第25話 舞う雪は真実と共に白く、気高く、美しく~二つ目の選択肢・真実~③

「まこちゃん、まだここにいていい?」


「……ああ。誰がいても個室だし、迷惑にならない。座れよ」


 夏野はベッド脇の椅子に座る。


「……」


 夏野が何も話し出さないので、どうしたものかと考えていると、夏野からのチョコレートをまだ食べていないことに気付いた。


 俺は冷蔵庫から夏野のチョコを取り出す。


「まだ食べてなかったから今食べるよ」


「……うん」


 事故のせいで少し潰れているようだが、中身には影響はないだろう。包装を開けるといわゆるトリュフチョコなるものが入っていた。


「自分で作ったのか」


「うん、トリュフチョコは初めて作ったんだ」


 一つ摘んで食べると、冷蔵庫に入れていたせいで少しだけ固くなっていたが、しっとりしていて美味しかった。


「美味しい。ありがとな」


「うん、良かった」


 夏野は返事はしてくれるものの、まだ自分から話そうとしてこなかったので、俺はひとまず夏野から貰った二つのチョコレートを全て食べた。


「……まこちゃん、夏合宿の時、あたしが線香花火で勝って、まこちゃんに一つお願いを聞いてもらえることになったの覚えてる?」


「ああ、そういえば先延ばしになったんだったな。何にするか決まったのか?」


「……うん。どんなお願いでも聞いてくれる?」


「ああ、できるだけのことをするよ」


「それならね、それなら……。もう突然あたしの前からいなくなっちゃりしないで……」


 俯いていた夏野が顔を上げると、その顔には涙が流れていた。


「あたし……明日もまた会えるって思ってたのに、まこちゃんがいなくなっちゃうなんてこともう嫌だっ……。ずっと、ずっと一緒にいてなんてわがまま言わないから、急にいなくなったりなんてしないで……」


「夏野……」


 一度目は小学生の時、二度目は今回。


「ごめんね……。今回のことについて言ってもどうにもならないことは分かってるのっ……。でも……っ、でも……」


「俺は何回も嘘をついてるよな……。夏野、こんなことを言うのは間違ってるかもしれないが、言うよ。もう一度、いやもう何度目かも分からないな。もういなくなったりしない。また明日、その約束を絶対に守ると誓うよ」


 夏野の手を取って握りしめる。夏野が強く握られてると感じられる強さで、俺の決意を伝えられる強さで。


「……うん。お願い。約束だよ……?」


「ああ」


 しばらくそのまま過ごし、夏野が恥ずかしがるようにして手を離した。


「……そろそろ遅いし帰るね」


「ああ、来てくれてありがとな。けど生徒会の仕事もあるだろうしもう大丈夫だ」


「けど……」


「大丈夫、スマホが届いたら連絡はいつでもできる。電話も自由だ。それに夏野と会うと学校に行きたいって気持ちが強くなりすぎて、残りの入院生活が地獄になるだろ?」


「それってどういう気持ちー? もしかしてあたしに会いたくないってこと?」


「逆だよ。会えて良かったって言っただろ。入り口まで一緒に行く」


 秋城たちを見送ったようにもう一度病院の入り口まで夏野と行く。


「まこちゃん、もう一つお願いがあるの……」


「何だ?」


「真実ちゃんを助けてあげて。あたしが今の真実ちゃんと同じ立場だったらとてもじゃないけど耐えられない。どれだけ周りの人に言われても、自分を必ず責める。……そしてまこちゃんから離れようとする……。そんなの絶対に駄目……。このままじゃ今までの、ずっと一人だった前の真実ちゃんに戻っちゃうかも……。真実ちゃんを助けられるのはまこちゃんだけ……」


