第25話 舞う雪は真実と共に白く、気高く、美しく~二つ目の選択肢・真実~⑤
ドアがノックされる。お袋か?
返事をすると入ってきたのは霜雪だった。
「霜雪……」
「……今大丈夫かしら?」
断る理由なんてあるはずないので、椅子に座ってもらう。
「冬風君、あなたがいなければ私は死んでいたかもしれない。この恩は一生返すことはできないかもしれないけど、まずは言わせて。本当にありがとう」
「恩に感じる必要はない。霜雪が無事で本当に良かった。こっちが礼を言いたいくらいだ。ありがとな」
「……」
ずっと会いたいと思っていたが、いざ会ってみると言葉が出ない。
「……霜雪、目が腫れてるな。どうしたんだ?」
「火曜日も水曜日もずっと家で泣いていたの……。それに今さっきも泣いてしまったわ。沙織さんと夏野さんの前でね……。ここ数か月でどれだけ私は涙を流したのかしらね」
「……お袋と夏野ってどんな状況だよ、それ。すまないな、どれも俺のせいだろ」
「ええ、あなたのせい。あなたが関わると私の胸はいつも痛む……」
霜雪が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「言いたいことがあるなら言っていいぞ。苦情は甘んじて受け入れるよ」
「たくさんあるわ。全部聞いて……」
霜雪が一度目を閉じて、またその澄んだ瞳を俺に向けた。
「冬風君、私はあなたが好き……」
その瞳から目が離せない。
「これは友達としてじゃない。好きか嫌いかで選んだものじゃない。私はあなたに恋をした。夏野さんに、戦国さんに嫉妬をした。こんな気持ちを持ってはいけないとあきらめようとした。けどできなかった。あなたが欲しいの……。どれだけ心が、胸が痛くなったとしても私は冬風君とこれからも関わりたい……。これが私の真実、あなたが本当に好きなのっ……。大好きなの……」
「……霜雪」
「今なら戦国さんが告白した時に返事を求めなかった理由が分かる。だから私もまだ返事はいらない。ただいつの日か、冬風君の心は私がもらう。あなたに私だけに恋してもらう。それでいいかしら」
「いいかしらって……」
「……これが私。私は真実に生きるわ」
霜雪は何か吹っ切れたように笑う。これまで見たことのないほどの笑顔は、雪のように綺麗で、純粋だった。
「……そんな顔もできたんだな。今週は泣いてばかりだったようだが、そんな顔を見ることができて嬉しいよ」
「あら、あなたこそ、そんな笑顔をするような人だったのね。見慣れていないけど素敵よ。雪を解かす太陽みたい」
「言い過ぎだ」
「私、嘘はつかないの。あなたと同じよ」
前に同じようなやり取りをしたな。体育祭、霜雪と踊ったフォークダンスの時だ。
その時も今も、俺と霜雪は真実を言っているだけだ。ただ俺たちの関係は確かに変わり、深くなっていた。これ以上はもう簡単に引き返せないほどに……。
「そういえば霜雪も夏野も生徒会はどうした?」
「私は秋城君たちが気を遣ってくれて帰らせてくれたのよ。夏野さんは仕事がなかったから来たと言っていたわ。私は先にここに来ちゃったけど、まだ病院の庭で沙織さんと一緒にいると思うわ」
「そうか。まあ霜雪のそんな顔を見たら秋城も帰したくもなるな。その目の腫れ、かなり目立つ。二日も学校を休んで泣いてくれるとはそんなに俺のことが心配だったか?」
「あら急に強気になるのね。こっちは罪悪感に悩んで生徒会も辞めようとまで思っていたのに」
「怪我した本人がこんなに生意気なのに罪悪感を抱くなんてもったいないぞ。それに生徒会も辞めさせない。俺が学校にいなくたって秋城たちが許さない。特に夏野がな」
「……ええ、分かってるわ」
「……生徒会なんてめんどくさくなったらすぐに辞めようと思ってたのに、どうしてこんなことを言うようになったんだか」
