第24話 バレンタイン

第24話 想いは包まれ、渡し、隠される~バレンタイン~①

 年が明けて一か月ほど経ち、今日はバレンタインだ。昨日は日曜日で俺は美玖のチョコづくりに一日中付き合わされた。それでいて今日の朝に自分が作ったチョコを冷蔵庫からそのまま渡されるのだから、兄というものは辛いし、バレンタインもろくなものじゃない。


 登校するとクラスの中では早速チョコの渡し合いが行われていたが、もちろん俺には毎年関係ない。


 それにしてももう二月か。来月は卒業式、そして俺は三年になる。外部受験をする気がないので、受験生にはならないが、やはり特別な何かを感じる。


「冬風、おはよう」


 自分の席に座ってリュックから荷物を出していると、誰かに声をかけられたので、顔を上げた。


「下野か、おはよう。何か用か?」


「人に話しかけられたらすぐに用事と結びつけるはやめときなさい。冬風と何でもない話をしたい人もいるわよ。まあ私は用事あったんだけどね。はい、バレンタインよ」


 下野がラッピングされた小包を差し出してきた。


「……貰っていいのか?」


「当たり前でしょ。もしかして友チョコはいらないってスタンス?」


「……そんなことはない。ありがとう」


 まさか美玖以外からチョコを貰える日が来るとはな。生徒会に入ってなければこんなことはなかっただろう。


「曜子―! チョコくれよー!」


 登校してきた三上が下野に話しかける。


「自分から催促してくる男子にあげるチョコなんてないわよ」


「嘘だろ⁉ 俺って一応彼氏だよな⁉」


 こういうやり取りが学校中で行われるのがバレンタインと言う日なんだろう。今日はいつにもまして学校が騒がしくなるだろうな。



「冬風君! おはよう!」


 今度は松本が話しかけてきた。松本は紙袋いっぱいに他の女子から貰ったであろうチョコを入れている。


「凄い数だな」


「えへー、僕ってありがたいことに女子からモテるみたいでねー」


 松本ほどのイケメンは男子を含めてもいないからだろうな。それを考えれば松本のチョコの数は納得だ。


「はい! これ僕からのチョコ! 自分で作ったから微妙かもしれないけど……」


「ありがとう。嬉しいよ」


 松本はチョコを俺に渡した後、少し黙って話し始めた。


「冬風君、僕ね、今日本命チョコを末吉君に渡して告白しようと思ってるんだ……」


「……そうか。修学旅行から数か月か。それが松本の出した答えなら俺は応援してる。頑張れよ」


「うん! ありがとう! 僕はもう何も怖がったりしない!」


 松本がクラスに入ってきた末吉に話しかけて、二人はクラスの外に一緒に出ていった。


 その後、末吉が泣きながらクラスに飛び込んできて、三上や尾道、俺にことの顛末を報告し、松本は少し遅れて、恥ずかしそうに顔を赤らめながらクラスに戻ってきた。




 昼になり、俺がいつも通り弁当を食べるために生徒会室に向かっていると一組の教室の前で大和に呼び止められた。


「冬風、ちょっと待って。うちの乙女が朝から唸り続けるから困ってるのよ」


 そう言って、大和は一度クラスに戻って戦国を連れ出してきた。


「六花、シャキッとしなさい。冬風の前よ」


 大和は戦国の背中を叩いて教室に帰っていった。


「どうしたんだ?」


「……あのね、クリスマスの時に特別なチョコをあげるって誠に言ったから、昨日必死に作ったんだけどね……」


「作ったけど?」


「今日、持ってくるときにラッピングがぐちゃぐちゃになっちゃったの……。ごめん! だから来週まで待って!」


「そんなことで朝から唸り続けてたのか? ラッピングなんていい。必死に作ってくれたんだろ? それを貰っていいか?」


「ほんとにいいの?」


「ああ、せっかく貰えるのにケチなんてつけない」


 そう俺が言うと戦国が確かにしわだらけになっているラッピングに包まれた小包を渡してきた。


「必死にってどんなチョコを作ったんだ?」


「……イチゴバナナブドウチョコクッキー」


「……なんだその早口言葉みたいなクッキーは。……食べるのが楽しみだ。ありがとな」


「……うん! 良かったら感想聞かせてね。駄目だったらもっと美味しいのを作る!」


「ああ、またな」


 戦国と別れて俺は生徒会室に向かった。




 いつも通りお昼に生徒会室に向かったまこちゃんを追いかけると、まこちゃんは蘭ちゃんに呼び止められて、その後、六花ちゃんと話し始めた。


 そして六花ちゃんがまこちゃんにチョコを渡す。遠くから見ただけで分かる。友チョコなんかとは違う。可愛いラッピングがしてあって、今日、他の人にあげるだろうどんなチョコよりも特別なものだ。


 あたしも特別なチョコをまこちゃんにあげてもいいよね? 誰に許可が必要なことではないけど、あたしは本当にそれでいいのか不安だった。




 生徒会室に入って弁当を食べ始めると、ほどなくして夏野が入ってきた。


「まこちゃん、一緒にお弁当食べてもいい?」


「ああ」


 夏野が対面のソファに座る。




「まこちゃんは誰かからチョコ貰ったりした?」


 ちゃんとあたしは笑えているだろうか? いつもなら普通の会話のはずなのに、今は何でもない質問でも、自分はなんて意地が悪いんだろうと感じる。


「ああ、美玖と下野と松本と戦国から貰ったよ。当たり前だが、全員生徒会関係で知り合った奴らだな。いや、戦国は違うか。あいつとは生徒会関係なしに知り合った」


 やっぱり六花ちゃんは何か特別だ。生徒会がなかったらあたしはまこちゃんと接することなんてできなかったのに。


 真実ちゃんはまだチョコを渡してないのか……。駄目だ、駄目だ、駄目だ。こんなことばっかり考えてどうする! 六花ちゃんに、真実ちゃんに嫉妬なんかしてどうする。


「まこちゃん! あたしもチョコあげる!」


 教室からお弁当と一緒に持ってきたチョコをまこちゃんに渡す。


「ありがとう。もらうよ」


 もっと特別な反応が欲しい。だってそのチョコは一つしかない特別なものだ。


「まこちゃん、生徒会のみんなには内緒だよ」


「ん? 何がだ?」


「それ、他の人にはあげてない特別なチョコなんだ……。だから大切に食べてね。本命チョコだと思って……」


 まこちゃんが少し恥ずかしそうな顔をする。良かった。あたしに対してもそんな顔をしてくれるんだ。


「……大切に食べるよ」


「えへー、顔、赤くなってるよ! 放課後にも生徒会のみんな用のチョコあげるね!」


 これで一安心だ。大丈夫、まだあたしはまこちゃんに見てもらえてる。

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