第20話 雪解けは桜が吹雪く春と共に~四季祭・冬春~①

「まこ兄、おはよう。まこ兄⁉」


 美玖の声で目が覚める。どうやら朝食を食べながら寝ていたらしい。時計を見るとまだ家を出る時間ではなかったので安心した。


「……おはよう。今日は早起きだな」


 俺は再び食べかけの食パンをかじる。


「目が覚めたからちょっとね。それにしてもなんでまこ兄はそんなに寝不足なの? 何かあったの?」


「ああ、昨日ちょっと過去のトラウマが掘り起こされてな」


 昨日のお化け屋敷のせいで、夜あまり寝られなかったとは言えない。小学生でもあるまいし、まさか自分がこんなに繊細な精神をしているとは思っていなかった。




 食事を終えて登校し、昨日と同じように生徒会での確認を済ませて四季祭二日目が始まった。今日は開場直後からクラスのシフトが入っており、昼過ぎから霜雪と合流する予定だ。



「今日は尾道か。よろしく」


「おう。昨日よりたくさん人がくると思うから頑張ろうな」


 一緒に受付に座った尾道の言葉通り、お化け屋敷はなかなか好評ならしく、途中から整理券を配って混雑を避けた。


「そういや冬風、お前昨日お化け屋敷に入った後、とんでもない顔して出てきたんだって?」


 尾道が少し笑いながら言ってくる。


「三上から聞いたのか。お化け屋敷は苦手というかトラウマになってるんだ」


「ならなんで入ったんだ?」


「まさかまだ体がお化け屋敷を拒否しているとは思ってなかった。それに四季祭を一緒に回るって約束した奴と一緒だったんだ。そいつが入るって言ったからには俺はそれにどんなことがあっても付き合う。まあそのせいでお化け屋敷を出た後に迷惑をかけたかもしれないがな」


「冬風って真面目だな。お、俺たちのシフトは終わりだ。お疲れ!」




 シフトが終わって俺はどこで時間を潰そうかと迷う。霜雪と合流する時間はまだまだだ。


「誠、もしかして今暇かい? 行っておきたいところがあるんだが、一緒にどうだい?」


 声をかけられて振り返ると秋城だった。どうせ時間までやることはないので秋城について行くことにし、秋城と俺は二年二組の教室に入った。


「お帰りなさいませ! ご主人様!」


 かなり体格ががっちりしたメイド服姿の男に案内されて、秋城と二人で席に座る。二年二組はコスプレカフェだ。ドリンクとクッキーなどのお菓子を注文することができるので、俺と秋城はそれぞれコーヒーとクッキーを注文して、提供されるのを待った。


「秋城、お前こんな趣味をしてたんだな。というかコスプレカフェだからコスプレしとけば問題ないだろって感じでなんであいつらは堂々とメイド服着てんだよ。もっと何かあったろ」


