第20話 落ちる星空、霧を晴らす風~四季祭・秋~①

 午前中は生徒会関係の仕事で見回りや衛生関係のチェックなどをして、昼前に一通り自分の仕事が終わったので、戦国に連絡した。


「誠! お仕事お疲れ様! ねえ、お昼ご飯はもう食べた?」


「いや、まだだ」


「じゃあ、外の模擬店に行こう!」


 戦国と屋外で三年生がやっている模擬店まで向かう。


「クラスのシフトとかは大丈夫なのか?」


「うん、今日はシフトがない日なの! そもそも脱出ゲームだから、受付と準備係が一人ずついたら十分だしね」


「確かにそうだな」


 クラスに寄ってシフトの負担の割合は違う。俺のクラスはお化け屋敷で、受付に加えてお化け係、宣伝係も必要なので、シフトは多めだ。


「俺は夕方からシフトに入ってるからそれまでになるけどいいか?」


「もちろん! メイン演出の時はどうしてる? 一緒に見たりはできない?」


「その時はトラブルがない限り何もない。シフトが終わったら合流するよ」


「やったー! ねえ、何食べる?」


 適当に模擬店での食事を済ませて、校内を回った。



「戦国、お前、色々とできるんだな」


 俺は戦国が月見、春雨、的場、矢作のクラスの射的で戦国が得点を稼ぎまくって手に入れ、分けてくれたお菓子を食べながら、話しかける。


「でしょー。昔から運動とかアクティビティとか得意なんだー。うーん、次はどこに行こっか」


 色々と見て回りながら廊下を歩いていると、三上が俺を呼びとめた。どうやらお化け屋敷の受付のシフトらしい。


「誠、そういえばお化け屋敷の内容をあまり知らないんじゃないか?」


「まあ、ほとんど準備に参加できなかったからな」


「じゃあ、入っていけよ! もう結構怖いって評判になってるらしいぞ」


 そう言っている今も中から悲鳴が聞こえるので、出来栄えは良かったのだろう。


「戦国、どうする?」


「……入る」


 戦国がそう言ったので、少しだけ教室の前で待ち、前の参加者が出てきたところで中に入る。


 遮光カーテンで外の光が全く入ってきておらず、わずか雰囲気に合うわずかな電球しか光源がなく、不気味な音も流れている。


「誠……腕につかまってもいい……?」


 戦国が普段からは考えられないほど小さい声で話しかけてくる。


「こういうの苦手だったのか?」


「……うん」


「全く、無理しなくていいんだぞ、ほら」


 俺が戦国の方に右腕をやると、戦国は俺の腕につかまるというよりは抱きしめてきた。


「よし……進むか」


 ここから先は地獄だった。




「ぶっ、その顔なんだ、誠!」


 お化け屋敷から出た後、受付の三上に笑われる。


「……クオリティ高すぎだ。おかげで過去のトラウマを思い出した」


 小学生の低学年の頃、親父と行った遊園地のお化け屋敷で、俺は途中と親父とはぐれて、一人で泣きわめきながら最後までお化け屋敷を歩いた経験があり、その時のことを思い出させるには十分本格的なお化け屋敷だった。


