第20話 空に咲く花、奏でる夏の熱~四季祭・夏~②
見回りをしている間、明らかに夏野は心ここにあらずという感じだった。四季祭の準備が始まってから数週間、秋城の次に負担が大きかったのは文化委員長の夏野だ。四季祭という非日常感で気持ちはごまかせても、体に溜まった疲れはごまかせない。
これ以上夏野を連れ回すわけにはいかない。休ませなければ秋城の二の舞だ。
「夏野、これ以上はだめだ。これ以上夏野と四季祭は回らない」
夏野が今にも泣きそうな顔でこちらを見てくる。
「まこちゃん、私はなんともないよ。だから気にしないで回ろうよ」
「……だめだ。明らかに今の夏野は疲れて頭が回っていない。四季祭はまだ長い。今は少しでも休むべきだ」
生徒会室なら誰も来ないし、ゆっくり休むことができるだろう。俺は夏野の手を引いて生徒会室に入った。
取り敢えず二人でソファに座る。
「……嫌だ、嫌だよ。なんで……。大嫌いっ」
夏野は下を向いて震えた声を出す。
「すまない。俺に対して何を思ってくれてもいいが、今は休んでくれ。もう目の前で生徒会の奴が倒れるところなんて見たくないんだ。今の夏野からは倒れる前の秋城と同じ感じがする」
「まこちゃんのことじゃない……。なんで一番大切な時にこんなことになるのっ……。体が疲れててもうはしゃげないって本当は分かってるの。けどそれは他のみんなも同じなのに、なんであたしはこんなに大事な時にっ……。大嫌い……あたしは自分が嫌になるよ……」
「……俺は逆だ。お前がこんなに疲れてるのは四季祭のために誰よりも頑張ってくれたからだ。今日の張り紙もそうだし、夏野、お前は時間がある時は頻繁に受付に顔を出して、学外者の案内をしてたんだろ。それに迷子になった子どもの親を探したり、ごみ箱もいっぱいになる前にお前が処理してくれてたんだろ。やけに俺が見回っている時にそういうトラブルがないと思ってたんだ。お前が助けた人から学校に感謝の声が寄せられたらしくて、今日の朝、生徒会で小夜先生から聞いたよ。俺はそんな夏野が好きだ。無理して一人でこなそうしたのは秋城と同じで賛成はできないが、そんな夏野のおかげで多くの人が四季祭を楽しめてる」
「けどっ……一番楽しんで欲しかったまこちゃんにそのせいで迷惑をかけてる……。まこちゃんに色々楽しんで欲しくて頑張ったのに……。まこちゃん、まこちゃんはここにいなくてもいいんだよ。もう今日で終わりなんだから四季祭を楽しんできてよ。ね?」
「誰も迷惑だなんて思っていない。そんなことを思ってるんだったら、俺は遠慮なく夏野を連れ回してる。それにな、俺にとっては今ここが四季祭の中で一番楽しい場所だ。……こんな言い方をしたら誤解されるな。夏野、お前といるからこその今日の四季祭なんだ。何よりも今日はお前といることが大切なんだよ」
夏野が涙を流し始める。
「おいおい、泣くなよ。まだ花火もあるし、四季祭は今年で最後じゃないんだぞ。泣くと体力を使って、ますます疲れる」
夏野の顔に流れる涙を指で拭うが、その流れがとまることはない。
「だって……だって、来年のことなんか分からないっ。その頃には生徒会も解散してるし、まこちゃんとあたしがどうなってるか分からないっ……。なのにっ、なのに……」
「ああ、確かに来年の今頃は生徒会は解散してるし、俺と夏野がどんな風に関わっているか分からない。……けどな、お前はいつまで経っても大切な存在だと思う。安心しろ、今日できなかったことは来年すればいい。来年できなかったことがあったら、また別の時にすればいい。何回でも、何回後悔を重ねても、お互いを想ってる限り、チャンスはあるさ。ほら、泣き止む気がないなら、いっそのことこらえるのをやめろ。普段から生徒会しかいない階だ。声を出しても誰にも聞こえない」
その後、夏野は俺の膝の上で、涙を流し続けた。まるで自分のことを責めるようにその声を押しつぶしながら。
そして体力が尽きたのか、そのまま眠りについた。