「いいじゃないか。たくましい筋肉をしていて、彼らはとても素敵だよ」


「お待たせしました、ご主人様!」


 秋城と話していると飲み物とお菓子が運ばれてきた。今度は女子の声だったので、サーブしてくれた生徒の顔を見ると星宮だった。


「……なるほどな、星宮がいるから来たのか。秋城は別にマッチョメイドを求めたわけじゃなかったんだな」


「えー、なにその冷静な分析。それより私のメイド服どう? ちょっとドキッとしたんじゃない?」


 星宮がスカートを振り振りしながら言ってくるが、俺も秋城も何事もないようにコーヒーを飲む。


「空、似合ってるよ」


「ああ、そうだな」


「反応が薄い―! 全く、一年の男子とかはキャーキャー言ってくれてたのに」


 星宮は俺たちを睨んで奥に引っ込んでいった。


 その後、秋城とのんびりしながらカフェでの休憩を終える。



「ありがとうございました」


 席から立つとまた女子の声が聞こえたので星宮が片付けに来てくれたのかと思ったら、今度は霜雪だった。


「冬風君⁉ ……星宮さん、わざと私に片づけを頼んだわね」


「そうみたいだな。あいつ、奥からこっち見て笑ってやがる」


 それを聞いて霜雪が奥を振り返るが、星宮はさっと身を隠した。


「……冬風君、そんなにじろじろ見ないでくれる……?」


「……いや、霜雪もそんな恰好するんだな」


「……しょうがないじゃない。今はメイドのコスプレの時間って決まってるのだから……。シフト、もう少しで終わるのだけど、待っててくれるかしら?」


「ああ、じゃあすぐそこにいるよ」


 そう言って秋城と二組の教室を出る。


「僕も真実のことを見ていたのに、どうして誠だけに見られるのを嫌がったのかな?」


「お前には何を言っても無駄だと思われてるんだろ」


「残念だ。誠と真実をからかうために僕は生徒会長をしているというのに」


「ずっと残念がっとけ。じゃあ、俺は霜雪を待つよ」


「ああ、じゃあまたね」




 秋城と別れて、五分ほどすると霜雪が制服に着替えて教室から出てきた。


「お待たせ。ではどうしましょうか」


「もう昼過ぎだ。模擬店で何か食べないか?」


「ええ、じゃあ行きましょう」


 俺と霜雪は多くの生徒でにぎわう模擬店に向かった。




「冬風君、今日は寝不足なの?」


「ああ、昨日は全然眠れなかったんだ」


「そう、注意力が散漫になってるわよ。ほら」


 霜雪が紙ナプキンで俺の唇を拭く。どうやらさっきまで食べていたホットドッグのケチャップが付いていたようだ。


「ありがとう。けど人のことは言えないな」


 俺も紙ナプキンで霜雪の唇のケチャップを拭った。


 霜雪とお互い見つめ合ってしまい、同時に目を逸らす。


「……ありがとう。私も少し疲れてるみたいね……」


「……お互い様だな」





「あ、誠! 霜雪さん! うちの脱出ゲームやっていってよ!」


「誠先輩! 真実先輩! 一緒に写真撮りましょうよ!」





 食事の後はごくごく普通に校内を回り、時間が過ぎていった。


「ねえ、冬風君。昨日は何してたの?」


「何してたって、生徒会の仕事とクラスのシフト以外は戦国といた」


「明日は?」


「明日は夏野とだな。それがどうかしたか?」


「そう。気にしないで……。そろそろシフトがあるからクラスに戻るわ」


「ああ、演出の時には合流するだろ? また連絡する」


「…………待ってる」


 霜雪は小さな声で呟いて校舎の中に入っていった。最近、霜雪の様子がおかしいと感じるのは俺の考えすぎなのだろうか。俺と霜雪はお互いに分からないことが多すぎる。そして分からないことはそれぞれ違うはずだ。この違いがいつか俺と霜雪の気持ちの違いを生む。ただそれだけが今の俺に分かる全てだった。


 霜雪と別れた後、俺も生徒会としての仕事に戻り、それが終わる頃には片付けの時間になった。昨日と同じく片付けが完了した生徒から校舎外に出て、メインの演出を待つ。


 ただ昨日と違うのは、生徒からの熱烈な要望を受けて、昨日の生徒会メンバーが今日もステージでメイン演出が始まるまで演奏することが決まっているところだ。


 秋城の人気もさることながら、紅葉さんも朝市先生と小夜先生の予想通り、男子生徒の間でかなり噂になっていたらしい。紅葉さんは在学中、学園のマドンナだったらしいが、その弟も学園の王子となっているのだから、秋城の血筋、恐るべしだ。


 星宮がステージの方にいるってことは同じクラスの霜雪ももうどこかにいるはずだ。


 俺は霜雪にメッセージを送るが、秋城たちの演奏が始まっても、霜雪から返信が返ってくることはなかった。

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