第26話 真実の影と真実の日~卒業式~④

「人と人との関係は嘘ばかりです」


「なら話は終わりね」


「そう僕は生徒会に入る前は思っていました。人は嘘をつかなければ他人と関係を持つことなんてできない。吹けば飛んでしまうような表面だけの関係を作ることで自分の居場所を作り出す。僕は嘘を否定し、自分は真実だけで生きようと思いこれまで一人で過ごしてきました。


でも目安箱委員長として様々な相談や要望に応えているうちに分かったんです。人と人との関係は確かに嘘ばかり。ただそれだけではない。その中に真実があるからこそ人の想いは尊いのだと。僕が一番最初に受けた相談は影宮先輩と同じく恋愛相談でした。結果的に彼女は彼のことを考えるあまり自分を押し殺していた。


二つ目の相談も恋愛相談。双子の女子生徒は好きになった男子からは双子と気付かれておらず、正体を隠すために嘘をついた。僕が受けた相談は嘘とは切っても切れない関係でした。ただ、どの生徒も胸に秘めている想いは本物だった。真実だった。だからこそ嘘をついた。僕は嘘を否定します。嘘は真実の前借りだ。嘘と真実、どちらも時に人を傷付ける。なら真実で傷付いた方がいい。その考えは今でも変わっていません。


ただ、僕は嘘に隠れた真実の想いは否定しない。それがあるからこそ、人は優しくも残酷にもなれる。僕が関わった相談がどこにどんな影響を及ぼしたかは僕には今の所分かりません。ただ僕はその時、その時に自分ができること、自分がやりたかったことをしただけです。僕たちは目安箱委員長だったとしても生徒会長だったとしても、所詮はただの高校生です。全てを完璧に解決なんてできない。ただ目の前のことに向き合うことしかできないんです」


「けど、それは冬風君が出会った人たちが優しかっただけ。冬風君が受けた相談が上手くいっただけでしょ? 私は人の残酷な部分を見過ぎてしまった」


「確かに僕が幸運だっただけ。影宮先輩が不運だっただけかもしれません。僕ももし周りの友達や知り合いに恵まれなかったら、再び人の関りというものを否定したかもしれない。そんな僕が言うのは間違ってるかもしれない。だけど言います。影宮先輩、あなたは嘘に囚われて目の前の真実から目を背けてしまっている。本当は周りに輝く世界があるのに、自分で白黒の世界に閉じこもってるんです」


 そうだ。生徒会に入る前の俺がそうだった。目を向ければそこにはたくさんの真実があったのだろう。だが俺はそれを見ようともしなかった。決めつけていたんだ。


「冬風君には分からないよ。どんな言葉を並べられようと、私は君の言葉さえ嘘だと感じてしまう。君が嘘をつかない人間だということは短い時間で分かってはいるよ。ただ一度目を背けてしまったものを再び見ることは難しいの」


 まるで過去の自分を見ているようだ。こうなることは分かっていた。昔の俺だっていきなり会った奴にどんなに正しそうなことを言われても受け入れることはできなかった。ただ、そんな中で俺に無理やり真実を見せてくれたのは、生徒会の奴らだ。そして相談が解決した後でも嬉しそうに俺に話しかけてくれたあいつらだ。


「確かに僕には分からないかもしれないし、これ以上僕が影宮先輩に何を話してもどうにもならないと思います。僕の仕事はこれまで。後は影宮先輩が真実に向き合ってください」


 俺がそう言った瞬間に、生徒会室の扉が開けられた。そして秋城や星宮を含めた前生徒会のメンバーと、三年の生徒が何人か生徒会室に入ってくる。


「大波、それにみんなも。どうしてここに?」


「どうしてって、影宮に会いにだよ。このまま一人で影宮を卒業させるわけにはいかない」


 大波先輩がそう言った後、生徒会ではない三年生が前に出る。


「会長! 俺のことを覚えてますか?」


「私のことは?」


 この二人、それに残りの数人はこれまで影宮先輩に相談をした生徒だ。秋城と星宮や、先輩たちに頼んで、生徒会室に連れてきてもらうようにした。この人たちは機会さえあったなら、俺より影宮先輩に言いたいことがあったはずだ。


