第26話 真実の影と真実の日~卒業式~③

「……そうか。そんなことが……」


 卒業式を明日に控えた生徒会室の中で俺は秋城と星宮に二週間の調査で分かったことを報告する。


「誠君、どうやってそれを突き止めたの?」


「相談者探しは先輩方が手伝ってくれた。だがさすがに時間がかかった。この結論が出たのはついさっきだ」


「……先輩は何か言っていたかい?」


「いや、戸惑っていたな。影宮先輩は明日の卒業式には来ると思うが、卒業パーティーには出ようとしないはずだ。だが、影宮先輩をそのまま卒業させるわけにはいかない。俺は目安箱委員長として人とたくさん関わることができた。そのきっかけを作ってくれた人が人との関わりを否定したままなんて駄目だ。秋城、星宮、俺に考えがある。先輩方にはもう話してある。手伝ってくれるか?」


 俺は二人に頼み事と考えを伝える。


「分かった。協力しよう」



 卒業パーティーの会場準備で既に夜遅くなっていたので三人で生徒会室を出て、帰路につく。


「誠、ありがとう。今の影宮先輩に向き合えるのは誠だけだ」


「俺に人との関わりを教えてくれたのはお前たちだ。それを影宮先輩に伝える。その後どうなるかは分からないけどな」


「誠君、変わったわね」


「俺からしたら秋城も星宮も変わってる。生徒会ができたばかりとは違って、お前たちは素直だ」


 秋城と星宮が揃って爆笑し始める。


「まさか誠に素直と言われる日が来るとは思わなかった」


「そうね。生徒会ができてすぐの私に教えても絶対に信じないわ」


 笑いが収まらない二人と並んで歩き続ける。


「誠君が目安箱委員長で良かったわ」


「ああ、僕の見立ては間違っていなかった」


「……それは明日分かることだ。じゃあ、またな」


 秋城たちと別れて家に帰る。


 明日、俺は影宮先輩に何を言える? いや、考えても無駄だ。俺は俺が思うことを言う。人と人の関りは確かに嘘まみれだ。だが、その中にはどんな嘘よりも尊い真実もあるのだと。




 卒業式は何事もなく終わり、一年、二年は解散、三年生は最後のホームルームの後にホールに移動して卒業パーティーだ。


 俺はパーティーの会場を他の生徒会のメンバーに託して、校門で来るであろう人物を待つ。



「影宮先輩」


 予想通り、校門に一人の三年生が姿を現した。卒業パーティーはいちおう自由参加となっているが、出席しない生徒はほとんどいない。意図的に何かを避けていなければ。


「君は誰? 私に何か用?」


「生徒会目安箱委員長の冬風誠です。少し付き合ってもらえませんか?」


「目安箱委員長……。いいわ、どこに行く?」


「生徒会室に行きましょう」


「私をそこに連れて行くの? 私が辞めたせいで前の生徒会が解散になったのは知っているでしょ?」


「だからこそです」


「……分かった。行きましょう」


 説得にてこずると思っていたが、そんなことはなかった。影宮先輩と共に生徒会室に向かった。



「それで、目安箱委員長である冬風君が私に何の用?」


「僕はここ二週間、秋城や星宮に頼まれて、なぜ影宮先輩が生徒会を辞めたのか調べていたんです」


「……そう。何か分かった? 私は誰にも何も言わずに辞めたから分からなかったでしょ? 強いて言えば、私が受けた相談をメモしておいたノートを会長席に忘れたままだったけど、あれだけの情報じゃ無理がある」


「いいえ、そのノートだけで十分でした。正確にはノートと、前生徒会の先輩方の協力があれば十分でした」


「みんなの協力? いいわ、何が分かったか教えてくれる? 私が考えた目安箱委員長の実力を見せて」


「僕が分かったこと全てを話します」



 影宮先輩が経験したことに向き合うことは俺にとって、目安箱委員長にとって大切なことだ。目を背けてはいけない。



「まず影宮先輩が受けた最初の相談。恋愛相談だったようですが、影宮先輩は相談者の男子生徒に協力をして、意中の女子生徒との関わりを作って、二人は付き合うことになった」


