第31話 三つ目の選択肢・噓
第31話 真実の雪の下から嘘の花は芽吹く~三つ目の選択肢・嘘~①
「美玖、お袋、明日から合宿だから俺はもう寝るよ。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
まこ兄はそう言って、二階の自分の部屋に上がる。去年とは違って、今年は夏休みに入ってすぐに生徒会の合宿があるらしい。それに合わせてお母さんも今日、赴任先から帰ってきてくれた。
「……美玖、誠の様子がおかしいのはいつから?」
ソファの隣に座っているお母さんが心配そうに聞いてくる。
「お母さんも気付いてたんだね。三年生になってから、まこ兄は一人で難しそうな顔をするようになったんだけど、この前の体育祭の後から、それが酷くなった。何か後悔しているような、それでいて諦めたような顔をするようになったの。まこ兄にどうしたのって聞いても大丈夫って言う。まこ兄は嘘をついてる。それで自分を傷付けてる。お母さん、美玖はどうしたらいいの? まこ兄はいつも美玖のことを助けてくれるのに、美玖はまこ兄に何もしてあげられないの」
自分はまこ兄に何もできない。それは妹として何よりも悔しかった。
「誠は人の相談に乗ってあげるのは得意なのに、自分が人に頼ることは不得意なの。大丈夫、美玖は誠と一緒にいるだけでいい。それで誠は救われているはず」
お母さんが美玖の髪を手ですいてくれる。
「合宿、嫌でも多くの時間を仲間と過ごすことになる。ある意味では私たち家族よりも生徒会の皆さんの方が誠の力になれるわ。少し見守りましょう」
お母さんはいつも全てを見透かしているかのようなことを言う。これが大人ってことなのかな。
「美玖、私たちももう寝ましょうか」
「うん、お母さんも帰ってきたばっかりだから疲れてるよね」
美玖の言葉にお母さんが少し驚いたような表情をする。
「どうしたの?」
「美玖、少し見ないうちに大人になったわね。前までは一緒に寝ようって言ってくれてたのに」
「美玖だってもう中学三年生だよ。けど一緒には寝たいなー」
「ふふっ、じゃあ一緒に寝ましょう。もう少しだけ美玖には甘えん坊でいて欲しいわ」
美玖はまだまだ大人になれる気がしない。まこ兄もまだ遠くに行かないで。まだまだ甘え足りないよ。
合宿初日の朝になり、俺は去年と同じく小夜先生が迎えに来てくださる時間に家の外に出た。そして時間通りに小夜先生が大きな車でやって来た。
「冬風君、おはよう。荷物は後ろにね」
「おはようございます」
トランクを開けて荷物を積み込む。車に乗っているメンバーも去年と同じはずなので、鞄の数は合計で五つだった。
「小夜先生、三日間誠がお世話になります。よろしくお願いします」
「冬風さん、分かりました。冬風君を大切にお預かりさせていただきます」
お袋が小夜先生に挨拶をしている間に、車に乗り込む。
「いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
そして車は走り出した。
今日の昼ご飯だけは行きにコンビニ寄って買い、秋城の別荘に向かう。
「あれ? 車が二台停まってるわね。一台は輝彦の車だけど、もう一台は誰のかしら?」
コテージに着くと、確かに朝市先生の車以外にもう一台停まっている車があった。
車を降りて、荷物を下ろしている途中の秋城たちと合流する。
「輝彦、これって誰の車?」
「そのことなんだけどな。秋城曰く、この車は……」
「あれー⁉ 輝彦君に涼香ちゃん! それに生徒会もみんなもどうしたのー⁉」
コテージから大きな声で出てきたのは紅葉さんだった。
「紅葉姉さん、今日から僕たちが合宿でここを使うって、連絡したよね?」
「えー⁉ それって来週じゃなかったのー⁉ 私すっかり休暇を取って昨日からのんびりしてたよ!」
やはり紅葉さんと秋城は似てないな。秋城家の中ではむしろ俺たちの知る秋城の方が変わっているというのは今でも信じられない。
「合宿かー。ね、邪魔はしないから私も一緒にいていい? 食事のお金もちゃんと出すからさー」
「……それはみんなに聞くべきことだね。みんな、騒がしくなってしまうと思うがどうだい?」