「……覚えてるよ。みんな私の所に相談に来たよね。どうかした? 私が関わったせいで何か新しいトラブルが生まれた? どうせ今日で学校に来るのは最後だし、何でも言ってくれていいよ。酷いことを言われるのも慣れてるしね」


「会長! 僕、会長が相談に乗ってくれたおかげで、部活を上手くまとめられて、これまで一回戦負けの弱小部活だったのに、今年は県大会まで行けたんですよ!」


「会長! 私は外部受験をして合格しました! 会長に相談に乗ってもらってなかったら、いつまで経っても外部受験の決心がつかなかったと思います!」


「俺も今、彼女と仲良くしてるんですけど、会長が俺の背中を押してくれなかった告白なんてできませんでした!」


 その後もそれぞれの生徒が影宮先輩に想いを伝えていく。


「影宮先輩、確かに影宮先輩の言う通り、人の関係は嘘ばかりです。ただ同時に真実もそこにあるんです。一人じゃそのことに気付けない。だけど僕にもあなたにもかけがえのない友達、仲間がいる。ここにいるみんなは会長に感謝しているんです。たとえ会長が周りを拒絶しようと、簡単には諦めてくれない人たちがここにはいるんです。確かに上手くいかないことはある。ただそのことばかりに目を向けるのじゃなく、もっと明るく、光り輝く方を見たっていいじゃないですか。僕は会長だった頃の影宮先輩を知りません。ただ、こんなに想ってくれる人がいるということなら、昔の影宮先輩なら今の僕と同じことを言うんじゃないですか?」


「冬風君……」


 もうこの場に俺は必要ない。影宮先輩には仲間と一緒にいる時間が大切だ。


「誠、ありがとう」


「後はお前たちの仕事だ。頼んだぞ、俺の会長」


「ああ」


 俺は生徒会室を出て卒業パーティーが行われているホールに向かった。





「まこちゃん、お帰り」


「ただいま。ずっと任せっぱなしですまなかった。秋城と星宮も生徒会室に行ったしな」


「大丈夫。今は立食をしながら自由に話す時間だから私たちはここで立っているだけよ」


 秋城と星宮以外の生徒会のメンバーは霜雪が言ったように、ホールの端に立っているだけだ。


「まこちゃん、影宮先輩の件はどうなったの?」


「結果はまだ分からないな。秋城と星宮に頼まれたから事情を探ってはみたが、俺が最後まで深く関わる問題じゃない。あれは秋城や大波先輩たち前生徒会の問題だ。……だが、目安箱委員長としてはこの問題に関わらずにはいられなかった。色々考えさせられたよ」


「……まこちゃんは目安箱委員長やって良かった?」


「ああ、今なら自信を持って言える。俺が目安箱委員長に向いているかどうかなら向いてない。だがやれて良かった。色んな奴らと関りを持てたし、それがあったからこそお前たちとここまで関係を深めることができた。俺が受けた相談がこの先、どんな結末を迎えるかなんて分からない。三上や的場たち、松本たちが別れることになるかもしれない。戦国と大和がまたぶつかり合うことになって部活が崩壊するかもしれない。そんなことは誰にも分からないんだ。ただ俺はその時が来たとしてもやれることをするだけ。それに俺には頼りになる仲間がいるしな。影宮先輩と一緒だ」


「まこちゃん……。あたしはどんな時でもまこちゃんの力になる! だからまこちゃんはこれからも目安箱委員長として、みんなの相談に応えてあげて!」


「ええ、あなたに救われる人は多いはず。これまでも、これからもね」


「僕たちもいますよ!」


 夏野と霜雪、それに月見と春雨が答えてくれる。やはり俺はかけがえのない仲間に出会えたようだ。


「あ、政宗先輩たちが帰って来ましたよ」


 月見が指さした方向を見ると確かに秋城や大波先輩がホールに戻ってきていた。涙を必死に拭く影宮先輩の手を引っ張りながら……。

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