第31話 真実の雪の下から嘘の花は芽吹く~三つ目の選択肢・嘘~⑤
「……秋城、星宮。いるんだろ」
俺は霜雪がコテージに戻って一人になった川辺で声をかける。
「気付いていたんだね」
木陰から秋城と星宮が姿を現した。
「いつから私たちがいるって分かってたの?」
「最初からだ。俺と霜雪が話し始める頃にはお前たちはそこにいただろ」
「そうか。気付かれていないと思ってたんだがね。……僕たちがいるのが分かっていたのに、なぜ誠は真実と話し続けたんだい?」
「隠すようなことじゃないし、お前たちにも聞いて欲しかったんだ。……そっちこそ理由があって隠れてたんだろ。合宿を微妙な雰囲気にさせた苦情なら甘んじて受け付ける。もう生徒会として行事は少ないのにすまない」
「謝らないといけないのはこっちなの。私と政宗はなんとなく誠君と奏ちゃんの過去と関係に気付いていた。けどこれまで何もしてあげられなかった」
「秋城と星宮が謝ることじゃない。俺が夏野から逃げていただけだ」
「同じように僕は咲良から逃げていた。そんな僕の目を覚まさせてくれたのは君だ」
「けどお前は今に向き合うという選択をちゃんと選んだろ。それなら過去のことなんてどうでもいい」
「そう僕に言ってくれる君はどういう選択をする?」
「……これまで通りだ。これまで俺がやってきたことをする」
俺はやれるだけのことをするだけ。目の前の相手に向き合うだけだ。
「だから大丈夫だ。もう迷ったりしない。ありがとな」
俺は岩から立ち上がってコテージに戻った。
「僕たちは何もできなかったが、真実のおかげで元の誠に戻ったみたいだね」
「今の誠君は前よりも強い気持ちを胸に抱えているわ」
「……だね。一体いつになったら僕たちもそうなれるのだろうか」
「さあ、いつでしょうね」
コンコンとドアがノックされて真実ちゃんが部屋に入ってきた。時計を見るともう夕方。小夜先生と話した後、どうやら少し眠ってしまったようだ。
「起こしてごめんなさい」
「ううん、気にしないで。もしかしてもう夕飯の準備を始めちゃう?」
「まだだと思うわ。……夏野さん、もう一度私と話してくれる?」
真実ちゃんが赤くなった顔で真っ直ぐこちらを見つめてくる。外にい過ぎたのだろうか、真実ちゃんの肌は真っ赤だ。
「……うん、あたしも話したかった」
真実ちゃんがさっきと同じようにあたしの隣に座る。
「……真実ちゃん、あたしは真実ちゃんや六花ちゃんの方がまこちゃんに相応しいと思ってる。だから私は選択肢にも入るべきじゃない。だけどあたしはまこちゃんの選択の時までこのままの関係でいたかった。……けどね、それだと二人にもまこちゃんにも迷惑。中途半端な行動は全員を傷付ける。六花ちゃんも真実ちゃんも凄いよ。あたしは告白なんてできない。決定的なことをして、まこちゃんに拒絶されるのはどんなことよりも耐えられない。だからまこちゃんに酷いことを言った。まこちゃんを否定してしまった。出会いも、別れも思い出も、全部大切なものだったのに、それを捨てることしか思いつかなかった……。後悔はしてないよ。だってもうまこちゃんもあたしも傷付かないでしょ? もう真実ちゃんと六花ちゃんの邪魔にはならないでしょ? これで良かったんだ。まこちゃんにも真実ちゃんにも六花ちゃんにも一番いい状況になった。だからね……だからもうあたしのことは忘れて……」
よし、言いたいことは言えた。これで本当に終わりだ。全部、終わりなんだ。
真実ちゃんがあたしを抱き寄せる。なんで? なんで真実ちゃんが泣いてるの?