「私たちはここを使わせてもらっているんだから、追い出すわけにはいかないわよ。それに今年は合宿中にする生徒会の仕事も全くないし、紅葉さんがいた方が楽しいわ」
星宮の言葉に全員が頷く。
「やったー! みんなよろしくね! 輝彦君、涼香ちゃん! なんか懐かしいねー!」
「うっ、涼香と紅葉先輩とこのコテージの組み合わせは悪い思い出が……」
「輝彦、ぶっ飛ばすわよ。じゃあ、みんな、荷物を運んじゃいましょう」
その後は部屋割りを決めて、それぞれ荷物を部屋に運び込んで、一階に一度集合した。
「大体は去年と同じ日程にしましょうか。とすると……今日はお昼から登山をしましょう。昼食の時間まではみんな自由にしていいわ」
「じゃあ、僕は近くを散歩してきます」
「……あたしは部屋でゆっくりしてきます」
小夜先生が予定を伝えてすぐに冬風君と夏野さんが行ってしまった。夏野さんも冬風君も体育祭の途中から様子がおかしい。
「なるほどねー。なんだかみんなそわそわしてると思ってたの。さてはあの二人、かなり拗らせてるなー」
「さすが紅葉先輩、こういうことには変わらず鼻が利くんですね。さあ私たちは少し話し合いをしましょうか」
紅葉さんと小夜先生がいなくなった二人を見てそう言う。
「小夜先生も気付いていらしたんですね。誠と奏がお互いを避けていることに」
「ええ、その様子だとみんな同じね。まあ体育祭の片付けの時も、今日の行きの車の中も二人はかなり張り詰めた空気だったし、もう一年以上も生徒会で一緒だったら、嫌でも気付くわね」
「ああ、取り敢えず座って話そう」
二人以外のメンバーでテーブルに座る。
「で、なんであんなことになってんだ? いや、まあそういうことって言うのは分かっているんだけどな」
朝市先生がちらりと私を見る。生徒会のみんなにはさすがに私たちのことはバレていると思っていたが、どうやら朝市先生も小夜先生もそれなりに事情は分かっているようだ。
「私はなぜ冬風君が夏野さんを避けているのか分かりません。ただ夏野さんが冬風君を避けている理由は分かります。それは私が前に抱いていた気持ちと同じもののはずだから。……私が夏野さんと冬風君と話します。皆さんは合宿を楽しんでください」
二人と話したところで私には何ができるのだろう。冬風君も夏野さんも私を助け、導いてくれたが、私には二人と同じことなどできない。
「真実ちゃん……。なら二人のことは心配ですが、私たちは生徒会としては動かないようにしましょう。気を遣わせて、私たちが合宿を楽しめていないと二人に思わせてしまったら、きっと誠君も奏ちゃんも自分を責めてしまう」
私の隣に座った星宮さんが優しい声を出す。
「……そうね。あまり周りが騒いでも逆効果かしらね。ならこれ以上、全員でこのことについて話すのは止めときましょう。じゃあ、みんなお昼まで自由にしてて」
秋城君が散歩に行こうと誘ってくれたので、私たちは先生方をテーブルに残して外に出た。
「涼香ちゃん、輝彦君、昔のことを思い出しちゃった?」
生徒が外に出て、大人だけになった空間で紅葉先輩が沈黙を破った。
「私たちはあの頃からすると大人になったはずなのに、悩んでいる生徒に何もしてあげられないです」
「個人の問題だっていうのは分かってはいるけど、力にはなってやりたい。ただその方法が分からない」
「方法なんて一つしかないよ。ただ目の前の悩んでいる生徒に真正面から向き合う。それだけ。二人もそうやって問題を乗り越えてきたでしょ? 自信を持って。今となっては輝彦君も涼香ちゃんもあの頃の午刻先生と同じ教師なんだよ」
紅葉先輩もあの頃の私たちを導いてくれた一人だ。そんな人に自信を持てと言われていつまでもなよなよとしているわけにはいかない。
「輝彦、私たちは解決なんてできないかもしれない。けど少しだけなら二人の力になれるかもしれないわ」
「そうだな。何もしないよりはましだ」
合宿は三日間。少しずつ二人に接していこう。高校の時の私と輝彦のように。
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