第3章 第28話 偽りの選択肢

第28話 嘘の真実、揃わぬ気持ちの約束~偽りの選択肢~①

 二年生になってクラス替えがあり、とある人に違和感を覚えた。


 その人の名前は冬風誠君。あたしは冬風君のことを知っているような気がする。どこか懐かしく、どこか悲しく、どこか優しい感じだ。


「ねー、冬風君、一緒にお弁当食べない?」


「いや、一人で食べるからいい」


 クラス替えから一か月くらい経った後、何か分かるかもしれないと思って話しかけてみた。やっぱりあたしは冬風君のことを知っているはずだ。思い出せないということは少なくとも中学生の頃じゃない。ということは小学生の時の知り合い? けどあたしは小学生の時、周りの人と上手くいってなくて……。


 いや小学生の時にあたしは恋をした。小学生の恋なんて馬鹿にされるかもしれないが、人を好きになったのは、あの時だけだ。名前はまこちゃん。通っていた学校は違ったけど、家が近かったのか、よく会うようになり、よく放課後に遊んだ。まこちゃんも学校では上手くいってないらしかった。どうしてだろう? あたしは自分に正直になり過ぎて学校で上手くいかなかった。まこちゃんは自分と周りを騙し続けて上手くいかなかった。嘘も誠もどちらも正しくなんかない。両方を上手く使えるほどあたしは器用じゃない。


 ある日突然、まこちゃんがいつも遊んでいた公園に来なくなった。前の日にまた明日ねと言って別れたのに。次の日も、また次の日もあたしは公園で一人、まこちゃんを待った。まこちゃん、あたしを置いていかないでよ。あたしにはまこちゃんしかいないのに。


 そう思ってブランコで毎日涙を流しても二度とその公園にまこちゃんが来ることはなかった。


 それから中学校に上がって、あたしは器用になった。時には真実を、ただ自分のほとんどを嘘で覆うようになった。そうか、最初からこうしていれば良かったんだ。これなら傷付くことも悲しむこともない。


 高校生になってもあたしはそれを貫いた。ただ自分は嘘ばかりでも、大切な友達はできた。けど、この人たちは私が嘘つきだと知ったらどんな反応をするのだろう? そんなことは考えなくてもいいか。あたしはもう間違えない。決定的なことを避け続ければいいんだ。そうしたらずっと人と関わりを持ったままいられる。


 そんなことを思い出しているうちに真実に辿り着いた。冬風君はまこちゃんだ。胸がドキドキする。これはどういう感情? なぜ一緒の学校、一緒のクラスなの? 冬風君はあたしと昔会っているのに気付いてる?


 いや、気付いてないはずだ。自分でも冬風君とまこちゃんがどうして同一人物だと気付けたのか上手く説明できない。ただこのことは冬風君には黙っておこう。今更あの時のことを言っても何にもならない。


 そう自分では思っていたのに、心は、体は言うことを聞いてくれなかった。


「朝市先生、あたし、生徒会に入りたいです」


「お、助かるよ。いきなりの解散で人が来てくれるかどうか微妙だったんだ。秋城と星宮がそれぞれの幼馴染を誘ってきてくれるから、夏野を入れて五人だな。七人は欲しいところだが、残りはどう誘おうか」


「輝彦、あたしのクラスに霜雪さんっていう子がいるの。あたしはその子を誘ってみるわ」


「生徒会向きな奴なのか?」


「……いいえ。人との関わりを避けているようなの。けどあの子はもっと色々な世界を知れると思う。生徒会に入ったら何か変われるかも」


「まあ、涼香がそう思うなら誘ってみるしかないな」


 小夜先生は準備室を出ていき、部屋の中はあたしと朝市先生の二人だけになった。


「朝市先生、あたしは生徒会に推薦したい人がいます」


「ん? 誰だ?」


「冬風君です」


「冬風? あいつも人との関わりを避けてるな。どうして夏野はそんな冬風を推薦するんだ?」


「あたし、冬風君と昔会っているんです。冬風君は気付いていないけど。その時の冬風君は小学校で上手くいっていなかったあたしに優しく接してくれたんです。本当は誰よりも優しいはずなのに、今も昔も自分を閉じ込めている。生徒会に入ったら冬風君も何か変われるかもしれないと思うんです」


「……確かに。冬風のことは俺も少し気になってたんだよな。もしかしたら霜雪と冬風、似たもの同士が生徒会で関わり合ううちに何か気付くかもしれない。分かった。明日冬風と話すよ」


「ありがとうございます。……このことは秘密にしておいてもらえますか?」


「……昔会っていることを伝えなくていいのか? あいつももしかしたら会いたがっていたのかもしれないぞ」


「大丈夫です。もう終わったことなので」


 そうだ。あたしとまこちゃんは今更何もない。でもなぜあたしはまこちゃんを生徒会に推薦したの? 本当は、本当はあたしを見つけて欲しいの?