つくづく俺はお前の寝顔を見る運命にあるらしいな。
ここは静かだ。そして何よりも安心する。ずっとこんな時間が続けばいいのにな……。
俺はスマホで連絡を済ませて、目を閉じた。
「夏野、起きれるか?」
まこちゃんの声で目を覚まして、時計を見ると片付けが始まる時間まであと数十分ほどだった。
「夏野と行きたいところがあるんだ。無理はさせない。少し付き合ってくれるか?」
「……うん、休めたから大丈夫だよ。あたしももう無理はしない。まこちゃんと一緒に行きたい」
まこちゃんに連れられて生徒会室を出て、ピークの時よりかは人が少なくなった廊下を歩く。
「行きたいところってここ?」
着いた場所はあたしとまこちゃんのクラス、二年三組の教室だった。そしてお化け屋敷の入り口ではなく、着替えや作業をするための裏のスペースに入る。
「下野、夏野を頼んだ」
「ええ、任せて。冬風はあっち。一二三がいるはずよ」
「ありがとう」
「え、まこちゃん、行っちゃうの……?」
ついまこちゃんを追いかけようとしてしまったが、曜子に止められた。
「奏、あんたはこっちよ。大丈夫、すぐに会えるからここに座って?」
促されるままに椅子に座る。
「あー、どれだけ泣いたのよ。目、かなり腫れてるわよ」
曜子があたしの顔を優しく触って、メイク道具を出す。
「せっかくの四季祭にそんな顔じゃだめよ。うちが可愛くしてあげるからじっとしてなさい」
まこちゃんはここで何がしたいのだろう? 特に何も思い浮かばないままに曜子があたしにメイクしてくれる。
「こんなものね。取り敢えず泣きっ面はごまかせたわ。じゃあ、次はこっち」
初日にあたしが受付に座っていたまこちゃんを驚かせた衣装を曜子が取り出して、あたしはなされるがままにそれを着て、女子が着替えるためのスペースを出た。
既にまこちゃんも表に出ていて待っていた。男子用ではあるが、あたしと同じ衣装を着ている。
「まこちゃん、それ……どうしたの?」
「どうしたって三上に借りたんだよ。これで夏野とお揃いだな。……せっかく写真用のスペースを作ったんだ。俺たちも写真を撮ろう」
まこちゃんがこっちを見て微笑んでいるひふみんと曜子にスマホを渡して、お化け屋敷の撮影スペースにあたしを連れていく。
「まこちゃん……どうして?」
「どうしてって、初日にお揃いコーデにするかって夏野が言ったんだろ。今日が最終日だし、お化け屋敷ももう少ししたら片付ける。せっかくなら俺もコスプレしてみるのも悪くないと思ったんだ。……俺はこんなことしかしてやれないし、協力してくれたのは三上と下野だ。これが終わりになってすまないな」
「ううん、すごく嬉しい。それに今年はこれで終わりでも、来年も一緒にいてくれるんでしょ?」
「ああ、約束だ」
曜子がスマホを構えて、声を出す。
「ほら、はい、チーズ!」
今、あたしは笑えているはずだ。強がりなんかじゃない。真実の笑顔だ。まこちゃんがいるからこそ、あたしは嘘をつく。……けど、まこちゃんがいるからこそ、本当の自分にもなれるんだ。
「俺たちも一緒に撮ろうぜ!」
「奏、冬風、一緒に撮ってくれる?」
「ああ」
「もちろん!」
四人で固まって、曜子が自撮りで写真を撮る。
「曜子、ピント合ってなくない?」
「じゃあ、一二三が撮ってよ。あたしが自撮り上手くないの知ってるでしょ?」
「俺も苦手だって!」
「なら黙って撮られときなさいよ」
「おいおい、夫婦喧嘩は後で頼むよ」
「じゃあ、冬風が撮ってよ」
「無理だ。俺がやると四人も写真に収まらない」
「じゃあ奏、よろしく頼むわ」
「……うん、撮るよ」
曜子からスマホを受け取って、手を伸ばして構えると、三人の顔が画面に映った。それを見て、自然とあたしはまた笑顔になる。さっきまで沈んでいた心が嘘のようだ。ありがとね、まこちゃん。
「みんな、大好き……」
あたしはスマホのシャッターを切った。
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