第25話 舞う雪は真実と共に白く、気高く、美しく~二つ目の選択肢・真実~④
「誠、冷蔵庫に一つまだチョコが残っているけど食べないの?」
冷蔵庫に飲み物を入れてくれたお袋が俺に聞いてくる。月曜日に轢かれてから、数日が思ってみればあっという間に過ぎ、金曜日になった。
「……それはまだ食べる時じゃないんだ」
「……そう。早く食べられるといいわね……。じゃあお母さんは帰るけど、大丈夫?」
「ああ、早く帰って美玖に夜ご飯を作ってやってくれ。あとスマホ、ありがとな」
「いいのよ。データは移せなくて残念だったけど……」
「いいさ。必要な連絡先は全部高校の奴らのだ。写真も誰かに送ってもらえばいいだけだしな」
「そう。じゃあまた明日くるわね」
「ああ」
お袋が病室から出ていく。
残り一つのチョコ、雪模様のラッピングのチョコレート。どうしても俺はまだそれに手を出せなかった。
冬風君が入院しているという病院の前まで来た。あの事故の後、二日学校を休んで、昨日と今日は登校したが、生徒会のみんなは気を遣ってか来週からで大丈夫と言ってくれたので、その言葉に甘えて今日も授業が終わるとすぐに学校を出た。
学校にいるとクラスの人たちから事故のことを聞かれる。そしてその度に冬風君が私の名前を叫んで突き飛ばしたあの瞬間、そして倒れた冬風君の顔がフラッシュバックする。
私のせいで、私を守ったせいで冬風君が轢かれた。そもそも私が冬風君を校門で待っていたせいで冬風君は事故に巻き込まれた。私のせいだ。私が特別なチョコレートなんて渡そうと思わなければ。
私は冬風君と関わっていけない。夏野さんの邪魔にも戦国さんの邪魔にもなる。そもそも恋なんてしたのが間違いだったんだ。いつから自分のことを普通の女子だと思っていたの? 私は今までもこれからも人と関わってはいけない。勘違いしてはいけない。
事故の次の日から病院の前には来ていた。けどどうしても冬風君に会う決心がつかない。命を救ってもらったお礼をしなければいけないのに、心の声が私を呼び止める。
もう冬風君と会っては駄目。もう冬風君と関わっては駄目。
帰ろう。生徒会も辞めさせてもらおう。また白黒の世界に戻ろう。それが私のいるべき場所だ。文化祭の時に冬風君が教えてくれたあの綺麗な世界は私が望んではいけない場所なんだ。
「真実さん、誠に会わなくてもいいのかしら?」
病院に背を向けたて歩きだろうとした時、優しい声に呼び止められた。
「……沙織さん」
振り返ると沙織さんはお正月に会った時と変わらず、どこか冷静でも不思議と冷たさを感じさせない笑顔を浮かべていた。
「ちょっと病院の中をお散歩しない? ここの庭、綺麗に手入れされていて素敵なの。ね、ついてきて」
沙織さんに手を握られて、病院の敷地に連れて行かれる。その後、確かに手入れの行き届いている庭のベンチに二人で座った。
「……沙織さん、もう聞いてると思いますが冬風君は私をかばったせいで……」
最後まで言い終わる前に沙織さんが人差し指を私の唇に当てる。
「かばってせいで轢かれた。そう思ってる?」
「……はい。だってそれが真実っ……」
「しー……。そんなことを思ってるのは真実さんだけよ。誠も、私も、美玖もそんなことを思っていないわ。同じことを誠に言ったら怒られるわよ」
沙織さんは子どもっぽく純粋な笑顔を見せる。
「誠は真実さんのせいで轢かれて入院することになったなんて思わない。むしろ自分で良かったと安心してるでしょうね。もし逆の立場だったら後悔してもしきれないから。真実さんと誠は似てるわ。自分だけで全ての結論を出してしまう。だからこそあなたたちは人との関わりを捨ててはいけないの。だけど今の真実さんは誠との関係を切ってしまおうとしている。そうでしょ?」
どうして沙織さんは私のことをここまで分かるのだろう? 私が昔の自分と似ていると言っていたが、同じようの経験をしたのだろうか。
「冬風君がどう思っていようが、私がいなければこんなことにはなりませんでした。私は、私はもう誠君には関わりません。それが他の人にとっても都合がいい。いつの日からか私は自分には贅沢過ぎる過ぎるものを望んでしまっていた。私は邪魔者なんです……」
「そんなこと言わないで。自分につく嘘は何よりも辛いでしょ」
沙織さんが私の顔を優しくなぞって、知らぬ間に流れていた涙を拭ってくれる。四季祭の時の冬風君と同じだ。
