第26話 真実の影と真実の日~卒業式~⑤

「どうやらちゃんと話し合えたみたいだな」


 大波先輩は影宮先輩の悲しそうな笑顔が忘れられないと言っていたが、少なくとも今の影宮先輩はそんな笑顔じゃない。純粋な心からの笑顔だ。


「みんな、ありがとう。これで先輩方を心置きなく送り出せる。誠も本当にありがとう」


 秋城と星宮も生徒会の待機場所に合流する。


「食事が終わったらダンスの時間だ」


「プログラムを見た時から思ってたんだが、ダンスなんてみんなどこで練習してるんだ?」


「三年になったら体育の授業であるのさ」


「そうか。この学校はフォークダンスといい、踊らないと気が済まないんだな」


 そのまま時間は過ぎていき、料理が置かれていたテーブルが先生や生徒会、業者の人によって片付けられ、会場の照明が変わって、音楽が流れ始めた。


 それと同時に卒業生は各々が踊りたい相手と手を取り、音楽に合わせて優雅に踊る。


「……あたしたちも来年は同じように誰かと踊るのかな? そう考えると何か寂しいね」


「そうだな。どれだけ寂しくても卒業もこの生徒会の解散もやってくる。ただ、泣いている人はいても悲しそうな人はいないだろ。みんな前を向いてるんだ」


「けど高校生活に後悔を抱えている人もいるでしょうね。あの時、あの場所で、ああしていればよかった。過ぎ去った時間は戻らない」


「だからこそ今という時間を後悔しないように生きるんだよ。それぞれがやりたいことをやる。せっかくの高校生活に我慢なんてもったいないさ。僕はこの生徒会でやりたいことがまだまだたくさんある。誰が止めても僕は止まらないよ」


「さぞ清々しく卒業させてくれるんだろうな?」


「ああ、任せてくれ」


 ダンスの時間が終わると卒業パーティー自体は終了したが、卒業生はホールの外で、満足がいくまで三年間共に過ごした仲間と話し続けるだろう。


 生徒会としての残りの仕事だったホールの掃除も終わり、解散となる。


「みんなお疲れ様。今年度の行事はあとクラスマッチだけだ。最後まで頑張ろう。じゃあ今日はこれで解散だ」


 秋城や星宮はまだ先輩たちと話すことがあるようなので、他のメンバーだけで校門に向かう。


「冬風君、少しいい?」


 校門にはさっきの俺と同じように影宮先輩がいた。


「大丈夫ですよ。じゃあまたな」


 夏野たちと別れて影宮先輩と自販機前のベンチに座る。


「まだ三年生は向こうで話したり写真を撮ったりしていますよ。行かなくていいんですか?」


「大丈夫、もう写真を撮りたい人とは撮ったし、別に今日が今生の別れというわけじゃないからね。大波たちとは後で合流してカラオケにでも行くよ」


「そうですか」


「卒業式には一応出席したけど、まさかもう一度彼らと笑い合える日が来るとは思ってなかったよ。私は君が言う通り、見たくないものどころか、大切なものからも目を背けていた。生徒会室ではお礼を言えなかったね。本当にありがとう」


「僕は大したことはしていません。これまで僕が受けてきた相談も、今回の件も、誰かの協力がなければ決して上手くはいかなかった。ノートを見る限り、影宮先輩は自分一人の力で数々の相談を解決していたみたいですね。尊敬します」


「一人でやってきた結果どうなったかは冬風君も知っているでしょ? 確かに君の役職は目安箱委員長。だけどその前に君は生徒会。そしてその前に君は四季高校の生徒。頼れる人は頼っていいの。人は一人だと途端に弱くなってしまうから。って私が言っても説得力はないよね。他の人のことは客観視できるのに、自分のことになると何も分からなくなっちゃった」


「僕も同じです。自分のことになると急に何もできなくなる。何も分からなくなる。他人には好き放題言っているのに、自分には甘いんです」


「……難しいね」


 影宮先輩が自販機でジュースを二つ購入して、一本手渡してくれた。片付けの時から何も飲んでいなかったので、その厚意に甘える。


「それで、冬風君は二人のうち、どちらの子が好きなの?」


 急な質問に俺は飲み物を吹き出した。


「ごほっ、何のことですか?」


「自覚があるからそんなリアクションしたんでしょ? 夏野さんと霜雪さんだっけ? 秋城君から名前だけは聞いたの。私ね、何回も恋愛相談に乗っているうちに、誰が誰を好きなのかっていうのに敏感になっちゃったの。彼女たちは二人とも冬風君に特別な感情を抱いている。冬風君も彼女たちに特別な感情を抱いている。君は彼女たちのどちらを選ぶの? それとも他にも特別な人がいる?」


「……僕には三人、特別だと感じる人がいます。俺は全員を大切にしたい」


「……そんなことはできないよ。彼女たちもそれを望んでいないだろうし、君もそんなに中途半端に終わらせるような人じゃないはず。君にはいずれ誰かを選ばなければいけない時が来る。それがどんなに甘く、切なく、儚い答えだったとしても、君はそれに向き合わなければいけない。その覚悟、君はできてる?」


 影宮先輩の言葉に胸が詰まりそうになる。影宮先輩は決して俺を責めているわけじゃない。自分が今までそうしてきたように、導こうとしてくれている。だが、何も言えない。少しずつ分かってはいた。ただ俺は目を背けている。戦国から想いを伝えられた後も、霜雪から想いを伝えられた後も、俺は二人の言葉に甘えて決定的なことを避けている。


「……できてないなら今はそれでいい。君たちにはまだ時間があるしね。それに君ができるのは一人一人に正面から向き合うだけ。冬風君と私がもし逆の立場なら同じことを言う。私と冬風君はある意味同じ種類の人間だからね。……なーんて、浮気された先輩から言葉なんて素直に受け取らなくていいからね!」


 影宮先輩は立ち上がり、飲んでいたジュースの缶をゴミ箱に入れる。


「冬風君、私の代わりにこの学校の生徒の力になってあげて。私を助けてくれたように、君は人を助けられる」


「……影宮先輩、目安箱委員長を考えてくださってありがとうございました。そのおかげで僕は様々なことを知れています。まだまだ分からないこともあるし、自分も現実から逃げていることがありますが、先輩がいなければ、僕は誰にも出会わずに、一人でこの学校を卒業していたと思います」


「そんなことはないよ。君はいずれ大切な人と出会えていた。……一年後、君が笑顔で卒業できることを願ってる」


「はい、ありがとうございます」


 影宮先輩はそう言って、卒業生の集団に紛れていった。



 あと一年か。この高校で俺は何をできる? 


 夏野、戦国、霜雪、俺はお前たちとこれからどんな風に関わっていけるのだろうか。


 最後にはみんなが笑えていればいい。そう考える俺は目の前の真実に向き合えていないのかもしれない。

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