第19話 崩れる秋の城と降り続ける春の雨~四季祭準備~⑤
日も落ち、部活の生徒が帰り始める時間帯に、小夜先生と朝市先生が保健室にやって来た。二人も大分疲れた表情をしている。ただでさえ忙しい時期なのに、さらに迷惑をかけてしまった。
「朝市先生、小夜先生、すみ……」
「政宗―、死なないでー!」
保健室のドアが勢いよく開けられ、女性が入ってくる。この声は……
「「紅葉先輩⁉」」
「輝彦君、涼香ちゃん、久しぶり!」
迎えに来たのは紅葉姉さんだった。朝市先生と小夜先生は紅葉姉さんがこの学校で生徒会長だった時の生徒会の後輩だ。騒がしい紅葉姉さんのことだ。話は長引くだろう。
「あれ? 咲良ちゃん! 会うのは久しぶりだねー。最後に会った時の数倍も可愛くなったねー!」
紅葉姉さんが咲良に抱きついて頭を撫でまわす。
「お、お久しぶりです、紅葉さん」
「えー、もう昔みたいに紅葉お姉ちゃんって呼んでくれないの? 咲良ちゃんはあたしの妹なんだからそう呼んでよー」
「わ、分かりました。……紅葉お姉ちゃん……」
「きゃー、可愛いー」
「紅葉先輩、少し落ち着いてくださいよ」
朝市先生はそう言うものの、口調はもう慣れているという感じだ。おそらく学生時代に散々振り回されたのだろう。
「いやー、みんなに会えて嬉しい! ってそれより政宗、大丈夫⁉」
やっとこっちに気付いてくれたようだ。
「ただの貧血だよ。迎えに来てくれてありがとう」
「良かったー。また無茶したんでしょ。もう駄目って言ったじゃん」
「申し訳ないと思っているよ。じゃあ帰ろうか。咲良も一緒にね」
このまま家でのことを暴露されたら、咲良にも先生方にも心配をかけそうだ。
「またって何ですか?」
小夜先生が心配そうに聞いてくる。
「……政宗って昔から貧血気味なの。鉄分をちゃんと摂らなきゃ駄目って言ってるんだけどねー。輝彦君も涼香ちゃんも心配かけてごめんね。今日はもう遅いから帰るけど、四季祭には来るから、その時にまた一杯話そう!」
紅葉姉さんが一瞬こちらを見て小夜先生に答える。いつもは何も考えていないような感じを出しているのに、こういう時は察しがいい。
その後は挨拶を済ませて紅葉姉さんの車で帰宅した。
「あ、ありがとうございました」
「いえいえー、咲良ちゃんもまたね!」
咲良を家に送り届けてから、すぐ近くの自宅へとまた車は走り出す。
「……政宗、無茶するのは昔からだから、もうあたしは何も言わないよ。けどね、自分を大切にしてくれる人がいるんだから、自分が、政宗自身が自分を傷付けたら駄目だよ。周りの人を頼るって言うのも、強さの一つだよ」
紅葉姉さんが真っ直ぐ前を向いたまま呟く。
「分かってる。いや、分かったよ。どうやら僕には頼りになる仲間がいるみたいだ」
ついさっきスマホに来たメッセージをもう一度確認する。
『仕事は大丈夫だ。明日からも保健室で寝てていいぞ』
倒れた人間になんて言い方だよ。……だが誠は嘘をつかない。
その事実だけで心の重りが少し軽くなったような気がした。
「みんな、昨日は迷惑をかけてごめんね。たくさん寝たからもう大丈夫だ」
「おい、まだ保健室で寝てていいぞって言っただろ」
俺は倒れた次の日の生徒会にニコニコとやって来た秋城に話しかける。
「僕がその通りにするわけないだろ。大丈夫、もう無理はしないよ」
「……けど、政宗が戻ってきたとしてもスケージュール的には大分厳しい話ね。やはり規模を縮小すべきかしら」
星宮が静かな声でそう言い、他のメンバーも頷く。
「いや、諦めるのはまだ早い。もうすぐ来るはずだ」
俺には今回の問題を解決できない。だが、俺一人ではということだ。
コンコンと生徒会室の扉がノックされて開く。
「「こんにちはー!」」
「矢作⁉ 的場⁉ それに双田さん⁉」
月見が生徒会室に入ってきた友人に向かって声をあげる。
「三人には四季祭に関係ない普段の生徒会の仕事を手伝ってもらえないかと頼んだ。三人は俺たちが修学旅行に行ってる間、生徒会を手伝ってくれてたから要領は分かってる。部活やクラスの準備があるのにすまないな」
「いえいえー! 部活は活動日数が少ないし、クラスの準備も余裕がありそうなんで大丈夫です!」
「冬風先輩の頼みとあったら断れませんよー。受けた恩は必ず返します!」
矢作と的場がそう言ってくれ、双田夢も頷く。
「……三人ともありがとう。じゃあよろしくお願いします」
三人は秋城から書類を受け取り、早速仕事に取り掛かってくれる。
「これで政宗が今までやってくれていた仕事が減ったわね。かなり助かるわ。じゃあ私たちは演出の準備に取り掛かりましょう。ステージ発表の調整も同時進行でね」
星宮と月見、春雨が隣の空き教室に移動しようとするが、俺は三人を呼び止める。
「ちょっと待ってくれ。そっちも頼んである」
「頼んであるって誰に?」
星宮が質問したところでまた生徒会の扉が開いた。
「こんにちはー! 今日からよろしくお願いします!」
「六花ちゃん⁉ それに女子陸上部さん?」
「この前の件で女子陸上部の顧問には貸しがあってな。協力してくれないか昨日頼みこんできた。大和、戦国、それに一年、本当に助かる。ありがとう」
「「いえいえー」」
「全く、大会がない時期だから手伝うのよ。……それにあんたの頼みだから」
大和が俺を少し睨みながら言ってくるが、頼んだのはこっちなので何を言われても仕方がない。
「助かるよ。大和が部員に話してくれたんだろ」
「ええ、手伝うことそれ自体はやぶさかじゃないもの。一年生のみんなも快く引き受けてくれたわ」
ありがたいことだ。陸上部の件で俺はあまり力になれなかったのにも関わらず、陸上部は俺の、いや俺たちの力になってくれる。これで星宮たちはステージ発表の調整に集中でき、秋城もフレキシブルな立場として、ハードワークにならずに動くことができるだろう。
「皆さん、本当に助かるわ。早速、隣の教室で手伝ってもらえるかしら」
「「はい!」」
星宮たちは陸上部を連れて隣の教室に移動する。
「あ、誠、ちょっと」
「なんだ?」
戦国が何かを忘れたように扉の所で俺を呼んだので、近づく。
「……四季祭までたくさん一緒にいられるね……。じゃあ、またね!」
また耳元で囁いてきた戦国から俺はとっさに離れ、戦国は顔を赤くしながら笑って空き教室に向かう。こいつ、学校でもこんなことをするつもりか。
「誠? どうかしたかい?」
俺は不思議そうにする生徒会室の連中に何も答えることができなかった。
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