「私は誠に自分が思うことをしなさいと言っているわ。それと同じことを真実さんにも言った。これは私が高校の時にある人から言ってもらったの。……それはあなたのお母さん、美波よ」
「母が……」
「その時の私も悩んでいることがあってね。せっかくできた関係を切ろうとしたの。そうしたら美波に頬を叩かれた。泣きながらね。その時に分かったわ。今まで築いてきた関係は簡単に切れるものじゃないんだって。真実さんはこれまでどう誠に関わった? 生徒会でどんな仲間に出会った? 真実さんにも頬を叩いてくれるような友達がいるではないかしら?」
頭の中で夏野さんに頬を叩かれた。その夏野さんも泣いている。
「……はいっ……」
短い言葉でも泣いているせいで声が上ずってしまう。
「人と人との関係は双方向。たとえ真実さんが一人で断ち切ろうとしても簡単には切れない。だってそれが友達だもの」
何も言葉が出ない。涙も止まらない。
「誠が事故の後、起きてすぐになんて言ったか知っている? 真実さんの名前だったらしいわよ。誠はバレンタインに貰ったチョコレートの中のうち、一つを未だに食べていないの。まだ食べる時じゃないって言ってね。それは真実さんのチョコレート、雪模様の特別なチョコレートよ。誠はあなたを待っているのよ。真実さん、あなたの気持ちを教えて。あなたの真実を教えて。何も我慢しない、嘘をつかないあなたのわがままを教えて?」
言ってもいいのだろうか。望んでもいいのだろうか。駄目だ。この想いをせき止められない。どうしてもあきらめられない。
「わ、私は冬風君のことが好きです……。けど他にも誠君のことを好きな人がいる。一人は生徒会での親友、もう一人は初対面の私にも明るく、優しく接してくれた人……。二人の方が冬風君にはお似合い。私は邪魔者。そのことを分かってるのに、私はっ……私は冬風君を独り占めしたいっ……! 友達以上になりたい。冬風君の一人だけの特別になりたいっ……。けどこんなことを望むなんて……」
「いけないこと? そんなことはないわ。あなたたちはまだ子ども、青春真っ只中の高校生。欲しいものを我慢しなくていいの。それが手に入るなんて分からない。けど最初からあきらめるなんて後悔するだけ。ライバルがいるなら奪い合っちゃいなさい。同じ人を好きになった人たちよ。何があっても大丈夫」
夏野さん、戦国さん、私も冬風君を好きでいていいの?
「真実ちゃん!」
名前を呼ばれた方を向くと夏野さんがいた。
「夏野さん……。ど、どうして……?」
「今日は生徒会の仕事が全然なかったから来ちゃったの。まこちゃんにはもう来なくていいって言われたんだけどね。真実ちゃん、あたしはあたしのやりたいことをして今ここにいるの。だからね、真実ちゃんにも自由にして欲しい。だって真実ちゃんは嘘をつかないって決めてるんでしょ? ならそうすればいいだけ! それがどんなわがままだっていい! だってあたしたち、友達でしょ?」
「……夏野さん……」
「けど、助けてはあげないよ……。あたしもまこちゃんが欲しい……。六花ちゃんもまこちゃんが欲しい。あたしもわがままなの」
「……夏野さん、ありがとう……」
「いいの。ほら行って。まこちゃん、ずっと暇って言ってたから誰かが来るのを待ってるよ!」
私はベンチから立ち上がって、冬風君の所へ走った。
「……夏野さん、あなたも辛いわね。あなたが真実さんに言った言葉、自分にも刺さってるのではないの?」
「……さすが、まこちゃんのお母さんですね。……けど私は真実ちゃんとは違って嘘つきなんです」
「誠も罪深いわね。一日に二人も女の子を泣かすなんて。器用な人ほど、嘘をつける人ほど自分を傷付ける。みんな焦って大人になろうとするけど、本当はゆっくりでいいのよ」
「それでもあたしは嘘をつきます。自分の気持ちが抑えられない事もあるけど、最後には必ず嘘をつきます。誰も傷付かせないように」
「嘘か誠か、はたまた真実か。最後まで答えは分からないわね。どの可能性もある。どの選択肢が選ばれるのか、そもそもただ一つの答えしか許されないことを本人さえまだ知らないわ」
「……その時が来たとしてもあたしの可能性はありません。真実ちゃんが決心したならなおさらです」
「……青春は難しいわね」
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