「ああ、来週には俺も霜雪も今まで通り学校に行く。だから待っていてくれ」


「うん! 絶対だから……」


 夏野を見送って、病室に戻る。



 霜雪、俺はお前にも会いたい。無事で元気な顔を見せてくれよ。俺はそんなお前の顔を見たくて、お前には不器用でも笑っていて欲しいから、とっさに体が動いたんだ。


 ただ今の俺には霜雪と連絡する手段も会う手段もない。


 何もできない自分に悶々としながらその日は終わった。




 尾道たちがくれた漫画、なかなか面白いな。確かアニメ化もされていたはずだ。今度美玖と一緒に見てみよう。


 この病室にも慣れてきて、まるで自分の部屋のようにリラックスできるようになってきた。個室で良かったな。事故にあったのは災難でしかないが、そのおかげで大切なものに何となく気付けた気がする。


 一昨日は三上たち、昨日は生徒会の奴らが見舞いに来てくれたおかげで、一人で迎える夕方は初めてだ。少し外でも散歩するかと思ったところで、ドアがノックされた。今日はお袋が来るって言っていたな。


「どうぞ」


 扉が開いて入ってきたのはお袋ではなく、大和と戦国だった。


「どうしてお前らが? 部活は?」


「今日はオフだったのよ。それより今大丈夫かしら?」


「ああ」


 大和は椅子に座ったが、なぜか戦国は何も言わずにそのまま病室の外に出ようとした。


「戦国、帰るのか?」


「……ううん、ちょっと待ってて……」


 戦国がどこかへ行って、病室には俺と大和の二人だけになる。


「何なんだ?」


「まあ、すぐに帰ってくるわ。それより突っ込んできた車から霜雪さんを守ったんだってね。遠くから事故の瞬間を見てた生徒がいて、話題になってたわよ。取り敢えず無事で良かったわ」


「そんなことが話題になってんのか。守ったなんて立派なことはしてない。体が動くままに霜雪を突き飛ばしただけだ。まあ、来週くらいには学校の奴らも忘れるだろ」


「普通の生徒はそうでも、冬風のことを知ってる生徒はそうにはいかないわよ。陸上部の一年の子たちも火曜日に事故の話を聞いてかなり動揺してたのよ。もちろん、うちの乙女も大変だったのよ。ずっと心ここにあらずって感じで」


