第31話 真実の雪の下から嘘の花は芽吹く~三つ目の選択肢・嘘~②
秋城君の案内でコテージの周りを少し歩いたが、同じく散歩しているはずの冬風君に出会うことはなかった。
ただお昼ご飯の時間になると、冬風君も夏野さんもみんなに合流して、変わらず話していた。
夏野さんとは同室なので、話す時間はいつでも取れるだろう。冬風君とは……。
「よし、じゃあ登山に行くか!」
色々考えている間に出発の時間になっていた。去年と同じように私は最後尾をゆっくりと歩く。そう、去年はこんな私と冬風君は一緒にいてくれた。
「今日はグラペン落とすなよ」
冬風君はいつも優しい。時間が経って、関係性が変わったとしても、その優しさは何も変わっていない。
「大丈夫、確認済みよ」
「そうか」
冬風君が私のペースに合わせて一緒に歩いてくれる。このままずっと二人でいたい。冬風君の隣を独り占めしたい。ただそれは冬風君が私を選んでくれてからだ。そして今、夏野さんは自分を騙してその選択肢から外れようとしている。ライバルはこのまま減ってくれた方が、自分が選ばれる確率は上がるかもしれない。でもそんなことは戦国さんも私も、それに違う立場だったら夏野さんも許さない。
私たちはたとえそれがどんなに苦しくても、傷付け合うしかないんだ。
「……冬風君、夏野さんと何があったの?」
「……何もない。放っておいてくれ」
その言葉に矛盾があることに冬風君は分かっているのだろうか。冬風君は嘘をつかない。だけど本当にその通りに生きているなら矛盾なんて起こるはずがない。
冬風君が少し早足になる。
「冬風君、待って……」
とっさに掴んだ手は払われた。そして冬風君は自分でもそのことに驚いたように、その手を見つめる。
「……すまない」
そう言って冬風君はまたゆっくりと私のペースに合わせて歩き出す。今、隣にいる冬風君は私が知っている冬風君じゃない。前までの私、そして今の夏野さんのように、悩み、自分を見失っている。
ただそれが分かったとしても、私が二人に何をしてあげられるかは不透明なままだった。
登山の間はそれ以上冬風君に話しかけることができず、下山した後はまた自由時間になった。
また夏野さんが部屋に向かったので、私もノックをしてから部屋に入る。
「真実ちゃん、どうしたの?」
夏野さんはいつも笑顔だ。本当に楽しい時も、嬉しい時もそして辛い時もずっと笑顔だ。私はベッドに座っていた夏野さんの隣に座る。
「夏野さん。フォークダンスの時に冬風君と何を話したの? 夏野さんと冬風君はフォークダンスで一緒に退場してからずっと避け合っている」
「えへー、やっぱり気付いてた? 真実ちゃんと六花ちゃんには言わないといけないって思ってたんだ。あたしとまこちゃんはもう二人のような関係じゃない。いや、元々違ったんだよ」
「夏野さん……」
「あたしはもうまこちゃんに近づかないよ」
「……それ以上言わないで」
「あたしは二人を応援してる」
「それ以上は駄目!」
「これがあたしの答えなの! 全部間違ってた! あたしより二人の方がまこちゃんに相応しい。だからせめてまこちゃんが答えを出すまではこのままでいられたらって思ってた。けど最初から諦めているあたしはそこにもいたらいけないの! それに気付いちゃったの!」
「冬風君との関係を切ろうとしていた私を繋ぎとめてくれたのは夏野さんだった。なのに、なのにどうして自分は諦めてしまうの」
「それが一番、誰も傷付かないから……」
また夏野さんが笑う。
「真実ちゃん、一人にしてくれる?」
私は本当に無力だ。夏野さんに言うべき言葉が何も浮かんでこない。
私が部屋を出るまで夏野さんはその悲しげな笑顔を崩すことはなかった。
部屋を出ると小夜先生がいた。私と夏野さんの話を聞いていたのだろうか。小夜先生は私を抱きしめて、優しく髪を撫でてくれる。
冬風君にも、夏野さんにも何もできなかった。合宿が終わってしまえばもう生徒会としての行事は会長選挙しかない。その後はもう解散だ。なのに、なのに私は何もできなかった……。
「私の部屋で少し休んできて。大丈夫、霜雪さんにはまだできることがあるはず」
小夜先生が私の耳元で囁く。その言葉に甘えて私は小夜先生と紅葉さんが使っている部屋に入った。
あたしは何をしているんだろう。あたしのことを心配してくれた真実ちゃんにあんな言い方をして追い返してしまった。
おそらく先生も他のみんなもあたしとまこちゃんの様子がおかしいのは気付いてるだろう。そのせいでみんながせっかくの合宿を楽しめなくなったら嫌だな。幸い、作り笑いも無理に明るく振舞うのも得意だ。気持ちを切り替えよう。普段通りのあたしに戻るんだ。
真実ちゃんが部屋を出てから少しして、再びドアがノックされた。一体誰だろう?
返事をすると入ってきたのは小夜先生だった。
「朝市先生、今年もカレールーを忘れたんですか?」
自由時間になったので、また適当にコテージの周りを散歩しようと思っていると、朝市先生に呼び止められた。どうやら去年と同じようにカレールーを忘れたので、買い物についてきて欲しいとのことだ。
「すまないな。じゃあ、もう行こう」
そう言って、朝市先生は車に乗り込む。
「他に荷物持ちを呼ばなくていいんですか?」
「ああ、今日はお前と二人きりで話したいんだ。付き合ってくれるか?」
朝市先生はこれまで聞いたことがないほど静かで、力強い声を出す。
「……分かりました。お供させていただきます」
俺が助手席に乗り込み、車は走り出した。
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