「全て生徒会のみんなのおかげね」
「そうだな」
秋城も星宮も月見も春雨もいるが、ずっと俺たち二人の隣にいたのは夏野だ。夏野がいなければ俺たちはとっくに生徒会にいなかったかもしれない。
「そういえば夏野はずっとお袋と話してるのか? 連絡してみてくれ」
霜雪に頼んで夏野にメッセージを送ってもらう。
「夏野さん、今日はもう帰ったって。冬風君、自分のスマートフォンは?」
「そうだ、スマホは事故でぶっ壊れて、今日新しいのに変えたんだ。霜雪の連絡先を教えてくれるか?」
「ええ」
霜雪の連絡先を改めて追加して、そこから生徒会の奴らの連絡先をたどった。俺が高校で知り合った奴は生徒会の誰かから必ず繋がるのでもう連絡に困ることはない。
「……冬風君、このグラペンをあなたに返すわ。私はこれまでこのグラペンをあなただと思っていたのかもしれない。けどもう大丈夫。これからあなた本人をもらうから」
「……霜雪、言ってることが怖いぞ」
「思っていることを言っているだけよ」
「そうか。急に素直過ぎて慣れないな。俺の財布はリュックに入れてある。取ってくれ」
霜雪から財布を受け取り、これまで付けていたグラペンを外して、霜雪と交換する。
「綺麗なキーホルダーを付けているわね」
「これか。これはハワイで夏野と買ったんだ」
しまった。霜雪は嫉妬がどうとか言っていたな。これは言わない方がよかったか? いや、でも隠したところでどうにもならない。
「気を遣ってくれなくてもいいわ。冬風君はこれまで通り、私に接してくれればいい。それにグラペンを交換しても私は冬風君とお揃い」
「……そうか」
秋城たちから霜雪が学校に来ていないと聞いて心配してたが、霜雪は前よりもどこか一人の女子らしくなった気がする。
「今、失礼なこと考えてたわね?」
「お前、超能力まで身につけたのか? 俺が突き飛ばしたせいで何か覚醒したか?」
「おかしなことを言わないで。そういえばまだ私のチョコレート食べてないって沙織さんから聞いたわ。冷蔵庫に入れてるからと言って、手作りだから早く食べないと危ないわよ」
「霜雪が来たら食べようと思ってたんだ」
「……もし私が来なかったら? 私は毎日来ようとしたけど、最後の最後で決心がつかずにいつも帰っていたわ」
「お前は来ると思ってた」
「あなたこそ超能力ね」
その後は霜雪から貰った二つのチョコレートを食べた。これで全部だ。どれも俺にはもったいくらい丁寧に作られたものだった。
その中でも特別な三つ。夏野、戦国、霜雪、俺は三人のことが……。
「冬風君? 大丈夫? 少しボーっとしていたけど……」
「ああ、大丈夫だ。美味しかったよ。ご馳走様」
「それならよかったわ。それから冬風君に言わないといけないことがあるのだけど……明日、私の母と父がお礼を言いにくるわ」
「……霜雪も来てくれるよな? まさか俺だけにあの二人の相手をさせる気か? 入院が長引くぞ」
「人の親にいう言葉じゃないわね。まあ、完全に同感なのだけれど。私も来た方がいいかしら?」
「ああ、分かってて言ってんだろ。頼んだよ」
「了解……。明日も来ることになったし、今日は帰るわ」
霜雪が荷物を持って、病室の出口に向かう。
「下まで降りる」
「ううん、ここでいい」
霜雪が扉を開けて恥ずかしそうに振り返る。
「冬風君……またね」
霜雪が笑顔で手を振って扉を閉める。
付いて行こうと立ち上がったのに、俺はそんな霜雪を見て、動けなくなった。
女子らしくなったとかそんなに可愛いものじゃない。あいつのこんな表情、今まで誰も見たことがないはずだ。
俺は熱くなった顔を冷やすためにペットボトルを額に当てながら、ベッドに寝転んだ。
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