「分かった。秘密にしておくよ」


「はい、ありがとうございます」




「いってー」


「ご、ごめんなさい! 急いでて前を…… って冬風君? 冬風君じゃない? 同じクラスの夏野奏だよ、分かる?」


 どの口がそう言ってるんだろう。これも全てわざとだ。


「ああ、知ってるよ」


「えへー、なんかこれってよくある運命の出会いっぽい? もしかしてあたしと冬風君始まっちゃう感じ?」


 運命の出会いは今じゃない。それは小学生の時にあって、もう終わった。なのに二度目を求めているあたしがいる。


「運命の出会いってのは、大抵は曲がり角の出会いがしらでぶつかるんだろ? これはただの夏野の不注意の事故だ」


「だよね、ごめんなさい」


「ほら、立てよ。別に怪我もしてないし、気にしてない。それより夏野こそ怪我してないか?」


「いや、大丈夫だよ。それよりあたしのキュンキュンセンサーがすごく反応してる! やっぱり冬風君と始まっちゃう感じかも!」


「思ってもいないことを言うのはやめてくれ」


 ううん、これは嘘じゃないんだよ。


「それより急いでたんじゃないのか? 今度はしっかり前見て走ってくれよ」


「そうだ! 冬風君、本当にごめんね! また教室でねー!」


 教室だけじゃない。生徒会室でも会いたい。


 それから私たちの生徒会が始まった。




「ま、まこちゃん⁉」


 しまった、いきなり生徒会室に入ってきたまこちゃんを冬風君とではなく、まこちゃんと呼んでしまった。


「いや、昔一人だけ俺のことをそう呼んでいた奴がいて、驚いただけ。別にどう呼んでくれてもいい」


 まこちゃんは昔のことを覚えてる。ただあたしのことに気付いていないだけだ。それならこのまま。




 体育祭のフォークダンス、まこちゃんは真実ちゃんと最後に踊ることになった。そうするしかなかった。それが問題の解決策だった。なのに、なのにどうしてあたしは、まこちゃんと踊りたかったと思ってしまうの? あたしは性格が悪い。駄目だ。気持ちを抑えるんだ。




 夏祭り、トラブルに巻き込まれたのと、靴擦れのせいで、いやそれらのおかげでまこちゃんと二人で花火を見ることができた。


「そっか。……まこちゃん、好きだよ」


 あたしは卑怯だ。花火の音に紛れて自分の想いを口に出す。




「……そう、好きだ」


 まこちゃんの家に祭りの後に泊まらせてもらった時に、リビングで寝てしまっていたまこちゃんの寝言を聞いてしまった。


 まこちゃん、あたしも好きだよ。けどまこちゃんが好きなのは昔の、正直だった頃のあたしでしょ? 今の、嘘まみれのあたしのことをまこちゃんはどう思うのかな? 




 夏合宿、まこちゃんと真実ちゃんがお揃いのキーホルダーをしていることを知った。だからどうしたの? なんであたしが嫉妬なんかするの? そんな権利はあたしにはない。


「……真実ちゃん。真実ちゃんってまこちゃんのこと……好き?」


 こんなこと聞くべきじゃなかった。聞いても辛くなるだけだった。あたしはもう自分が何をしたいのかなんて分からない。あたしはまこちゃんがまこちゃんだったから好きなの? それとも冬風君としてのまこちゃんが好きなの? もうグチャグチャだ。




 まこちゃんが対抗戦の後に風邪を引いた時、お見舞いに行った。そこでまこちゃんが昔のあたしに何を思っていたのか知った。いや、まこちゃんが風邪を引いてボーっとしているのをいいことにあたしが聞き出したんだ。本当にあたしは卑怯だ。


 まこちゃん、あたしはその言葉だけでもう十分。昔のまこちゃんと、昔のあたしが出会うことはもうない。




 修学旅行前、まこちゃんと一緒にはじめちゃんのよさこい練習に付き合っていた。そこではじめちゃんの過去を知った。まるであたしとまこちゃんと同じだ。


 そのせいでつい、自分から正体を明かそうとしてしまった。そんなの駄目。せっかくまこちゃんとお互い違う人物として再会して、もう一度関わることができたのに。あたしの嘘のせいでその関係が浅いものだったとしても、今が心地いいのに。それを壊してしまうなんて駄目。




 修学旅行、あたしの油断のせいでついにまこちゃんにバレてしまった。聞かなかったことにしよう。それで元通りだ。


 ただまこちゃんはそれで許してくれなかった。昔の、あたしとまこちゃんの心に残っている後悔を絶ち切ろうとした。そうしてあたしたちは別れを告げた。そして初めて出会った。これでいいの? これであたしはまこちゃんに、昔とは関係なく恋していいの?




 まこちゃんは六花ちゃんに告白されたらしい。それに真実ちゃんとまこちゃんも特別な関係だ。二人は真実に生きるまこちゃんとお似合い。嘘まみれのあたしはまこちゃんと本当は一緒にいたらいけないんだ。


 ただ自分の気持ちは抑えられない。好き。一緒にいたい。まこちゃんが答えを出してしまうまででいい。それまで一緒にこのままの関係でいられたらあたしは十分だ。




 クリスマス、嫉妬なんかしたらいけない。最終的な答えは六花ちゃんか真実ちゃん、あたしはただの邪魔者。




 バレンタイン、いつまでもこの気持ちは収まらない。あたしはまこちゃんが好き。駄目だって分かってはいてもまこちゃんと一緒にいたい。ただそれだけ、それだけだから、まだ答えを出さないで。




 私たちはあっという間に三年生になった。そして教室にはあたしと六花ちゃんと真実ちゃんの三人だけだ。

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