第31話 真実の雪の下から嘘の花は芽吹く~三つ目の選択肢・嘘~④
一体、私は何をしているんだろう。冬風君にも夏野さんにも何もしてあげられずに、ただ一人、部屋の中でたたずんでいる。
小夜先生は私にはまだできることがあると言ってくれた。本当にそうだろうか?
部屋の扉が突然開いて、紅葉さんが中に入ってきた。それはそうだ。この部屋は小夜先生と紅葉さんが使っている部屋だ。
「すみません、すぐに出ていきます」
立ち上がろうとした私を紅葉さんが制する。
「涼香ちゃんに言われてここにいたんでしょ? 涼香ちゃんはもしかして夏野さんと?」
「……はい、私と夏野さんの部屋に二人でいるはずです」
「そっか。それで、どうして霜雪さんも冬風君や夏野さんみたいな表情になってるの? 上手くお話できなかった?」
朝も思ったが、紅葉さんは本当に鋭い人だ。
「……はい、二人はいつも私の力になってくれたのに、私は二人の力にはなれませんでした」
「……霜雪さんはさ、例えばどんな時に二人に助けてもらったの?」
紅葉さんが私の隣に座る。
「数か月前、私を庇ったせいで冬風君が車に轢かれました。丁度色々悩んでいた時期で、その時に私は冬風君と関係を切ろうとした。冬風君の隣にいてはいけないと思った。私がいたら、他の二人の邪魔になると思った。……けどそんな私に夏野さんは自分の自由にするべきだと言ってくれた。冬風君は……数えきれないです。どんな時も私の傍にいてくれた」
「二人とはかけがえのない時間を過ごした特別な関係だったんだね。その時の二人はどんな風に霜雪さんと接してくれた?」
「どんな風に……。私が助けを拒否して、自分だけで結論を出そうとしても、二人は決して私をそのままにせずに、真正面から……」
「それが分かってるなら大丈夫。霜雪さんは二人と同じように関わればいいだけだよ」
「けど、二人に助けてもらった私が、二人を助けるなんて……」
「霜雪さんを助けることができた二人なのに、今こんなことになっているんだよ? 人は他人にできることでも、いざ自分のことになると何も分からなくなるの。だから少しくらい拒否されても諦めたら駄目。もし逆の立場なら、冬風君も夏野さんも簡単に諦めたかな? どう? 私よりも真実さんの方が二人のことを知っているでしょ?」
冬風君と夏野さんなら諦めたりなんてしない。どれだけ私が拒絶しても、二人は私に接し続けてくれたはずだ。なのに、私は簡単に二人を諦めようとしてしまった。
「涼香ちゃんと輝彦君がそれぞれ二人と話しているはず。けど解決まではできない。だってこれは冬風君と夏野さん、そして霜雪さんの問題だから。だからもう少しだけ頑張ってみよ? 大切な人たちを簡単に諦めたら後悔しちゃうよ」
そうだ。私たちの関係も、冬風君と夏野さんの関係もこんな簡単に諦めたり、切れたりするものじゃない。それを教えてくれたのは二人だ。
「紅葉さん、ありがとうございます」
「いえいえー、私は何もしてないよー」
紅葉さんに挨拶をして部屋を出る。もう一度、二人と話そう。今度は私の気持ちもぶつける。
そう決めて私はコテージの外に出た。
「お節介だったかなー」
一人になった部屋でベッドに寝転んで呟く。
高校生はいつでも複雑で、意地っ張りで、めんどくさいね。けどそれを乗り越えて、想いを深めていくんだよ。輝彦君と涼香ちゃんがそうだったように。
「涼香ちゃん、輝彦君。今度は二人の番だよ。ほんの少しでいい。迷える青春に光を照らしてあげて」
私はふかふかのベッドの上で目を閉じた。
朝市先生と買い物を済ませ、コテージに戻ってくるともう夕方だった。もう少ししたら夕食の準備を始めないといけないだろう。
「冬風君!」
車から降りると外のベンチに座っていた霜雪が俺の名前を呼んだ。
「冬風、まだ夜ご飯を作り始めるには早い。行ってこい」
朝市先生が俺が持っていた買い物袋を取った。
「朝市先生、ありがとうございます」
「気にすんな。まだ若いから力仕事は得意だ」
わざとずれた答えをした朝市先生はコテージに一人で戻っていった。
「輝彦、冬風君を買い物に連れて行くのならそう言いなさいよ」
コテージに入るとすぐに涼香が荷物を分けて持ってくれた。
「すまないな。どうやったら二人きりになれるかあまり思い浮かばなかったんだ」
「霜雪さんが冬風君は散歩してると思って、ずっとコテージの周りを探し続けて大変だったのよ。私が輝彦に連絡して、冬風君と一緒にいるって分かった後も、外で待ち続けるって言ってきかなくて」
「そうか。後で謝っとく。……夏野はどうだ?」
「もう少しだけ一人になりたいって。大丈夫。強い子よ。秋城君たちはコテージでゲームしてるわ」
「ああ。もう少ししたら夕食の準備をしよう。……紅葉先輩はどうした?」
「霜雪さんがいたはずの私の部屋で爆睡してたわ。けど紅葉先輩と話してから霜雪さんの顔つきは変わったと思う」
「……やっぱりあの人は凄いな」
「……そうね。いつまでも私たちの理想の人よ。起こして夕食の準備、手伝ってもらう?」
「まさか。そのまま寝ておいてもらった方が生徒のためだ。涼香も料理に関しては憧れなくていいんだぞ」
