第30話 全てが始まったその場所で、全てが嘘になる~最後の体育祭~③

 俺と夏野は退場した後、もう話すことはなく、体育祭は順調に進行した。


 出会わなければ良かった。そう言われて今までの全てが否定された気がした。夏野、お前は俺が生徒会に入ってからずっと隣で笑っていたが、それは全部嘘だったのか? 昔の俺たちの関係も嘘だったのか? もうグチャグチャだ。俺は夏野のことをどう思っていたのかさえ分からない。


 気が付くと体育祭の最後の競技、クラス対抗リレー決勝の時間になっていた。予選を勝ち上がった各学年の上位二チームで一番を争う。


 夏野のことはひとまず置いておこう。リレーのアンカーに選ばれた以上は集中しなければならない。


 入場した後、各クラスのリレーメンバーが円陣を組んで気合を入れる。ルールは去年と同じで、アンカー以外はグラウンド半周、アンカーは一周、女子、男子の順番にバトンを繋ぐ。


 各走者が自分のステート地点に着いたところで、場内が静まりかえり、スタートを告げる号砲が鳴らされた。


 第一走者は下野だ。大和と戦国がいるせいで、あまり目立たないが、下野も十分に早い。先に飛び出したのは下野と秋城の組の第一走者、そして一年か。


 順調な滑り出しかと思われたが、第二走者の尾道にバトンを渡そうとした瞬間にトラブルが起こった。ほぼ同じタイミングでバトンパスをしていた一年生の女子がバランスを崩して転倒し、下野のレーンに飛び出してきた。目の前に突然現れた一年生を踏まないようにした下野もその少し先で転倒し、その間に他のクラスがどんどん追い抜かしていく。下野が何とか尾道にバトンを渡したころには先頭と四分の一周以上差が離れていた。


「曜子! 大丈夫か!」


 走り終わってフィールドに入ってきた下野に三上が声をかける。


「ええ、少し擦りむいただけ。けどごめん。もう優勝できないかも」


 転倒した一年生が下野に謝りに来たが下野はその一年生の怪我を心配しながら笑顔で送り返す。


「大丈夫、まだ一週目だ。諦めるにはまだ早い」


 そう話していると、尾道が大和にバトンを渡すタイミングになっていた。差はすぐには縮まらなかったか。だが、三上が言った通り、まだ一週目だ。


「三年三組の第三走者の大和さん! 凄い速さだ! トラブルで大きく離された前の走者との距離を縮めていく! だがここで第四走者にバトンパス! トップは未だに三年四組だー!」


 実況の声が響く。大和はかなり差を縮めたが、まだトップには全然追いつくことができていない。


「はぁはぁ……。冬風、後は頼んだわよ。男子同士では差はあまり縮まらないけど、六花が必ずあんたにバトンを届ける。最高の状態でね。あんたが全部、手柄を持ってちゃいなさい」


「戦国に信頼たっぷりだな。まだかなりの差だぞ」


「あんたも私と同じくらい六花を信じてるでしょ。それくらい分かるわよ」


 確かにな。戦国、フォークダンスの時、俺に一番いい形でバトンを渡すって言ってくれたよな。戦国がそう言うなら俺は信じるだけだ。


「ここで第五走者の戦国さんがぐんぐん前を抜いていくー! このままだとトップに追いつけそうだぞー!」


「誠、一年越しの勝負だ。感動的なリレーをしているところ悪いが、僕は手加減しないよ」


「ああ、望むところだ。ただ俺には去年より負けられない理由が多い」


 戦国、約束を守ってくれてありがとう。後は俺が秋城に勝つだけだ。


 秋城が内側のレーン、俺がその隣のレーンに入って、同時に走り出す。


「誠!」


 振り向かなくても戦国の存在がはっきりと分かる。後ろに差し出した手にはしっかりとバトンが乗せられ、俺はその重さを確かめるようにぎゅっと握る。


 秋城、去年の体育祭ではお前に散々負けた。その後も俺はお前に勝てていない。ただそれは今日までの話だ。初めての勝利はこの瞬間のためにあったんだ。


 秋城と並走して半周があっという間に過ぎる。勝負はやはり去年と同じく最後のコーナーを抜けた瞬間だ。それまで食らいつけ。リードさえ取られなければ、レーンの不利は後で取り返すことができる。


「トップを争う三年三組と四組は並んだまま半周が過ぎ、最後のコーナーへと入っていきます!」


 ここだ。秋城はコーナーから抜ける瞬間、少しスピードが落ちる。そこで前へ出ろ。前へ。前へ。


「ここで三組の冬風君! 秋城君の前に出る!」


 よし、内側のレーンは取れなかったが、後は直線だ。この少しのリードを保て。後は意地の勝負だ。去年と同じ失敗を繰り返すな。


「冬風君! このリードを保てるかー⁉ 秋城君も伸びてきているぞー! どうだ! どうだ! ゴールまであと二十メートル! 勝負はどうなるー⁉」


 秋城の姿が視界に入る。ほぼ並んでいる状態だ。最後の力を振り絞れ。一歩だけでいい。秋城より先にゴールテープを切れ!


