第23話 お正月

第23話 年明けに晴れぬ気持ちと迫る選択~お正月~①

「誠―、初詣に行くぞー!」


 年が明けた一月一日の朝、親父が俺の部屋まで来て、騒がしい声で起こしてきた。


「元旦なんて人が多いだろ。明日で良くないか?」


「駄目だ! ほら、早く起きて準備だ!」


 やけにしつこく起こしてきたので俺は諦めて、部屋を出る。


「誠、おはよう」


「おはよう」


 年末年始はお袋が言った通り、家族全員が揃っている。


 お袋が朝食を用意してくれていたのでそのままテーブルに座って食パンをかじる。


「まこ兄―、お年玉頂戴―」


「なんでだよ。親父とお袋にもらえよ」


「お母さんとお父さんからはもう貰ったもん!」


「だからって俺からもらうのは無理があるだろ。ほら、諦めろ」


「むー」


 美玖の相手をしながら朝食を終えて、準備を済まし、家族四人で家を出る。


「ん? 近所の神社に行くんじゃないのか?」


「ううん、そこへは明日行きましょう。今日は市内に出るわよ」


「市内? なんでまたさらに人が多い所に……」




 電車で数駅先の大きな神社に着き、親父とお袋の行動の謎が解けた。


「霜雪⁉」


「冬風君⁉」


 親父とお袋に連れられて神社の中を移動すると、そこにいたのは霜雪とその両親だった。


「誠君! 美玖ちゃん! 明けましておめでとう! 沙織も太陽も久しぶり! 明けましておめでとうー!」

 

出会ってすぐに霜雪母が近づいてきたので、俺はすかさず距離をとる。俺も霜雪もお互いの親に図られたな。


「二人とも久しぶりね。明けましておめでとう」


 まずいな。霜雪母と父だけでもこのまえ散々な目にあったのに、そこに親父が加われば、話に終わりが見えない。


「霜雪、美玖、逃げるぞ。お袋、俺たちは俺たちで初詣してくる」


 俺はそう言い残して美玖と霜雪を連れて、その場から離れた。



「ここまでくれば安心だろ」


「冬風君、ごめんなさいね。今日の朝、やけに母と父がそわそわしていておかしいとは思っていたのよ」


「俺も同じだ。……霜雪、明けましておめでとう」


「ええ、明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。美玖さんもおめでとう。これからもよろしくね」


「うん! おめでとうございます! いやー、年初めから真実さんに会えるなんて今年はいい年になりそう!」


 そのまま三人で参拝に向かった。


「霜雪、何かお願いしたのか?」


「……それは秘密。それに感謝の方が多かったわ」


「感謝?」


「ええ、生徒会に入れた感謝。楽しく学校生活を送れた感謝。それに冬風君に出会えた感謝」


「……そうか。同じだな……」


「真実さんー、まこ兄―、おみくじ引こうよ!」


 少し先を歩いていた美玖に遅れないように、俺と霜雪はまた歩き出した。



「やったー! 大吉だ! 二人はどうだった?」


「……吉」


「私も……」


 二人して何とも言えないのを引いたな。まあ、凶とかじゃなかったことを喜ぶべきか。


「冬風君、何て書いてあった?」


 霜雪が聞いてきたので改めておみくじを見返す。


「『選択するときがくる。答えはただ一つ』どんな選択かは教えてくれないんだな。霜雪のはどうだったんだ?」


「『己が思うがままのことをするべし。他人に遠慮をするな』ずいぶん強気な助言ね」


「まあ、心に留めておくか」


「そうね」


 その後は親同士の密約で霜雪一家と俺の家でおせちを食べることになっており、正月から冬風家は活気に満ち溢れた。





 お昼ご飯を食べて、美玖さんの部屋で冬風君と美玖さんと遊んでいたら、なぜか冬風君のお母さんの沙織さんから呼ばれたので部屋を出た。


「真実さん、突然家に来てもらったりしてごめんなさいね」


「いえいえ、こちらこそ元日からお世話になってしまい申し訳ありません」


 沙織さんは不思議な雰囲気の人だ。そう、どこか自分を相手にしているような気がする。


「ここでお話ししましょうか」


 沙織さんが笑いながら入った場所は冬風君の部屋だった。何か申し訳ない気持ちがするが心の中で謝罪をして中に入る。


「真実さん、真実さんは誠のことが好きでしょ?」


 そう言われて一気に胸の鼓動が高まった。


「……どうしてそんなことを?」


 そうわたしが言うと沙織さんはいたずらっぽく笑う。


「少し真実さんの様子を見て心配になったの。真実さんって私の学生時代に似ているから、なんだか他人事と思えなくてね。真実さんは誠に対して好きという気持ちを持っている。それは簡単に分かったわ。だって誠を見る目が恋する乙女そのままなんだもの」


 沙織さんに言われて自分はどんな目をしていたんだと想像するが、全く分からない。


「けどね、同時に誠に近づかないようにしている。それはなぜ? 好きならそんなことしなくてもいいのよ」


「そ、それは……」


 自分が無意識で行っていたことをずばりと言われて焦る。冬風君に会ったのはクリスマス以来だが、どうしてもあの日の夏野さんを思い出してしまって、冬風君と接し辛く感じていた。


「……やっぱり言わなくても大丈夫。ごめんなさい、少し意地悪な質問をしてしまったわ」


 沙織さんに急に抱きしめられ、やっと自分が涙を流していることに気付いた。なぜ? なぜ私は泣いているのだろう。


 沙織さんは美玖さんや冬風君と同じ匂いがする。とても優しく、とても安心する匂いだ。


「自分の中で気持ちの整理ができていないのね。恋と友情、青春の中でもこの二つはいつでも難問……」


 恋と友情? 私の涙はこの二つのうち、どちらのせいなのだろう?


「けどいつかあなたはこの二つに答えを出す時がくる。そのためにとても苦しい思いをすることもある。だから余計なお世話だけど私から一つ言わせて。その時に大切なのは、真実さんが何をしたいかよ。自分に嘘をついて出した答えはいずれ後悔することになる。選択する側、選択される側、どちらも辛いけど、ただ一つの答えを出すには、全員が自分を主張しなければいけないの」


 沙織さんは何を言っているのだろう。私には全く分からない。これから私が向き合うべきことなの? 何も分からないのに、胸ばかりが苦しくなる。


「それだけでも覚えておいて。青春は難しいの」


「……はい」


 青春。自分とは無縁だと思っていた言葉も、今では、関係ないものだからと言って切り捨てることができない。


 漠然とした悩み、胸の痛み、自分の気持ちに私が向き合うことになったのは、それから一か月後、バレンタインだった。

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