第25話 舞う雪は真実と共に白く、気高く、美しく~二つ目の選択肢・真実~②

 ……暇だ。いつもなら授業やショートホームルームが終わって生徒会に行く時間だが、俺は病室に一人。まずいな。俺は自分のことを暇を楽しめる人間だと思っていたが、一日目で既に飽きてしまった。スマホもないし、本当に勉強と読書しかやることがない。四季高校まで徒歩で行ける距離にある病院なので、少しくらいなら抜け出してもいいかという考えが頭によぎったが、病院に迷惑をかけるわけにはいかない。


 小腹が空いたな。俺は冷蔵庫から下野と松本から貰ったチョコを取り出して食べる。二人のチョコはかなり美味しかった。松本、自信なさげにしていたが、十分上手くできているじゃないか。


 他の奴らから貰ったチョコはまた今度食べるとして、何も考えずにベッドに座ってボーっとしていると、扉がノックされた。看護師さんだろうか。


「どうぞ」


 俺が返答すると扉が開き、そこから中に入ってきたのは看護師さんではなく、三上、下野、末吉、松本、尾道だった。


「誠、のっぺらぼうみたいな顔になってるぞ」


 三上が笑いながら言ってくる。


「のっぺらぼうは顔なんてないだろ。どうしてお前らがここに?」


「どうしてってお見舞いに決まってるじゃない。場所は朝市先生に無理やり聞いたのよ。迷惑ならすぐに帰るけど」


「……いや、ありがとう。暇していたんだ」


 病院は学校から近い。部活に入っていない五人は帰りにそのまま来てくれたのだろう。五人は適当に椅子に座ったり立ったりしてベッドの傍に来る。


「誠、災難だったな。飲酒運転の車に轢かれるなんて。体は大丈夫か?」


「ああ、体の怪我は大したことはないし、入院しているのも脳震盪だったから念のためってだけだ」


「そうか、良かった……。朝市先生も大丈夫とは言ってたけど、それでも冷や汗をかいたよ」


「そうだ、これお見舞いの品。これから時間ももてあますだろうしな」


 尾道が手に持っていた本屋の袋を渡してきた。


「これ、俺と鉄平のおすすめの漫画だ。気に入ったら続きは俺が全巻持っているからいつでも言ってくれ」


「……ありがとう。嬉しいよ」


「将太朗、良かったわね。冬風が嬉しいって言うのは本当に嬉しいからよ」


「良かったー。まあ俺と鉄平のセンスだからな!」


「おう! ここに来る前に本屋に寄った甲斐があったー」


 教室でもこの五人とは時々話すことはあったが、今はより近くに感じる。


「下野と松本。昨日貰ったチョコ、食べたよ。美味しかった」


「本当⁉ 良かったー」


「ええ、そう言ってもらえて嬉しいわ」


 その後、二十分ほど三上達と話し、五人は帰ることになった。


「誠、授業のプリントとか、俺が代わりに貰って書いとくけどそれでいいか?」


「そんなに頼るわけにはいかない。三上、その気持ちだけで十分だ」


「断る理由が遠慮ってだけなら勝手に書いとくぞー。俺たちで分ければそこまで負担じゃないしな」


「ええ、甘える所は甘えときなさい。一二三も鉄平も将太朗もこれでうちに寝てたからノート見せてって言わなくなるでしょうしね」


「え⁉ 末吉君、自分が寝てたからって曜子ちゃんに揃いも揃ってそんなこと頼んでたのー?」


「……はい、すみませんでした。これからはちゃんとするから幻滅しないでー!」


「……これからは僕に言ってよね……。あんまり字は綺麗じゃないけど……」


 松本と末吉が恥ずかしそうに見つめ合う。


「おい、付き合った途端にこんな感じなのか? 勘弁してくれよ」


「そうよ。全く見てられないわ」


「お前と三上も大概だろ」


「冬風―! 俺の恋のキューピッドにもなってくれよー! これからずっと幸せカップルに挟まれるってごめんだー!」


「悪いな。目安箱委員長は入院中だ。それに恋愛相談もお断りだ。勝手にやってろ」


「そんなー!」


 

