第20話 空に咲く花、奏でる夏の熱~四季祭・夏~③
夕方になり、各クラスで片づけが始まる。ステージや人工降雪機などの規模が大きいものは明日からの休みの間に業者が片付けてくれるので、生徒はそれ以外を元通りに戻す。数時間はかかるだろうが、準備の時ほどの負担はない。
備品が絶え間なく倉庫に戻されてくるので、生徒会総出でそれらの対応に追われ、片付けが落ち着く頃には、すっかり腕が筋肉痛になっていた。
「みんな、お疲れ。準備から本番まで働きづめだったが、この後は花火を見るだけだ。たくさん迷惑をかけたが、今年の四季祭は来年以降の生徒会にとって大いに参考になるものだ。本当にありがとう」
「四季祭が終わっても無茶したら許さないわよ」
「ああ、心に留めておくよ。じゃあ、外に出ようか。生徒も花火を見るために校舎から出てきているはずだ」
倉庫を出ると、朝市先生と小夜先生が丁度やってきたところだった。
「みんな本当にお疲れ様。みんながいたから素晴らしい四季祭になった。教師を代表してお礼を言わせて。ありがとう」
「お前たちがいて助かった。ささやかなご褒美で申し訳ないが、特等席を用意した。とっておきの場所で花火を見ようぜ」
朝市先生と小夜先生が用意してくれた場所は校舎の屋上だった。先生からの許可がないと生徒は屋上に入れないので、本当に生徒会だけの特等席だ。
辺りも暗くなり、生徒が全員、外に出てきた頃に花火が打ちあがり始め、轟音と激しい光を空に放つ。
これで四季祭も終わりか。秋城がさっき言っていた通り、準備から本番まで働きづめだった。秋城、お前の無理に気付くのが遅くなってすまなかった。星宮、月見、お前たちがいなければ演出の準備は間に合わなかった。春雨、俺には秋城を助けられなかった。霜雪、お前の気持ちに気付いてやれなかった。夏野、お前にも無理をさせてしまった。
大きな花火に生徒が歓声を上げる。そういえば打ち上げ花火を生徒会全員で見るのは初めてだな。夏祭りの時は俺と夏野がいなかったし、合宿の時の花火は小さいものだ。半年前の俺だったらこんな光景想像できなかった。こんな気持ち抱くことはなかった。ずっとお前たちといれたらいいのにな。
ただ夏野が言った通り、来年の今頃はこの生徒会は解散している。運営する立場としたら今回の四季祭が最初で最後だった。なのに、なのに、俺は何もできなかった……。だめだ。考えても考えても後悔しか生まれない。頭の中では分かってる。嘆いても無駄だと。だが同じように頭から離れない。もっと上手くやれただろ。俺がしっかりしてれば、生徒会の奴ら全員を助けることができたはずだ。
目が少し滲んで一滴だけ熱い液体が顔を流れた。何の涙だ? 最近、他の奴の泣き姿を見すぎたせいで、俺も涙もろくなったのか。生徒会の奴らに気付かれないように少し後ろに下がたったつもりだったが、夏野が気付いて一緒に後ろに下がってきた。
夏野は俺の顔を少し見つめただけで言葉は発さず、ただ優しく手を握ってきた。俺は握り返すことも突き放すこともせずにそのまま花火を見つめる。
まこちゃんが少し後ろに下がったのでどうしたのかなと、一緒に下がって、まこちゃんの顔を見ると、目から一滴の涙がこぼれていた。こんな時にあたしは何ができるのだろう。目が合ってもまこちゃんは何も言わず、何もしなかった。そんなまこちゃんの左手をあたしは握る。
まこちゃん、まこちゃんがあたしの傍にいてくれるみたいに、あたしもまこちゃんの傍にいるよ。まこちゃんが辛い時、あたしはまこちゃんの力になりたい。何も、何も分からないけど、どうかその心の痛みが少しでも和らぎますように……。
もうそろそろクライマックスだ。一度に打ち上げられる花火の量が多くなり、空をその花びらで埋め尽くしていく。一度消えた花火はもう取り戻せない。終わったことはもうどうしようもないのだ。今回のことを嘆くのは簡単だ。それならこれからずっと一人で涙を流していればいい。ただ、俺はもう一人ではない。優しく握ってきたその小さな手はそれを教えてくれたのだろうか。四季祭はこれで終わりだ。だが生徒会は、俺の青春はまだ続く。これからなんだ。上手くできなかったことはこれから取り戻していけ。これから向き合っていけ。
俺はその存在を確かめるように、手を握り返した。
手が握り返される。強く、けど優しく。
まこちゃん、修学旅行であたしたちの止まっていた時間が動き出してから、これから先、また色々なことがあるんだろうね。その最初が四季祭だった。大変なことも、辛いこともあったけど、あたし、すごく楽しかったよ。それはまこちゃんがいたからだよ。だから、これはそのお礼……。
一発の大きな花火が音を立てながら天高く昇っていく。これで最後か。
肩を叩かれたので、俺は夏野の声が聞き取りやすいように少し下を向く。
まこちゃんの肩を叩いた後、あたしはまこちゃんに届くように少し背伸びをする。
その瞬間、時間も音も何もかもが止まった。
その瞬間、この世界はあたしとまこちゃんの二人だけのものになった。
重ねられた唇はあまりに突然で、あまりに優しく、あまりに熱いものだった。
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