「二人が同時にゴールテープを切るー! どうだ⁉ 結果はどうだ⁉」


 グラウンドが静かになる。ゴールの担当の先生が実況席まで行き、結果を知らせる。


「一着は三年三組! 三年三組です! 序盤のトラブルをひっくり返しましたー!」


 俺たちのクラスの奴らが応援していた方から叫び声が聞こえ、さっきまでの静けさが嘘のようにグランドには拍手と叫びが響き渡る。


 俺は秋城に勝てたのか。……やっとだな。


「誠!」


 決勝のリレー後に各クラスがフィールドに入ってクラスメイトの健闘を称えるのが今年から許可されたらしい。三組の奴らがこっちに走りだしてきたのは見えたが、その前にリレーのメンバーがこっちに駆け寄り、戦国が抱きついてきた。


「誠! やったね! 凄い。かっこいい。大好き……!」


「戦国、ありがとな。お前のおかげだ」


「約束したから当然だよ。それに秋城君との真っ向勝負に勝ったのは正真正銘誠だよ。本当にかっこよかった……」


「……そろそろ離れろ。クラスの奴らが来る」


「冬風! まじで惚れそうになった!」


「末吉、去年は勝てなくてすまなかったな」


「去年のことなんていいんだよ! 今年はクラスとしても個人的にも冬風が勝った! みんな、リレーメンバーに改めて拍手!」


 末吉の号令でクラスのメンバーが俺たちを囲んで拍手する。クラスか。生徒会に入った後も、俺はクラスに馴染んでいるとは言えなかった。けど少しくらいは貢献できただろうか。


「まあ、俺は秋城に少しだけ勝てただけで、本当に凄いのはあのリードをひっくり返したお前らだけどな」


 俺の言葉にリレーメンバーは揃いも揃って照れくさそうにする。


「まあ、アンカーが美味しいところを取っていくのはしょうがないし、去年から誠と秋城の勝負は熱かったからな。誠のその言葉だけで十分だ」


「三上、尾道、下野、大和、戦国、お前たちと走れて良かった」


「こちらこそ楽しかったわ。」


 最後の体育祭の最後の競技は、最高の形で終わりを迎えた。




「よし、片付けも済んだし、写真も撮った。去年と同じように期末試験が終わるまでは生徒会は休みだ。そしてその後はすぐに夏休み。今年は夏休みに入ってすぐに合宿があるからね。余裕を持って準備をしておいてくれ」


「去年、ギリギリまで合宿の存在を教えなかったのはどこのどいつだよ」


「とんでもない人もいるんだね。大丈夫、僕はそんな人じゃないよ」


「……一体どの口がそんな嘘をつけるんだよ」


 体育祭の片付けも終わり、秋城の挨拶で生徒会も解散して教室に戻る。


「誠、僕に初勝利したね。どんな気持ちだい?」


 秋城が俺の隣を歩きながら話しかけてくる」


「そりゃ嬉しいよ。……ただ今日、図らずもお前と勝負できたのは全部リレーのメンバーのおかげだ。そいつらに対する感謝の方が大きい」


「誠も成長したね。けど勝利の味は噛みしめておくといいよ。もう君が勝つことはないからね」


「そんなことはない。負け癖がつかないようにせいぜい震えてろ」


「調子に乗ると痛い目にあうよ」


 立ち止まって秋城とにらみ合っていると霜雪がため息を引きながら俺たちを追い越した。


「秋城君、一回くらいで大人げないわよ。冬風君、あなたは通算数十敗一勝よ」


「ふふっ。確かに大人なかったね」


「おい、霜雪! これはこれからの逆転劇の始まりの一勝だぞ! おい、笑うな! 霜雪!」


 こうして俺たちの体育祭は終わった。どれだけ恐れても時間は非情に過ぎていく。次は夏休み、夏合宿だ。

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