「そうね。初めての相談が恋愛相談だなんて戸惑ったけど、相談者の男子は凄く喜んでいたわ」


「そしてその後も部活や友人関係、学校関係に恋愛関係まであらゆる相談を受けて、その全てを解決に導いた。それがこのノートに詳しく書かれている部分です」


「ええ、どんな相談にもできるだけのことをすると決めていたから、やれるだけのことを私はやった。その結果、相談者には喜んでもらえた」


「だけど途中から異変に気付いた。その時期の相談からどんどん記述が少なくなっていっています。その異変とは何か、それは前に受けた相談を解決したことによる影響での相談が来るようになったことです。例えば恋愛相談だったら、好きだった人に彼氏ができた、自分はどうすればいいのか。部活関係だったら、本当は自分が部長になるはずだったのに、仲の悪い奴がなった、どうすればいいのか。自分が解決したと思っていたことは知らぬところで思わぬ影響を与えていた。だが一度違う側の味方に立った以上、今度はもう片方の味方というわけにはいかない。だから影宮先輩はどんどん相談を断るようになっていった」


「……」


「そこから影宮先輩は悩むようになった。自分がしてきたことは正しかったのかと。誰かの相談の解決は誰かにとっての問題の原因かもしれない。生徒会という立場上、特定の生徒に肩入れするわけにはいかない。そんな悩みを抱えているなかでも相談は止まらなかった。今度は解決したはずの問題が再発してきた。部活が荒れたり、恋愛関係が悪化したりと。そしてその中の一つ、影宮先輩にとって最後の相談となった問題は非情な現実を告げるものだった。一番最初の相談者から再び受けた相談は、彼女が誰か他の男と浮気しているらしいというものだった。そして最初に受けた相談だからと、そのことについて調べた影宮先輩は嘘であって欲しい真実と向き合うことになった。その浮気相手が自分の彼氏だったことです。それが影宮先輩が生徒会を辞める決定打になった。これまで少しでも生徒の力になりたいと頑張ってきたはずなのに、それが一番身近な生徒に裏切られたから」


「よくそこまで調べたね。その生徒、私の元彼氏は私が留学に行っている間に転校したと聞いていたけど」


「はい、だから僕は分かったことを繋ぎ合わせて想像しただけです。でもそれが真実だった。できるなら違って欲しかったと思っていましたが……」


「違って欲しかったか。私もそれが分かった時、同じことを思ったよ。その場はまさに修羅場だった。私の元カレはストーカーしていたのかと激怒。相談者もまさか自分の彼女が生徒会長の彼氏と浮気していて、自分はその生徒会長にそのことを相談していたなんて現実を受け入れられずに激怒。相談者の彼女は最初から相談者とはお遊びだったと激怒。


その瞬間に私の心の糸がプツンと切れたような気がした。生徒会長になってから受けた最初の相談がまさかこんな結末を迎えるとはね。そしてそれからは私は誰も信じられなくなった。生徒会のみんなでさえ、その裏にはどんなことを考えているのか分からないと、恐怖を感じるようになり、ついには生徒会室に来ることを体が拒否するようになった。情けないでしょ。生徒会長がたかだか恋愛のもつれで生徒会室に来れないんだよ。ただ私はそれほどまでに弱い人間だった。


そんな人間が生徒会長にいていいはずがない。だから辞めた。みんなには迷惑をかけると分かっていたけど、たとえその時にどんな励ましの言葉を貰っていても、私は嘘だと否定した。いや、今でも否定する。人と人との関係は嘘なんだよ。これはどうしようもない。強いていうならこのことこそが真実。だから目安箱委員長なんて辞めた方がいい。冬風君が傷付くだけだよ」


「これで僕が辞めますと言うようなら最初から影宮先輩は付いてきてくれませんでしたよね?」


「……君は驚くほど鋭いね。そう、冬風君の考えを聞かせて。生徒会が新しく発足してから君も数々の相談を解決してきたり、困難にぶつかったりしたはず。そこで何を感じたの? 私はもう結論を出してしまった。今度は君の答えを教えて。人間関係は嘘か誠か、さぁどっち?」


 俺もここで結論を出さなければならない。人と人との関係は……。

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