第20話 雪解けは桜が吹雪く春と共に~四季祭・冬春~②

 冬風君から今どこにいるのかとスマホにメッセージが来たが、私はそれに返事をすることなくスマートフォンの電源を切る。


なぜ私はこんなことをしているのだろう。片付けが終わった後、一人になった暗い教室の中で、椅子に座って考えてみても上手く頭の中で整理できない。


メイン演出のために校舎内の電気は切ってあるものの、外の照明の光が入ってくるので教室は真っ暗というわけではない。ただそんな校舎の中に残っている生徒は私以外にいないだろう。


そんな場所こそ私にふさわしい。

 

生徒会に入ってからいつの間にか私の周りには人がいた。秋城君、星宮さん、月見君に、春雨さん。……そして夏野さんと冬風君。


 冬風君の周りにはもっと人がいる。冬風君が相談を解決するたびにその人数は増えていった。そしてその中でも夏野さん、戦国さんと冬風君の関係は特別だ。


 なぜ私がそんなことを考えるの? 冬風君が誰と関わって、誰と友達になっても私には関係ないはずなのに。


 戦国さんが冬風君に告白したと聞いて心がざわめいた。冬風君が昨日戦国さんと一緒にいたと聞いて、明日夏野さんと一緒にいると聞いて心がざわめいた。昨日、配線のトラブルの後、行ってしまう冬風君をつい引き留めてしまいそうになった。この気持ちは一体何?


 冬風君は私との関係も特別だと言ってくれたけど、冬風君は昨日戦国さんの元へ走った時のように私を探してくれるのだろうか? そんなわけない。連絡が付かない人間をこの大勢の人の中で探そうとする人なんていない。そもそも私は外にもいない。


 私がいるべき場所はここだ。人の温もりから離れた暗い場所。今までそんな場所で生きてきた。


 理由も分からず胸が苦しい。感情も、自分の行動の理由も分からない。


 外から春雨さんの歌声が聞こえる。そしてもうすぐ雪が降る。どうか冬風君が他の誰かと……誰かと……





「はぁ、はぁ……。今日は霜雪と一緒にいるって言ったろ。待ってるって言うんだったらせめて場所を伝えるか、返信ぐらいしてくれてもいいんじゃないか。……それとな、わざとそうしたんだったら申し訳ないが、どうやら俺には人探しの才能があるらしい。残念だったな、霜雪」


 教室の扉が開けられ、外を見て座っていた私の後ろから声が聞こえる。一番胸が苦しくなる声で、一番聞きたかった声だ……。


 椅子から立ち上がって振り返ると、冬風君が近づいてきて、私の顔を指でなぞる。その感触で自分が涙を流していたのだと気付く。


「冬風君っ……。私っ、どうしたらいいの……っ」


 つい冬風君の制服を掴んでしまい、とっさに離れようとするが、冬風君が優しく私の背中に手を回して抱き寄せる。


「無理しなくていい。いつか俺に言っただろ。お前はお前の思うことをすればいい。幸いここには俺と霜雪しかいない。俺との前でくらい自分に嘘をつかなくてもいいんだ」





 抱きしめた霜雪は静かに泣いている。その涙の正体は何か。霜雪にも分からないことを俺が分かるはずもない。


 霜雪が少し落ち着いた後、窓から外が見えるようにして隣同士に座る。そして春雨の歌が終盤に差し掛かったところで、外では雪が降り始め、観客がどよめく。


 今日の四季祭のテーマは冬と春だ。松本が受付のシフトの時に言っていた大きな機械とは屋上に設置された人工降雪機だ。この季節のこの時間帯なら雪は降っている間にギリギリ溶けることはない。それに照明の光を緑や赤にしてやればすっかり学校中が冬のようになる。


「……綺麗だな」


「けど偽物……。どれだけ似ていても本物とは、真実とは違う嘘」


 霜雪が悲しそうに口を開く。


「それはどうかな。本物の雪は雪でその綺麗さがあるし、人工雪は人工雪の良さがある。どちらの美しさも本物であって真実だ」


「けど作り物であるという真実は変わらないわ」


「……そうかもな」


「真実はいつだって残酷なものね。私は自分の思ったことを言うと、目の前の美しい景色さえ素直に楽しめない。こんな自分が嫌になる。私の心は凍り付いていて、周りの空気を冷めさせてしまう」


「今更かよ。俺も霜雪と同類ってことを忘れたのか」


「あなたはもう違うわ。私とは違って人の気持ちを考えられる。あなたの心は冷たくない」


「……それをお前が言うのか。霜雪、人の気持ちを考えられない奴が何かに悩んで涙を流すなんてことはない。それにな、ここは日本だぞ」


「……急に何を言ってるの?」




「どんなに辛い冬だったとしても、どんなに深く積もった雪だとしても、どんなに冷たく凍り付いた心でも、春は来る。桜は咲く。雪は解けるんだよ」




 冬風君が窓のそばに立った瞬間に外の照明が春色に変わり、雪が桜吹雪へと変わった。




人工降雪機なら雪の大きさを変えることも可能だ。結晶を最大まで大きくすれば、桜の花びらほどの大きさになり、照明と合わせれば、観客はまるで桜吹雪の中にいる錯覚に陥る。


 季節は巡る。春から夏、夏から秋、秋から冬、そして冬から春へと。


「変わらないものなんてない。それはつまりどんなものでも変わるということだ。霜雪、お前の心も、俺の心も例外なんてことはない。霜雪の心はもう変わってる。冷たくなんかない。とっくに解けてるんだ」


 俺は自分の心が変わったかは分からない。ただお前の心が出会ったばかりの頃と違うことは分かってる。ずっと俺たちは隣にいて、ずっと背中合わせで、ずっと見つめ合ってお互いの体温を感じていたからな。




 目からまた涙が流れているのが分かった。ただこれはさっきとは違う。まるで雪解け水のように温かく、優しい涙のような気がする。冬風君、私の雪は、氷は、今この瞬間に解けたの……。




「冬風君、そこに立ってたらせっかくの景色が見えないじゃない」


「だな。座るよ。……外はアンコールの声でいっぱいだ。これならもう少し終わるまで時間がかかる……」




 そう冬風君が言ったあと、少しして右肩に重みを感じた。なぜあなたは今日、そんなに寝不足なの? 昨日何をしたの? あなたは何を感じて何を想うの? あなたのことをもっと知りたい。あなたともっと一緒にいたい。この気持ちが恋なんだろう。そして冬風君のことを考えて締め付けられたあの思いは嫉妬だ。



 ただ、今この時間は私と冬風君だけのもの。



「冬風君、私はあなたのことが好きみたい」



 合宿の時とは違う。まだ友達というもののことは分からないが、私はそれ以上が欲しい。


冬風君がビクンと跳ねて、今度は姿勢正しく眠りに落ちる。外では春雨さんがアンコールの曲を歌い終わったようだ。




これで今日は終わり。冬風君、起きて。




私は冬風君の唇に自分の唇をそっと重ねた。

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