「誠、大丈夫⁉ 無理しなくていいとか言ってたけど、誠こそじゃん! 途中から私、誠が気になり過ぎてお化けに集中できなかったよ!」


「誰も得意だとか、俺は平気だとか言ってない……」


「いやー、誠の意外な一面を発見したな。写真撮れるブースもあるけどどうする?」


「え、撮りたい!」


 三上のお知らせにテンションを上げた戦国に撮影ブースまで連れていかれ、俺はいつも以上に笑えないまま写真を撮られた。



「誠にも苦手なことってあったんだねー」


 その後、また適当に学校を回り、少し足が疲れてきたところで、戦国と休憩する。


「俺だって人間だ。怖いものは怖い。たとえそれが作りものだったとしてもな。失望したか?」


「まさか! 誠の可愛いところを知れて嬉しかった。お化け屋敷の入り口まではとってもかっこよかったしね。あ、そろそろ誠のシフトの時間だね! じゃあまた後で!」


 確かに時計を見るともうそんな時間だった。一緒にいられた時間は短かったな。


 俺は再び、自分のクラスに向かった。




 お化け屋敷の受付に座ると、松本も同じシフトだったらしく、二人で途切れなくやってくる客をさばく。


「ふー、やっと落ち着いたー」


「学外からの客はもうかなり帰ってるからな。メイン演出まで残って見る人は少ないはずだ。演出の前に模擬店と催し物は片付けないといけないから、空白の時間もできるしな」


「ねえ、メイン演出ってどんなのなの⁉ 結構大きな機械を搬入してたみたいだけど」


 松本が目を輝かせながら聞いてくる。


「それは本番のお楽しみだな。実際、俺もどんな感じになるのかは分からない」


「そっか、じゃあ楽しみにしてるね!」


「……まこちゃんー、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞー?」


 突然、耳元に声が聞こえたので俺は椅子から飛び上がる。


 後ろを振り向くと、吸血鬼のコスプレをした夏野が笑って立っていた。


「……夏野、これからは後ろに気を付けて生活しろよ……」


「まこちゃん、怖い! ねえ、ごめんってー。それよりどう? 似合ってる?」


「奏ちゃん、すっごく可愛い! 写真一緒に撮ろうよ!」


「うん!」


 俺は隣で記念撮影をしながら盛り上がる二人を傍らに、なんとなくボッーっと廊下を見つめる。去年は受付から見えるこの景色に対して何も思わなかった。だが今はたとえ目の前に人がいなくても、それまでの人の熱気や体温が見える気がする。


「そういえばなんで夏野はそんな恰好してるんだ?」


「んー、なんとなく? 時間があったからここに来てみたら宣伝用に着させてもらったんだ! それに吸血鬼って秋っぽくて今日のテーマに合うし!」


 四季祭には俺のアイデア通り、三日間それぞれに季節のテーマが設定された。今日は秋がテーマで、これから点く照明も秋っぽい色で統一されている。


「ねえ、まこちゃんも着てみない? お揃いコーデしようよ」


「その格好にお揃いもくそもないだろ。というか、そろそろ片付けの時間だ。俺らは模擬店の片付けを見ておかなきゃならない。そのままで行くか、着替えるか選べ」


「わー! 着替える! 着替えるから待っててー!」


 夏野が慌てて教室の奥に消えていった。


 周りの教室でも片付けが始まり、俺と着替え終わった夏野は一緒に模擬店がある外に向かった。




 明日、明後日と四季祭は続くので、そこまで大規模な片付けではないが、模擬店の片付けは食材や衛生に気を遣わないといけない分、少し時間がかかる。


 生徒がそれぞれの催し物を片付け終わって、校舎の中から外に出てくる頃にはかなり日が落ちていた。もう少ししたら照明が点いて、今日のメイン演出が始まるはずだ。



 俺は一緒に外で作業していた夏野と別れて、戦国と合流した。


「楽しみだねー。陸上部のみんなは演出の内容は知ってるけど、実際にどんな光景になるか分からなかったから」


「そうだな。その光景を頭に浮かべられるのは秋城だけだ。……無理やり手伝わせて悪かったな。おかげで助かった」


「いいのいいの。蘭も言ってたと思うけど、みんな喜んで手伝ってたよ。私としては誠とずっと一緒に作業できると思ってたのに、誠は担当じゃなくて少し残念だったけどね」


 戦国が体を寄せてきて、俺と戦国の肩が少し触れる。


「……近いぞ。人が多くなってくるまでまだ余裕はあるだろ」


「……どうせあと少ししたら人でぎゅうぎゅうになっちゃう。今からこうやっててもいいでしょ? それにわざとだし……」


「……そうか。なら抵抗しても無駄なんだな」


「抵抗なんてさせてあげない。いつか誠から近づきたいって言ってもお預けにしてやるんだからね……」


「じゃあ今のうちにありがとうございますって言っとくよ」


 ほとんどの生徒が外に出てきて、日も落ちた。校舎の壁に設置したオレンジ色の照明が点灯し、放送でカウントダウンが始まる。



 そして放送に合わせて生徒がカウントダウンして、そのカウントがゼロになった瞬間、全ての、正確には屋外に設置されたステージ以外の照明が消えた。


 生徒がこれから何が起こるのかの期待を込めて歓声を上げる。だが、生徒会のメンバーと教師陣の顔は一気に青ざめたはずだった。

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