第20話 四季祭

第20話 巡る季節の恋と口づけ~四季祭~①

 美玖に借りて読んだラブコメ漫画にはキスというものは熱いものだと書いていた。熱い? 人肌に触れて熱いなんて感じるものなのか?


 図らずも俺はその答えを四季祭で知ることになった。それは風のように突然で、触れたら溶けてしまう雪のように優しく、夏の太陽のように……熱かった。





 四季祭当日、今日は早めに学校に行っておかなければならないため、俺はいつもより早い時間に起きた。これでもゆっくりと準備している暇はないな。


 リビングに行ったものの、もちろん美玖も夏野もまだ起きていなかったので、取り敢えず夏野と俺の分の食パンを焼いて、美玖の部屋の前に向かった。まさか無断で部屋に入るわけにはいかないのでドアをノックして声をかけるが反応はない。


 待てよ。夏野は昨日、俺が運んだ後そのまま寝ただろうからアラームはセットしていないし、美玖が休日に早く起きるとは思わない。直接夏野を起こすしかないか。


 俺は覚悟を決めて美玖の部屋に入った。


 こいつ、寝相は悪いのか。夏野は掛布団丸め、それを抱きながら横向きに寝ていた。もう少し寒い時期なら風邪を引いているだろう。


「夏野、起きろ。今日は早めに行かないといけないだろ」


 夏野の肩を叩いて声をかけてみる。


「……ん、お、お母さん……もうちょっと……だけ」


 またお母さんか。いつもギリギリまで寝て母親に起こしてもらっているらしい。


「誰がお母さんだ。ほら、遅刻するぞ」


「えへー、まこちゃんでしたか……。ん? まこちゃん? きゃっ!」


 夏野は飛び起きて、掛布団を自分の方に引き寄せて体を隠す。


「みっともない姿をあれだけ晒しといて、今更遅い。ほら、朝食の準備はしておくから、顔洗ってこい。タオルは洗面所に置いてある奴を自由に使え」


「……はい」


 俺は夏野の部屋を出て、朝食の準備を進める。夏野も少しして下に降りてきて、洗面所で色々と活動し始めた。


 丁度、簡単な朝食の準備が終わったところで夏野もリビングに出てきたので、二人で朝食を食べる。


「いつもなかなか起きられないのか?」


「うん、朝は苦手で……」


「それに今回は疲れもあるだろうしな。文化祭が終われば、今年度の行事も大掛かりなものはもうほとんどない。今日から三日間なんとかやろう。もし手が離せない時に仕事が重なったら連絡しろよ」


「うん、ありがとう。そういえばまこちゃんは四季祭、誰かと回ったりするの?」


「今日は戦国、明日は霜雪、明後日は夏野と約束はしたが、いつ時間が空くのか不確定な上に、それぞれのクラスのシフトもあるからな。お互いの予定が合うことを祈る」


「だね!」


 朝食を食べ終わり、諸々の準備を終わったので、予定より少し早いが、もう家を出ることにした。


「まこ兄、奏さん、もう行くの?」


 美玖が目を擦りながらぺたぺたと俺と夏野がいる玄関にやってくる。


「ああ、朝に確認しないといけないこともあるからな」


「美玖ちゃん、突然泊まっちゃってごめんね。すごく助かった! ありがとう!」


「うー、奏さんともっといたいー。今日も泊まってよー」


 美玖が夏野にすり寄り、夏野はいつものように美玖を抱きしめる。


「そんなに可愛いことばっかり言ってたらあたしが美玖ちゃんを持って帰っちゃうよー! けど、もう行かなきゃだから、またね!」


 夏野は美玖への未練をなんとか断ち切り、家を出た。


「じゃあいってくるよ」


「うん! いってらっしゃい!」




 夏野と学校までの道を歩く。


「そういえば俺はここらへんで夏野に追突されたんだったな」


「あ、あの時は生徒会関係で急いでて……申し訳ありませんでした」


「そうだったのか。だがあの日から生徒会が始まったんだな」


 運命の出会い。俺は夏野と出会ったその日、その言葉を否定した。だがそうである夏野と再会したことを考えればそれは運命の出会いだったのかもしれない。いや、もうそうのことを考えるな。そのために修学旅行があったのだろう。今隣にいるのは夏野だ。


 学校に着くと、すぐに俺と夏野は生徒会室に荷物を置いて、昨日使えなくなった分のチラシを印刷した。




 集合時間になると生徒会のメンバーが全員揃った。


「みんな、おはよう。奏から朝の確認などの説明をしてくれるかい?」


「うん!」


 夏野が最終確認をする場所や、注意事項を改めて共有する。


「……で、九時半から開場って感じ! 仕事のことでもう生徒会全員が集まることは基本的にはないかな。何かあればグループでメッセージを送ってね! じゃあみんなよろしくね!」


 朝の確認は滞りなく終わり、ショートホームルームの時間になった。




「よーし、俺はお前らがどこにいるか全く分からないから、大きな声で返事をしてくれよー」


 うちのクラスは教室がお化け屋敷になっているので、教室全体が見渡せずに、どこからか聞こえる朝市先生の声に生徒が返事をしていく。


「じゃあ、残りの時間で衣装に着替えたり、メイクしたりしていいぞ。あ、さすがに片付けの時にはお化け屋敷のメイクは落としてもらうからな。模擬店以外の催し物はアンケートが行われて、一位になればご褒美が出る。お前ら、宣伝も頑張れよ!」


 朝市先生の言葉に生徒が士気を高めるが、はたから見れば、お化け屋敷の住人たちがやる気を高めているという滑稽な状況だ。


 その後、お化け屋敷の最終準備が始まって、開場の時間になり、三日間に及ぶ四季祭が始まった。

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