第20話 空に咲く花、奏でる夏の熱~四季祭・夏~①
目が覚めると霜雪がこちらを覗き込んでいた。
「……すまん、結構眠気の限界だったんだ」
「気にしなくていいわ。みんな疲れてるもの。明日が最終日ね。最後まで頑張りましょう」
「ああ、じゃあステージの片付けに行くか」
「ええ」
四季祭二日目は特にトラブルなく終わった。
次の日、今日も今日とて早めに学校に登校すると、既に夏野が生徒会室に来ていた。
「早いな。何かやることがあるんだったら連絡してくれればよかったのに」
「まこちゃん、おはよう。ううん、ちょっと張り紙とかの確認や追加をしたかっただけだし、もう終わったから大丈夫だよ!」
「……そうか」
少し机の上が散らかっていたので整理すると、ポップな文字で道案内や注意事項が書かれた紙が何枚もあった。何回も書き直した痕があるのでこれは確認のために書いたものだろう。
「夏野、これって……」
後ろを振り向くと夏野はソファで横になって寝息を立てていた。
「夏野、一人でこれを準備してくれたんだな。ありがとう」
集合時間までまだ時間はあるので、そのまま夏野を寝かしておくことにして、俺は自分の制服を夏野にかけた。
懐かしく安心する匂いに包まれている感じがする。ずっとこのままがいい。ずっとこのまま……。
「夏野、起きろ。そろそろ行くぞ」
優しく肩を叩かれて起き上がる。時計を見ると八時過ぎだった。
「え⁉ ごめん! 寝過ごしちゃった!」
生徒会室を見回すとまこちゃん以外に誰もいなかった。
「他の奴らで確認も何もかも終わらせた。わざと起こさなかったんだ。かなり早めに来て色々準備してくれたみたいだしな。今日で四季祭も終わりだ。あと少し頑張るぞ」
「……う、うん。あとでみんなにお礼を言わなきゃ。まこちゃんもありがとう。あ、これも……」
いつのまにか体にかけてもらっていた制服をまこちゃんに返す。
「今日はクラスのシフトも生徒会の仕事も俺と夏野はずっと一緒だ。無理はしなくていいから、いつでも休みたいときは言えよ」
脱いでいたローファーを履くとまこちゃんが右手を差し出してくれた。頼りになるその手を遠慮がちにつかむ。
「うん、今日一日よろしくね」
生徒会室の戸締りをして、一緒に教室に向かった。
「よーし、じゃあ今日が最終日だ! 今日は早めに片づけをして、全て元通りに戻した後に花火だ。最後までやり切るぞ!」
朝市先生の言葉の後にお化け屋敷の準備が始まり、俺と夏野は受付に座る。
「お化け屋敷、結構人気みたいだねー」
「らしいな。俺のトラウマを呼び起させたほどの出来だ。けど二組のコスプレカフェも人気だって聞いたぞ」
「時間ごとに色々テーマを変えてコスプレ変えてるみたいだしね! 昨日あたしも行ったんだけど、空ちゃんと真実ちゃんのメイド服姿すっごく可愛かった!」
「マッチョメイドもいたけどな」
二時間ほど夏野と受付をして、他のクラスメイトと交代した後、昼ご飯を食べに行く。
「まこちゃん、何食べたい?」
「お好み焼きにする。まだ食べてないんだ。夏野は?」
「あたしもお好み焼きがいい!」
二人でお好み焼きを食べて、夏野がお手洗いに行っている間、他にまだ食べていない模擬店はないかと確認する。あと一つだけあったな。夏野がいない間に買っておくか。俺はお目当ての模擬店の方に向かった。
お手洗いを出る前に鏡を見る。疲れは溜まってるけど、顔には出てないよね? 今日はこれから生徒会として見回りとか仕事はいっぱいあるけど、まこちゃんとずっと一緒にいられる。疲れた顔なんかしてたらまこちゃんは必ず心配して休ませようとする。そんなもったいないことしたくない。
お手洗いを出てまこちゃんの所へ帰る。
「まこちゃん、お待たせ!」
「ああ、お帰り。ほら」
まこちゃんが揚げアイスをあたしに差し出してくる。
「あと模擬店で食べてないのこれだけだったんだ。夏野も一緒に食べるかなと思った。余計なお世話だったか?」
「貰っていいの?」
「勝手に買ってきて金をよこせなんて言うはずないだろ。ほら、早く食べないと溶けるぞ」
「あ、ありがとう!」
まこちゃんから揚げアイスを受け取って一口かじる。外は揚げたてで熱いのに、中のアイスはしっかり冷たい。
「美味しいー」
「だな。初めて揚げアイスなんて食べたけど、不思議な食べ物だ」
二人で校舎の壁にすがってアイスを食べる。こうしてるとなんだか普通のカップルみたいだね。そう言うとまこちゃんはどんな風に否定するだろう。いつものように真顔で? それとも少しは照れてくれる?