「夏野さん、本当にあなたは嘘つき……。どうして自分だけそんなに苦しもうとするの。どうしてそんなに自分を偽るの」
「だって……っ、だって怖いっ……。真実は残酷、ならあたしは優しくて甘い嘘で生きていたい……。真実ちゃんみたいにあたしは強くないっ……。昔のあたしは正直だった。けど上手くいかなかった! もうその時みたいに一人になりたくない。嘘でいいの……。人の関係なんて全部嘘なのっ!」
「いいえ、その言葉こそ嘘……。その時にも夏野さんの近くにいてくれた人がいるはず……」
そうだ。真実ちゃんの言う通りその時、あたしの隣にはまこちゃんがいてくれた。
「私と夏野さんは鏡写しのように見えて、その本質は同じ。嘘も真実も表裏一体。ただ目の前の事実にどう向き合うかの問題……。夏野さんが冬風君とのこれまでを否定するなら、私はそれを否定する。だって私は真実で生きていたいから。そんな私の背中を押してくれたのはあなただから……」
真実ちゃんがあたしから離れて真っ直ぐ綺麗な瞳で見つめてくる。
「夏野さんは私や戦国さんの方が、冬風君に相応しいと言った。それは私の台詞でもある。だって夏野さんは可愛くて、明るくて、優しい。私と戦国さんとはどこか違う想いを冬風君と共有している。だから私はあなたに嫉妬した。だから私も冬風君を諦めようとした。けど、それを止めてくれたのは夏野さんだった。なのに今、夏野さんも同じことをしようとしている。私たちを傷付けたくないと綺麗ごとを言ってね」
「……綺麗ごとって……。だってあたしはみんなのことが好きだから……」
「好きだから傷付けたくない。その気持ちは分かる。けどよく考えてみて。夏野さんがそう思うのは私たちの関係が決して嘘なんかではないからでしょ? 本気で冬風君を好きになり、本気でお互いに嫉妬した。こんなに辛くて、切ない関係が嘘なはずない。どの気持ちも、どの想いも真実。なら傷付くのは当たり前でしょ。真実は残酷なの」
「それでもあたしは……」
「嘘に生きる? 自分の想いだけを隠して? 冬風君を傷付けたくない、戦国さんを傷付けたくない、私を傷付けたくない、そう思っているんでしょ? けど私たちの誰もそんなことを望んでない!」
真実ちゃんが強い声を出す。自分にも言い聞かせるような、心に響く声だ。
「誰かを犠牲にして、選ばれたとしてもそれこそ嘘。真実じゃない。そんな結末は嫌。私たちは本気なの。なぜあなただけが逃げるの? そんなの許さない」
「真実ちゃん……」
「私はあなたを傷付ける。これまでも、これからも。全部私のため、私の望みを叶えるためにね。そんな私に何を遠慮するっていうの? 今までずっと冬風君と一緒にいたのに、決定的なことをしない? 告白はしない? 私たちはとっくのとうにその段階を超えてしまっているのに気付いていないの? どんなに自分を偽っても、この想いはもう抑えきれない。あなたと冬風君の関係も、思い出も、簡単に捨てられるものじゃない。簡単になくなったりしない。嘘つきじゃない昔のあなたに恋をしたと冬風君ははっきりと言った。ならそれで私たちと勝負すればいいじゃない! あなたの嘘はむやみに人を傷付けるだけ。真実も嘘も人を傷付ける。けど真実で傷付くなら納得ができる! 私たちのことが好きなら、私たちを想ってくれるなら本当の夏野さんの見せてよ! あなたの口から本当の気持ちを聞かせてよ!」
真実ちゃん、これ以上泣かないでよ。私をわざと傷付けるために真実ちゃんは自分を犠牲にしてる。止めて、止めてよ。私はそんな思いをさせたくないから、嘘をついたのに。そのためにまこちゃんから離れようとしたのに。なんで? 嘘はもっと楽で優しいものなはずなのに。
「あたしはずっと前からまこちゃんが好き……っ。真実ちゃんのことも六花ちゃんのことも好き……。だけど私たちはこのままだとお互いに傷付け合う。最後には一人しか選ばれない。一つの答えしかない……」
「そんなの私も戦国さんも分かってる。だけど私たちは同じ人を好きになってしまった。自分の気持ちに気付いてしまった。なら覚悟を決めるしかない」
「あたしも……、あたしもまこちゃんのことを好きでいていいのっ……? このままだともう気持ちを抑えられない。真実ちゃんとも六花ちゃんの想いとも衝突する。誰も傷付かないなんてもう不可能になる」
「そんなの最初からよ。けどね、ある人が言ってたわ。同じ人を好きになったんだからどんなことがあっても分かり合えるって。私たちは特別な関係って言ったでしょ? これからも嫉妬して、傷付け合って、楽しいことを共有しながら青春を送っていくの!」
「真実ちゃん……っ。……あたしもまこちゃんの選択肢になりたい……! 真実ちゃんにも六花ちゃんにもまこちゃんをとられたくない! まこちゃんとずっと一緒にいたい! けど、二人とも仲良くしたい……! だってみんなのことが好きだから……。全部望む私はわがままなのかなっ……?」
「それが夏野さんのやりたいことなのでしょ……。私たちはみんなそれぞれの好きなことをする。偽りのない想いを胸に抱えながらね」
真実ちゃんがもう一度、あたしを抱き寄せる。
「夏野さん、あなたと出会えて良かった。……大好きよ」
「……うん、あたしも……。これからもそういられるのかな?」
「ええ。だからこそ、この恋は、青春は難しい……」
私と真実ちゃんは涙が収まるまでずっと抱き合って、お互いの心臓の鼓動を、想いを確かめ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます