第30話 最後の体育祭
第30話 全てが始まったその場所で、全てが嘘になる~最後の体育祭~①
「おはよう、綺麗に咲いてるな」
時々忘れそうになるが、霜雪は美化委員長だ。生徒会に入って以来、霜雪は美化委員長の担当だという花壇の世話を欠かさず行っている。
今日はいつもと違う時間に登校したので霜雪が花に水をやっているタイミングと重さなった。
「おはよう。……考えてみれば去年の体育祭から、この花壇が荒らされてからもう一年が経ったのね」
「そうだな」
「その時、この花壇にはスミレが咲いていて、一輪だけノースポールが混じっていた。私たちはその一輪だけの花のように自分のことを孤独だと思っていた。ただ今思えばその時はお互いに周りを見ようとしていなかっただけで、本当はかけがえのない人たちに既に囲まれていたのかも。スミレの花言葉もノースポールの花言葉も誠実。一年前はそんなこと知らなかった」
霜雪が作業の手を止めてこちらを見てくる。
「去年の体育祭、あれから私の恋が始まったのだと今では思う。あの時から全てが始まった。だから今年も精一杯体育祭を楽しむつもり。そのために準備、頑張りましょうね」
「ああ」
どの行事ももう最後の一回きりだ。季節の生徒会はもう解散して奈世竹が生徒会長になったらしい。物事に終わりがあるのは分かっているが、あと一年というのは短すぎる。
これ以上時間なんて経たなくていいと思うが、体育祭の開催日は問答無用でやってきた。
体育祭当日、俺は自分のクラスである三年三組の教室で体操着に着替えていた。
「三上、尾道、本当に俺がクラス対抗リレーのアンカーでいいのか?」
「ああ、去年の誠の走りを見たらそれしか選択肢はないよ。それに秋城との決着も付けたいだろ?」
「三上君、お気遣いありがとう。今年は徒競走がないから誠と勝負する機会はないと思ってたよ」
「秋城っ! お前、人に話しかける時は正面から来いよ」
去年と同じく、秋城は隣のクラスなので更衣場所が同じだ。
「まあまあ、そんなことは今更じゃないか」
「勝負できるといいけどな。うちのクラスは大和も戦国もいるから手ごわいぞ」
「確かに。けど何があるか分からないからね。楽しみにしてるよ」
そう言って秋城は教室から出ていった。
対抗戦リレーの走者は下野、尾道、大和、三上、戦国、俺だ。順当にいけば余裕で優勝できるとは思うが、秋城の言う通り、何が起こるかは分からない。
三上たちと一緒に俺もグランドに出て、最後の体育祭が始まった。
午前の競技は順調に進み、昼前最後の競技となった、クラス対抗リレーの予選では俺たちのクラスが一着、秋城のクラスである三年四組が二着となり、体育祭のトリである決勝に駒を進めた。ただ、予想通り大和と戦国が女子をぶっちぎったおかげで、俺と秋城が並ぶことはなかった。
昼休憩に入り、去年と同じように生徒会のテントにブルーシートを引いて、弁当を食べる。美玖と紅葉さんもしれっと参加していて賑やかだ。
「誠さんのクラス、リレー強いですね」
「まあ、陸上部の部長と副部長がいるからな」
「そのまま優勝してくれよ」
相変わらず朝市先生と生徒会の男子メンバーはシートの端の方に追いやられている。
「午後は男子のよさこいと女子の創作ダンスがあって、それからフォークダンスか。今年からはもう伝説やら言い伝えやらがなくなるな」
「けど生徒の中には好きな人と最後に踊ることができて一緒に退場できたら、結ばれるってもう噂になってますよ」
「たくましいこった。まあ、誰しも運命やら何やらに頼らないと勇気がなかなかでないんだろうな。一人でも多く、希望が叶うことを祈ってるよ」
「朝市先生って意外と優しいですよね」
「意外とって何だ、秋城。俺はいつでも優しい。去年もお前とフォークダンスを踊ってやっただろ」
「秋城、お前、朝市先生と踊ったのか……」
「そうだよ。僕と朝市先生は固い友情で結ばれたんだ」
「気持ち悪いこと言うなよ」
「おい、冬風。それって俺のことを気持ち悪いって言ってるようなものだからな。あと、俺は秋城と踊りたかったわけじゃない」
「そうでしたか、誰と踊りたかったんですか?」
「教師にリスペクトのないお前らには言わねーよ。生徒は生徒で勝手に都市伝説でキャーキャー言ってろ」
「小夜先生、朝市先生が拗ねました」
「秋城君、輝彦は子どもなの。だから秋城君が大人な対応をしてあげて」
「はい」
「そういうところがリスペクトがないんだよ!」
生徒会のテントには昼休憩の間、ずっと笑い声が響いていた。
昼食を食べ終わり、午後のプログラムが始まる前に、夏野と霜雪に連れられて、生徒会のテントからは少し離れた位置に向かった。そこには戦国が待っており、三人が横に並ぶ。
「……何の用だ? もう午後の部が始まる」
頭の中では逃げてはいけないと分かってはいても、思うように自分の感情をコントロールできない。戦国、夏野、霜雪、一人一人とは普通に接することができても、この三人が並ぶとどうしても胸が苦しくなる。
「誠、ごめんね。けどどうしても誠に言っておかないといけないことがあるの」
「冬風君、私たちとあなたはもう簡単には切れないほどの関係になってしまった。あなたを想うほどに複雑にこの胸は痛む。だからこそ、私たちはいずれこの関係に、問題に答えを出さなければいけない」
それは分かってる。分かっているが考えないようにしている。俺はそのことから目を逸らして逃げている。
「けどね、すぐってわけじゃない。今年の四季祭……そこで答えを出して。もちろん誠が嫌なら私たちのことなんて無視してもいい。誠は私たちの誰のことも好きじゃないかもしれないし、他に誠にふさわしい人がいるかもしれない。私たちの恋と誠の恋はまた別の話だから。ただ私たちはその時まで待ってる」
戦国のその言葉を聞いて安心した自分がいた。まだ答えを出さなくていいのか。だが同時にそれはタイムリミットの宣告だった。俺たちはずっとこのままの関係ではいられない。
「……分かった」
本当に分かったのか? 俺は戦国のことが好きで、霜雪のことも好きで、夏野のことも好きだ。ただこの気持ちは恋なのか? 誰に抱く感情がそうで、誰に抱く感情がそうじゃないんだ? 俺の質問に答えられるのは俺だけだ。ただ肝心の俺の心は、感情はグチャグチャだ。
「冬風、夏野、霜雪、ここにいたか。そろそろ始まるからテントに早めに戻って来いよ」
朝市先生が校舎の陰から顔を出し、俺たちは再びグラウンドに向かう。
「冬風君、あなたには辛い思いをさせることになるかもしれない。あなたは誰かを、もしくは私たち全員を傷付けなければならない時がくる」
「……お互い様だ」
いつから俺たち四人はこんな関係になったのだろう。いつから俺たちの嘘が、誠が、真実が始まった? 確かなことは分からない。だがそれぞれの糸が絡み始めたのはあのダンスからだ。あの……初めての体育祭からだ。
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