第31話 真実の雪の下から嘘の花は芽吹く~三つ目の選択肢・嘘~⑦
合宿二日目の朝、かなり早く目が覚めた。二度寝はできそうになかったので、下に降りると、朝市先生と秋城が二人でコーヒーを飲みながら話していた。
「おはようございます」
「お、早いな。まだ朝食は作ってないからもうちょっと寝てていいんだぞ」
「いえ、それなら手伝いますよ」
「そうか、じゃあ今日の昼の分のサンドイッチまで全部作っておくか。去年はすっかり忘れてたからな」
「そうですね。三人いればみんなが起きてくるまでに終わると思います」
秋城と朝市先生はコーヒーを一気に飲み干し、三人でキッチンに向かった。
料理に手慣れている三人だったので、作業はスムーズに進み、秋城の言った通り、他の奴らが起きてくるまでに朝食と昼食に食べる用のサンドイッチの準備は終わった。
去年と同じスケジュールということなので、朝食を食べた後は水着に着替えて近くの川に向かう。
「夏野さんと話し合えたのね」
早速、はしゃぎ始めた夏野や月見たちを見ながら、少し岩に座っていると霜雪が話しかけてきた。
「ああ、ありがとう。霜雪のおかげだ」
「最後に向き合うと選択したのはあなたと夏野さんよ」
少しの間、霜雪と見つめ合う。
「日焼け止め、ちゃんと塗ったか? 俺のを持ってきたから貸せるぞ」
「ありがとう。でも、もう夏野さんのを使わせてもらったわ。冬風君って本当に面倒見がいいわよね」
「心配になるだけだ。美玖もお袋も肌が弱いから、色々と辛いのは分かってる。それに昨日は俺が帰ってくるのを待っててくれたんだろ? 責任を感じる」
「気にしなくていいの。小夜先生が中に入れって言ってくれたのに、私は聞かなかった。私は頑固だから」
「それが良い。頑固ってのは自分を強く持ってるってことだ」
「ええ。今更物分かり良くなんてなりたくないわ」
そう言って川に入った霜雪がすくった水を俺に飛ばしてくる。
「せっかくの合宿よ。遊びましょう」
「ああ」
俺も蒸し暑い外からは想像できないほどひんやりとした川に入って、霜雪にお返しをしてやった。
「もー、みんなだけ水着持ってきてるなんてずるいー!」
「ずるいも何も紅葉先輩と合宿で会うなんて想定外ですよ」
「ええ、脚だけ浸かって我慢してください」
「やだやだー。もういっそのこと下着で……」
「駄目です。俺たちだけならまだしも年頃の男子もいるんですから」
「男子がいるって言っても、一人は弟だし、他はハーレムモテモテ君と意識しまくり幼馴染君じゃんー」
「なかなか冷静で酷い呼び方をしますね。ほんとにその聡さがあって、なんでそんなに子どもっぽいんですか」
「童心を忘れたら人生つまんなくなっちゃうからね。えい!」
「うわ! 何するんですか⁉」
「えへー、私は水着じゃないから仕返しできないでしょー」
「涼香、覚悟はできてるらしいぞ」
「ええ、先輩も後輩も関係ないですよね?」
「え……。嘘だよね? 涼香ちゃん? 輝彦君? 止めてー!」
「先生たちもかなりはしゃいでるな」
「僕たちも大人になってもあんな関係でいたいね」
「大人になった秋城はさぞ可愛げがないんだろうな」
「失礼な。紅葉姉さんのようにわがままばかり言ってると思うよ」
「そうか、楽しみにしてるよ」
「まこちゃんー! 政宗君―! こっちに来てー!」
少し離れた所から夏野がこちらに手を振ってくる。
「奏と仲直りできたみたいだね」
「ああ、迷惑をかけてすまなかった」
「迷惑だなんて誰も思っていないさ。僕たちの任期はもう短い。取り返しがつかなくならなくて良かったよ」
「そうだな。だからこそこれからの時間はより大切に過ごさせてもらうよ」
「ああ、後悔のないように楽しもう」
その後、昼食の時間になってもなかなか気付かないほどに俺たちは遊び続けた。
午後はそれぞれが思い思いに過ごして、小夜先生と秋城姉弟が買い出しから帰ってきたタイミングでバーベキューの準備を始めた。
「霜雪、これを串に刺してくれるか?」
「ええ、任せて」
昨日に引き続きくじで調理係になった俺は朝市先生たちと食材の準備をする。
「朝市先生、なんか今年は去年にも増して豪華じゃないですか?」
「ああ。去年、お前たちが頑張って新しい四季祭を成功させてくれたおかげで、合宿の予算が増額されたんだ。相変わらず学校は太っ腹で助かる。合宿の予算は基本的には合宿で使い切りだから必然として豪華なバーベキューになったってわけだ」
話に聞くところによると、紅葉さんも四季グループの重要人物としてバリバリに活躍しているらしい。毎年、紅葉さんはバカンスを取っているらしいが、それを可能にしているのは本人の優秀さゆえだとか。朝市先生と小夜先生と話している時の紅葉さんからはそんな雰囲気を感じられないが、秋城の姉なのだからという事実だけでどんな話を聞いても納得はできる。
「よし、こんなもんか。涼香たちがもう炭を用意してくれているはずだ。向こうに運んでバーベキューを始めよう!」
手分けして食材を網の近くまで運んで、豪華な夕食が始まった。
「隣いいかしら?」
「もう座ってんだろ。それに断る理由なんてない」
焼き番をしてくれている秋城から肉や野菜をサーブしてもらい、椅子に座って食べていると霜雪が隣に座ってきた。
「去年、全く同じやり取りをしたわね。口が悪いのは変わっていない」
「……そうだな。だが俺たちの関係は少し変わった」
「ええ。去年はあなたに抱く気持ちが何なのか分かってなかった。ただ今ははっきりと分かるわ。恋も友情もどちらも知ることができた」
「俺もだ。その答えは不透明だがな」
「大丈夫、まだ時間はあるわ」
皿に取ってもらったものは全て食べ終わったので秋城と交代しようと、椅子から立ち上がる途中で霜雪に服の裾を掴まれた。
「……久しぶりだな」
「そうね。言いたいことがあるの」
「何だ?」
「……もうちょっと一緒にいて? もっとあなたとの時間を大切にしたい。時間はいくらあっても足りないの……」
「……去年から変わり過ぎだ」
「あなたのせいよ。責任は取ってって言ったわよね?」
「それはそんな笑顔で言うことじゃないだろ」
俺は抵抗を諦めて、秋城に心の中で謝罪をしながら、もう一度椅子に座った。
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