「あー! 冬風君に夏野さん! こんにちは! 今何してるの?」
声をかけてきたのは紅葉さんだった。
「こんにちは。今は普通に二人で色々回ってるだけですよ」
「へえー、美味しそうなの食べてるね。あとで私も食べてみよ! ……二人ってもしかしてお付き合いしてる?」
紅葉さんの質問にドキッとしてしまう。しまった、さっき余計なことを考えるんじゃなかった。
「いえ、俺と夏野は別に付き合ってないですよ」
まこちゃんがごく普通に否定する。どうやら照れてはくれないらしい。
「えー、なんだか不思議な雰囲気だからそうかなーって思っちゃった。余計なことだったらごめんね」
「いえ、付き合ってはないですけど、夏野は僕にとっては特別な存在です」
「きゃー、それをためらわずに言えるって凄い! じゃあ私はもう行くね。政宗をこれからもよろしくー!」
紅葉さんはテンションが高いまま揚げアイスの模擬店の方へ走っていった。
「……ねえ、特別って何?」
まこちゃんに尋ねる。
「……俺にもそこまでは分からない。ただ特別、それだけだ」
そんな答えじゃ喜んでいいのかどうか分からない。多分まこちゃんは六花ちゃんのことも真実ちゃんのことも特別と言うだろう。
だめ。六花ちゃんや真実ちゃんのことを考えるのはやめよう。今はまこちゃんと二人きりなんだ。
「そろそろ見回りと諸々の確認をして、その後、ゆっくり色々回るか」
「うん! そうだね!」
まこちゃんと校舎に戻って、各クラスの催し物にトラブルが起きていないか見回りをする。
「あ、冬風先輩! 私たちのクラスに寄っていきませんか?」
一年生の階の廊下を歩いていると、まこちゃんが三人の女子から呼び止められる。
「夢と龍井と虎岡か。揃いも揃ってどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないですよー。今全然お客さんがいなくて暇なんです」
龍井さんがまこちゃんの質問に残念そうに答える。
「それは気の毒だが、今は生徒会の見回りの途中だから行かないといけない。秋城がどうせ暇にしてるだろうから、来てもらうように言っとくよ。あいつがいれば少しは人が増えるだろ」
「……冬風先輩、意外と人使い荒いです?」
「秋城が今の俺と同じ立場だったら絶対そうするからな。いつかやられる前に復讐しといてやる」
「うわー、冬風先輩、顔が笑ってますよ。でもお願いします。会長さんに来ていただけたら助かりますー」
「ああ、またな。夏野、行くぞ。……夏野?」
まこちゃんに呼ばれて我に返る。なんで今ぼーっとしていたんだろう。自分が思ってる以上に疲れてるのかな。
「ごめん! ちょっと違う所見てた! 早く見回り終わらせよう!」
まこちゃんとまた歩き出す。
早く終わらせてまこちゃんとたくさん四季祭を回るんだ。
早く終わって……。急いで……。今日が最終日なの……。
「……夏野! ……夏野!」
龍井さんたちと別れてどれほど時間が経ったのだろう。まこちゃんの声でまた我に返った。
「生徒会の仕事はこれで終わりだ」
「じゃあ、今からは自由に回れるね! まこちゃんはどこに行きたい?」
嘘をついて、平気なように振るまうんだ。あたしは疲れてなんかない。だって今からいっぱいまこちゃんと四季祭を回るんだもの。
「夏野、これ以上はだめだ」
嫌だ、嫌だ。なんで一番大切な時にこうなるの?
「これ以上、夏野と四季祭は回らない」
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