 病院だってのに、普段の教室みたいに騒がしかったな。三上たちが帰って静かになった部屋で俺は食事を摂る。


 早く学校に行きたい。つい昨日まで登校していたのに、なぜか俺はそう思っていた。




 次の日も診察を受けて、お袋を家に帰し、勉強、読書と過ごし、夕方になる。


 今日は星宮と春雨のチョコを食べるか。冷蔵庫から星模様、桜模様の袋を取り出す。ご丁寧に名前通りの包装なのでどれが誰のか分かりやすい。


「これも美味しいな」


 二人のチョコを食べ終わり、昨日尾道から受け取った漫画でも読もうかとしていると、ドアがノックされた。この時間に看護師さんが来ないことは昨日分かっている。


「どうぞ」


 この返事以外に俺に選択肢はないので、これまた昨日と同じように答える。


「失礼するよ」


 聞き覚えのある声と言葉遣いだなと思ったらやはり入ってきたのは秋城だった。それに星宮、夏野、月見、春雨もいる。つまり霜雪以外の生徒会の奴らだ。


「……先生にはお前たちに見舞いはいらないって伝えてもらうように言ったんだがな」


「聞いたよ。だからと言って僕が素直に君の言うことを聞くわけはないだろ? 昨日はどうしても外せない仕事があったが、今日の仕事は明日やることにした。たっぷり恥ずかしがってくれ」


「……そうだな」


 三上たちと同じように適当に入ってもらう。


「誠君、本当に大丈夫?」


「ああ、朝市先生たちから聞いたと思うが、大した怪我じゃない。けど一週間は入院しないといけないから、その間は迷惑をかける」


「そんなこと気にしなくていいの。しっかり休んで」


 星宮はペットボトルのお茶を買ってきてくれたらしく、ありがたく受け取る。


「……先生から聞いたよ。その場に一緒にいた真実を守ってくれたんだね」


「守ったかどうかは知らないが、その場からは突き飛ばしたな。……そういえば霜雪はどうした? あいつに怪我はなかったと聞いたが今日は帰ったのか?」


「……真実ちゃん、昨日も今日も学校を休んでるの……」


「連絡は取れてるのか? 俺のスマホは事故で壊れたから連絡できないんだ」


「ああ、一応返事はしてくれる。だが目の前で誠の事故を見てショックを受けたんだろう。僕たちも真実が学校に来てくれないと何もできない」


「……そうだな」


 その後は話題が変わる。


「誠先輩、何か欲しいものとかあります? 僕たち学校からそのまま来ちゃったんで今日は何も持ってくれなかったんですけど……」


「いや、気を遣ってくれなくていい。……お前たちと話せたことが何よりも嬉しかった。ありがとな」


「あら、誠君にしては珍しいこと言うのね。そんなに嬉しかったんならお姉さんはずっといてあげるぞー」


「今ならお兄さんもついてくるよ」


 笑う星宮と秋城を見て、少し自分の言葉に後悔したが、一度出した言葉は戻らない。


「ほら、今日はもうさっさと帰れ。一週間後には生徒会にも戻る。それまでよろしく」


「ああ、任せてくれ。誠はずっとベッドで寝ていていいよ」


「同じことを言われて、一日で復活してきた奴がいたよな」


「さあ、僕は知らない人かな?」


「相変わらずな奴だ」


「誠さんも相変わらずで良かったです」


 春雨の言葉が心に刺さる。ずっと俺たちも変わらなければいいんだけどな。


「じゃあまた来るよ」


「何度も来なくていい。どうせ一週間だけだ。また学校でな」


 秋城たちを病院の入り口まで見送り、自分の部屋に戻るとまたドアがノックされた。今日は昨日に増して賑やかだな。


 扉が開いて入ってきたのは夏野だった。

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