したね」


「子どものお使いみたいに言うな」


 次に生徒会で会う予定が決まったところで、それぞれが車に乗り込み、コテージを後にした。


「相変わらず、夏野さんと月見君は寝るのが早いわね」


 小夜先生が運転席から笑いながら俺と星宮に話しかける。


「その時、その時に全力だから人一倍疲れてるんですよ」


「そうね。素敵なことだわ。……これで生徒会として行事は全部終わっちゃったわね。少し寂しい気がするわ」


「大丈夫ですよ。だからと言ってすぐに解散ってわけじゃないです」


「解散かー。この生徒会の任期は特別でずっと一緒って感じがしてたけど、避けては通れないわね」


「はい、けど私たちが解散しても大地か咲良ちゃんが後を継いでくれます」


「会長選挙か」


「今年はどうなるでしょうね。去年の秋城君みたいに楽なものじゃないはず」


「私たちは見守るだけです」


「……そう。まあ、まだ先のことだし、考えすぎるのは良くないわね」


 生徒会長は基本的には前年度の生徒会経験者がなることがほとんどらしく、今年でいうところの春雨と月見だ。この二人が生徒会長についてどう思っているか分からないが、いつかは直面する問題だ。



 車は走り続け、最初に俺の家に着いた。


「小夜先生、ありがとうございました。星宮、じゃあな」


 二人に挨拶してドアを開けようとしたところで、俺はその手を止めた。


「……夏野。夏野、俺の家に着いた。また祭りの日にな」


 静かに隣で寝息を立てていた夏野を起こし、別れを告げる。


「んっ……。あ、うん! またね!」


 夏野は寝起きとは思えないほどの笑顔をこちらに向けてくる。


 去年はたったこれだけのことができなくて夏野を傷付けた。その頃の俺は全く夏野の気持ちに気付けていなかった。だがもう違う。もう同じ過ちは繰り返さない。


 今度こそ外に出た後に荷物を下ろして、小夜先生に挨拶をした。


 走り去って行く車を見ながら思う。夏野、この合宿で初めて俺たちは本当の意味で向き合えた。


 この世界の生き方は二通りある。嘘に生きるか、真実に生きるかだ。どちらが正しいかなんて分からない。霜雪が真実だとしたら、夏野は嘘。そしてそのどちらでもない戦国は誠。全てが等しい選択肢だ。どの答えを選ぶのか、この恋にどの結論を下すのかは……俺次第だ。

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