「そうか、心配かけたな」


「まあ、六花とは後でたくさん話してあげて。あと、はい。これ陸上部からのお見舞いの品よ。鈴ちゃんも入院したことがあるらしくて、絶対冬風も暇してるからって」


「龍井がか。ありがとう」


 大和から本屋の袋を受け取る。定番のお菓子などを持ってこない辺り、なかなかみんな考えてくれているようだ。


「中身は小説よ。一年生の子たちが選んでくれたの。読み終わったら感想聞かせてって」


「分かった。入院中に全部読んどくよ」


「じゃあ、私は帰るわ。六花もそろそろ戻ってくると思うし」


「ああ、来てくれてありがとな」


「いいの。退院したら学校で会いましょう。あと一つ冬風に言っておくわ。六花はもう冬風しか見えてないわよ。あたしが嫉妬しちゃうほどにね。じゃあまた」


「……またな」



 大和が帰った後、一分ほどしてから戦国が戻ってきた。たださっきまで大和も戦国も制服を着ていたのに、戦国は私服に着替えている。


「どうしたんだ?」


「……ほんとはね、もう少し暖かくなってから履こうと思ってたんだ。でもね、誠に見てもらいたくて。ど、どうかな? ちゃんと似合ってる?」


 戦国は俺に告白した日に買ったスカートを履いている。確かにスカートを買ってからも、時期のせいか戦国の私服はパンツスタイルばかりだったな。


「……似合ってる。もともと戦国に似合うと思っていたが、実際に見れて良かったよ」


「やった……」


「ほら、座れよ。ゆっくり話そう」


「うん……」


 戦国がさっきまで大和が座っていた椅子に座る。


「……戦国、見えてるぞ。いや、わざと見たわけじゃないんだが……」


「ん? 見えてるって何が? ……きゃっ!」


 戦国が慌てて立ち上がって、座りなおす。


「……こんなに短いスカート履かないからつい……。忘れて……」


「……ああ、なかったことにしよう。戦国のクッキー、まだ食べてないんだが、今食べてもいいか?」


「うん! 感想教えてよ!」


 冷蔵庫からクッキーを出す。事故のせいで少し割れてしまっているが、粉々とまではいってなくてよかった。


 袋を開けて、ひとかけら食べる。


「……これって何味って言っていた?」


「え、イチゴバナナブドウチョコクッキーだよ」


 衝撃的な味につい笑ってしまう。


「え⁉ なんで笑うのー⁉ ……もしかして美味しくなかった?」


「ああ、とんでもない味だ。ハワイのジュースの件でも思ったが、やっぱり戦国の味覚は信用ならないな」


「ごめん! 今度はちゃんとしたの作ってくるからそれは返してー!」


「断る。貰ったからにはもう俺のものだ」


 戦国が何とかして俺から袋を奪おうとしてくるが、俺は抵抗して、クッキーを全て食べる。


「……うう、ごめんね」


「謝ることじゃない。ごちそうさま。頑張って作ってくれたんだろ。それだけで十分だ。まあ、今度一緒に普通のを作ってみよう。その独創性は素晴らしいが、基本を知ることは大切だろ?」


「誠はこういうの得意なの?」


「基本的に夕食は俺が作ってるし、バレンタインも美玖より俺の方が働いてるからな。退院してからやりたいことが増えた。テストもあるが、落ち着いたら俺の家に来いよ」


「……うん、お願いします。楽しみにしてるね」


「その服、わざわざ学校に持ってきたのか?」


「うん、お見舞いに行ってもどうしたらいいのか分からなかったから、話のきっかけになるかなって……」


「わざわざありがとな。帰る時、そのままじゃ風邪ひくぞ。ちゃんと着替えるか、タイツ履けよ」


「ありがと。なんだかお母さんみたいだね。……今日、いきなり来て迷惑じゃなかった? メッセージを送っても返信がなかったからどうなんだろうと思ったんだけど」


「スマホがぶっ壊れて、今新しいのが来るのを待ってるんだ。悪かったな」


「そうなんだ。……誠が無事で良かった……。バレンタインの次の日、クラスで昨日事故があったって話題になってて、後からそれが誠のことだって分かったの。本当に良かった……」


 本当にこの一年で俺は人に恵まれたな。これまでの俺だったらここまで心配してくれるのは家族だけだっただろう。


「ああ、心配してくれてありがとな」


 戦国と少し見つめ合って、お互いに目を逸らす。


「……このまま誠とずっと二人でいられたらいいのに……。そういえば三年生になったらクラス替えがあるね」


「あと二か月後だろ。気が早くないか?」


「ううん、今のうちから願っておかないと誠と一緒のクラスになれない。私はクラスも違うし、生徒会じゃないからなかなか会えないからね」


「そう考えるとその割に俺たちは深く知り合ったな」


「だね。誠に会えて良かったよ」


 戦国と話していると、ドアが開き、お袋が入ってきた。


「あら、そちらの可愛いお嬢さんはどなた?」


「あ、冬風君の友達の戦国六花です! すみません! お邪魔ならすぐに帰ります!」


「……あなたが戦国さんね。誠の母です。私のことは気にしなくていいから、二人で話してて」


 そう言って、お袋は着替えの整理などをし始める。


「……」


「……」


 さっきまでは普通に話していたのに、お袋が来たとたんに、なぜか俺も戦国も話せなくなってしまった。


「二人とも、さっきまでみたいに楽しそうに話してていいのよ?」


 お袋がこちらも向かずに言った一言で戦国は完全に頭が爆発して両手で顔を隠した。


「お袋、それは後でいいだろ。子どもをからかうなよ」


「ごめんごめん、あまりにも初々しいからつい意地悪したくなっちゃったの。戦国さん、私はもう行くからゆっくりしてね」


 そう言ってお袋は病室から出ていった。


「……誠のお母さん、面白い人だね……」


「……普段はこんなことしないんだけどな。息子の友達を見て、興奮したのかもしれない。すまないな」


「いいの……」


「……」


 お袋、この空気どうしてくれるんだよ。


 確かにはたからは聞いていられない会話をしていたかもな。


 俺も戦国もその後はなかなか上手く話せなかった。

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