「尊敬している先輩と大切な人に対して、その言い方はないんじゃないの?」
涼香が甘い声を出す。
「生徒がいる所ではやめとけ」
「分かってるわよ。けどあの子たちを見てたら、少し羨ましくなっちゃった」
「……冷蔵庫に入れるものもある。行くぞ」
まだまだ俺も涼香も大人じゃないのかもな。一緒に教師になってから数年経ったが、そんなこともふと考えてしまった。
「霜雪、ずっと外にいたのか? 日焼け止めはどうした。肌が赤くなってるぞ」
「日焼け止めは持ってくるのを忘れてしまったの。それより冬風君、少し付き合ってもらえるかしら? あなたがどう答えても拒否はさせないけど」
霜雪は赤くなった顔でこちらを見つめてくる。強く何かを決意した顔だ。
「ああ、ただ日陰になる涼しい所でだ」
「それなら川の近くに行きましょう」
霜雪と移動してすぐ近くの川に行く。そして日陰の手頃な岩に座る。
「霜雪、登山の時はすまなかった。俺と夏野のこと想ってくれてたのに、俺はその手を振り払ってしまった」
「もういいの。けどあなたと夏野さんに何があったか教えてくれる? このままだとあなたと夏野さんは最悪な結末を迎えてしまう」
「……分かった。ただ俺もまだ気持ちの整理がついてないんだ。支離滅裂になるかもしれない」
「大丈夫、時間はあるわ」
霜雪が優しい声でそう言ってくれる。この優しさを俺は一度拒絶してしまったんだ。
「霜雪には俺と夏野の過去も少しだけ知っておいてもらう必要がある。俺と夏野は小学生の時に出会い、恋をした。だが俺が引っ越すことになり、夏野にまた明日も会えると嘘をついて別れた。それ以来だ。俺が真実に生きようと誓ったのは」
「……そうだったのね」
「そして俺は夏野が、昔、つまり小学生の時に会ったことがある夏野と同一人物であることを知らずに、四季高校でまた再会した。そして俺とは違い、そのことに気付いていた夏野は、俺を生徒会に推薦した。……そうした理由は詳しくは分からないがな。その後は霜雪も知っているように、俺たちは様々なことを経験した。そして修学旅行の時、俺は夏野と過去に出会ったことに気付いた。ただ夏野はそれを否定し、俺は昔ついた嘘を清算するためにまた嘘をついた。過去のことを忘れて今の夏野に接しようと昔の思い出に別れを告げた。そしてその後、戦国と霜雪とより深く関わるようになったが、俺は同じ気持ちを夏野にも感じながらも、どこか拭えないモヤモヤとした気持ちも感じていた。ただそのまま時間は過ぎていき、四季祭、クリスマス、バレンタインにクラスマッチが終わった。そして体育祭のフォークダンス、そこで俺は夏野にどう接すればいいか悩んでいる中での一つの答えを言われた」
「夏野さんはあなたに何を言ったの?」
「俺たちは出会わなければよかった。そうすれば簡単だった。そう言われて俺は今までの夏野との思い出を全て否定された気がした。……夏野が俺ともう関わりたくないのなら、夏野が俺との過去を否定するなら、俺はもう夏野に関わるべきじゃない。これ以上、夏野を傷付けたくないんだ。だからもう……」
その瞬間、霜雪が俺の頬をはたいた。川の音に紛れることなく、渇いた音が聞こえる。
「どうしてあなたまで夏野さんとの思い出を否定するの⁉」
俺の頬の痛みより、霜雪の手の方が痛んでいるはずだ。
「出会わなければ良かった。傷付けたくない。私も同じことを思ったことがある。けど今更なの! どれだけあなたが、夏野さんがそれを否定しようとしても、過去も、思い出も決して消えないの! 私たちはその全てに向き合うしかないのよ……」
「だが夏野が……」
「夏野さんが否定するからあなたも同じように否定するの? 夏野さんを想っているから、夏野さんから離れようとするの? それは優しさなんかじゃない。真実から目を背けているだけ! あなたはそんなことをする人じゃないはず。だから私は救われた。だから私はあなたのことを好きになった。あなたはあなたができることをするだけ。あなたはあなたがやりたいようにするだけ。今までそうやってきたのでしょう?」
「俺は夏野に抱く感情が過去のものなのか、今のものなのか分からないんだ。色んな感情がグチャグチャなんだ」
「それでいいじゃない……。めんどくさくても、複雑でも、難しくても、それが青春なんでしょ? 私たちはそれから逃げてはいけない。私たちはどうしようもないほどにあなたに恋をした。なら最後まで責任取ってよ……」
霜雪が強く俺を見つめてくる。。
「本当は夏野さんがいない方が私にとっては都合がいい。ただ、このままだとあなたが出す答えに納得できない。苦しんで、悩んで、胸を痛めて、そして私を最後に選んで欲しいの。だから夏野さんとも最後まで関わり続けて」
霜雪は立ち上がって、コテージに向かう。
「夏野さんを助けられるのはあなただけよ……」
そう言った霜雪の顔は、病院で同じようなことを俺に頼んできた夏野と同じ顔だった。
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