第30話 全てが始まったその場所で、全てが嘘になる~最後の体育祭~②

 よさこいと女子の創作ダンスが終わり、フォークダンスの時間になる。


 今年から体育祭がスリム化されたのでフォークダンスは三年生だけだが、どうやら人数調整のために春雨などの二年生の女子は去年と同じく何人か参加しているようだ。


 入場口付近では担当の先生が列を整理してくれているので適当に並ぶ。去年、ここで戦国と出会った。その偶然がなければ俺と戦国は関わることはなかったのだろうか。いや、戦国とは、俺がたとえ生徒会に入ってなかったとしても、フォークダンスがなくても、いずれ出会ったような気がする。不思議だ。夏野と霜雪には感じない何かを戦国には感じる。


「冬風、始まるわよ」


 何も考えずに並んでいるともう入場の時間が近づいていた。隣にいるのは大和だ。


「ああ、悪い。何も考えてなかった」


「その逆でしょ。色男は辛いわね。ほら、手を握って」


 大和の手を取って、入場に備える。


「……私が言うことじゃないのは分かってるけど、我慢できないから言わせて。私は六花の恋を応援してるの」


「……そうか」


「親友だからね。けど奏と霜雪さんの気持ちも本物だということは六花が悩んでいることからだけでも痛いほど分かる」


 音楽が流れ始め、入場が始まる。


「なのにやっぱり私は六花が選ばれて欲しい。そんな私って性格悪いかしらね」


「そんなことはない。人は平等でなんていられない。それほど大和が戦国を想ってるってことだ」


「そうよ。人は平等ではいられないの。最後には自分の気持ちで天秤は傾く。けど冬風はその優しさゆえに天秤を壊すことを選択肢に入れてしまえる」


 大和の言葉に返す言葉が思い浮かばない。


「冬風が否定しようと、あんたが優しいのを私は分かっている。だから覚悟を決めて。人を傷付けるその覚悟を。選ぶ側になったあなたにとっては酷な話だけど、もう避けては通れない」


 フォークダンスが始まる。


「……すまない。ここでそれに返事ができるほど俺は強い人間じゃない」


「やっぱり冬風は優しいわね。そんなところを六花は好きになったのよ。私の言葉は忘れても構わないわ。所詮部外者の言葉」


 もう少しで交代の時間だ。


「大和、ありがとな」


「こちらこそ。あんたは私の恩人でもあるの」


 そう言って笑う大和の手を離して次の人に移った。




「小夜先生、よろしくお願いします」


「ええ、こちらこそよろしく」


 若い先生も去年と同じく参加させられているようだ。


「もう一年経ったと思うと早いわね。教師の私がそうなんだから、みんなからしたら本当にあっという間だったでしょうね」


「はい、そうですね」


 小夜先生は少し力を入れて手を握ってくる。


「何か悩み事があったら、私と輝彦はいつでも相談に乗るわ。あなたは目安箱委員長として、生徒の相談に何回も乗ってくれた。そんなあなたを助けるのは教師の務めよ」


 小夜先生や朝市先生も俺たちの何かに気付いているのだろうか。


「はい、ありがとうございます」


 一人一人と踊る時間は短い。すぐに小夜先生と話せたのもほんの少しの間だった。




 冬風君、私と輝彦はさっきのあなたたちの会話を聞いてしまったの。大人びていると思っていたけど、あなたも普通の高校生のように恋をして、悩んだりするのね。


 だからこそ、辛い時は大人を頼って欲しい。私も輝彦もあなたたちの味方よ。見送ったその冬風君の背中がどこか高校の時の輝彦の背中と重なって見えた気がした。




フォークダンスも中盤に入り、次の相手が戦国なのが分かった。


「誠、来るの早過ぎー。最後に誠と踊って一緒に退場しようと思ってたのに」


「俺に言われても知らない」


 戦国の手を握るのは一年ぶりか。


「去年、フォークダンスの時に初めて誠に会った時はまさかこんなに好きになるって思わなかった。けどね、それがなくてもそのうち、誠とは出会えて、恋をした気がするんだ」


「……俺もそう思う。なんでだろうな」


「私も分かんないや。けど私は普通の恋にもう憧れたりしない。苦しくても、この形で誠に出会えて良かった。誠を好きになって良かった。あ、もう終わっちゃう。……最後のリレー、見ててね。絶対に私が誠に一番いい形でバトンを渡す!」


「ああ、頼んだぞ」


 戦国の手を離し、俺は前に移動した。




 誠を想うほどにやっぱり奏ちゃんと真実ちゃんの顔が浮かんでくるよ。恋は甘いだけなんかじゃない。辛い、そして切ない。だからこそ、この気持ちは本物だと実感できる。恋に恋してるんじゃない。私は誠に恋したんだ。


 


「霜雪……」


「あら、残念。もう少し遅ければ一緒に退場できたのに」


「運だからな」


「去年、冬風君と踊った時に、月見君に笑っている写真を撮られていたの覚えてる?」


「ああ」


「まさか自分にあんな笑顔ができるなんて思っていなかったわ」


「俺もだ」


「この一年で変わったものもあれば変わらなかったものもある。気付いたこともあるし、気付けなかったこともある。その全てが愛おしいと感じられるのはあなたのおかげだわ。ありがとう、冬風君」


 ああ、この霜雪の笑顔は去年と変わってないな。


「そんな顔の霜雪を知れて良かった」


「役得よ。私が好きになった人だけのね」


 去年は最後まで握っていた手だったが、今年は離さなければならなかった。




 次で最後だろう。握った手は四季祭の花火の時に優しく俺に触れてくれたその手だった。


「まこちゃん……。最後があたしでごめんね」


「……」


 一緒に踊った他の知り合いとは違って、夏野は何も話し出さなかった。


「夏野、さっき戦国と霜雪といた時、お前は何も言わなかった」


「六花ちゃんと真実ちゃんがあたしの分まで言ってくれたからだよ。特に理由なんてない」


「夏野、無理してないか? 夏野が抱えている気持ちと、戦国と霜雪が抱えている気持ちは違うんじゃないか?」


「そんなことない。あたしたちは何もかも一緒なの……。違ったら良かったのに。そう、あたしたちは出会わなければ良かった。そうすれば簡単だった」


 夏野の言葉を聞いた瞬間、心臓がぎゅっと握られた気がした。


「……そうか。俺たちはあの日、あの嘘のまま別れた方が良かったのか……」


 俺は夏野ともう関わってはいけない。そう突きつけられた気がした。それはそうだよな。俺は何回も夏野を傷付けた。なぜそれが許されると思っていたんだ。


 音楽が止まり、退場する間も手は繋がっていたが、俺と夏野の心は何よりも遠く離れていた。




 なんでよりにもよってあたしが最後なの。六花ちゃんも真実ちゃんもまこちゃんと一緒に退場したかったはずだ。


 それにあたしはとんでもないことをまこちゃんに言ってしまった。出会わなければ良かった? そんなことはない。小学生の時も、今も、まこちゃんと出会えたからこそ、あたしは救われたのに。


 何も言わなければ、大人しくしていれば四季祭までは今まで通りいられたのに。あたしとまこちゃんはこれで終わってしまうだろう。元々なかったはずの偽りの選択肢だし、あたしが消えれば六花ちゃんも真実ちゃんも喜ぶはずだ。


 目から涙がこぼれる。これで最後だ。もう終わりだ。まこちゃんはあたしの涙に気付いて、四季祭の時と同じように手を伸ばしてくれたが、その優しい指があたしの顔に触れることはなかった。

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