第19話 崩れる秋の城と降り続ける春の雨~四季祭準備~④
「「うー」」
「今度はこっちの教室からかよ」
生徒会室の隣の空き教室は今は星宮、春雨、月見たちのグループの作業部屋になっている。業者への連絡は終わったものの、照明やその他必要な機材の準備はやはり自分たちでやらなければならない。
夏野と霜雪と一緒に放課後にも作業をしているクラスの見回りを一通り終わらせたので、一旦生徒会室に戻る。この後も倉庫や、職員室に行ったりしなければならないが、少しは休憩できるだろう。
「やあ、三人ともお帰り」
秋城はまるで昨日のやり取りなんてなかったような笑顔で迎えてくる。だがその顔が少し引きつっているような気がした。
「秋城、ちゃんと仕事は分けたか。後でやるから先に必要な書類を渡してくれ」
「ああ、こ、これだ……」
ドタン! という音と共に、秋城が椅子から転げ落ちる。
「秋城⁉ おい! 大丈夫か⁉」
顔がさっきよりも青白い。
「霜雪! 隣の星宮たちに声をかけて英語準備室に行って先生呼んでこい! 夏野は保健室だ!」
「うん!」
夏野と霜雪が素早く生徒会室から走って出ていく。
くそっ。どうしてこうなる前に行動できなかった。貧血の症状だろうが、本当にそれで済むとは限らない。
そこにあるのは後悔と自分への情けなさだった。
「寝不足での貧血らしいわ。そのうち目を覚ますって」
小夜先生がベッドで寝ている秋城の周りを囲んでいる生徒会メンバーに報告してくれる。
「秋城君の家にも連絡したから、みんなは戻っていいわよ。いつもでも囲ってるわけにもいかないし……」
「そうですね。みんな、行きましょう。このままここにいても何もできないわ」
星宮がそう言いながら保健室の出口に向かう。
「あ、咲良ちゃんはその大馬鹿を見張ってて。誰もいないと逃げ出しそうだから」
「え、でもまだ仕事が……」
「大丈夫、私たちがやっておくから。ね、お願い?」
「……はい、分かりました」
星宮は春雨をベッド脇の椅子に座らせて保健室から出る。
「春雨さん、秋城君のご家族がお迎えに来る頃に私もここに戻ってくるわ。それまでお願いしてもいいかしら?」
「はい」
小夜先生と共に他のメンバーも保健室を出る。
「ごめんなさい。秋城君にもあなたたちにも相当な無理をかけてたわね。教師失格だわ」
「いえ、俺も気付いてながら止められませんでした。小夜先生、自分を責めないでください」
「けど秋城君がいない分、あなたたちの負担がさらに増えてしまうわ。他の生徒に協力をお願いしようにも部活に入っていない子たちは自分のクラスの準備もあるだろうし、あまりツテがないわ」
「そうね、もともと私たちの準備も終わるかどうかギリギリだったから、これで完全に目処が立たなくなったわね」
小夜先生と星宮が沈んだ口調で言う。そもそも秋城がオーバーワークをしても無理なスケジュールを残りのメンバーでやるのは不可能だ。
「……俺に考えがある。今日、残りの時間は俺の自由に使わせてくれ。明日の放課後にどうなったか報告する」
「誠君……。分かった。明日次第で規模を縮小するかどうか考えましょう」
「夏野、今日は一人で残りの見回りや報告をやってくれるか?」
「うん! 大丈夫だよ!」
その後俺は生徒会のメンバーと別れて学校を回った。
今回も駄目だった。私は何もできなかった。いや、何かをしようとしただろうか。誠さんに支離滅裂なことを話しただけだ。
私はこの人の近くにいていい存在じゃない。何もできないなら、いてもいなくても一緒だ……。
目が覚めると保健室独特の匂いがした。最後にある記憶は自分の名前を呼ぶ誠の顔。どうやら倒れてしまったらしい。情けないな。誠に大口をはたいておいて、次の日にこのざまか。全て誠が正しかった。いや、自分が正しいことなんて今まであっただろうか? 一番傷付けたくない人を傷付けている。そして自分の嘘は、自分の行動はその子のためと思い続けて、後ろを振り向かない。もしかしたら彼女は泣いているのかもしれないのに。
目の前に涙を流す咲良がいる。もしかしたらじゃなかったな。僕は彼女を現在進行形で泣かせている。
「咲良、僕のお葬式じゃないんだから、その涙はとめてくれるかい?」
どの口がそう言っているんだ。ただ染みついた嘘も、染みついた笑いも簡単には取れない。
「ま、政宗さん」
咲良が涙を拭かないまま自分の顔を見つめてくる。自分のやったことが間違いだったと分かるには十分だ。
「もう大丈夫だ。少し休憩できたから生徒会室に戻る」
間違ったとしてもやり遂げなければならない。今までもそうしてきた。それが僕だ。彼女のために、そうだ、目の前の彼女のために僕は……。
「もうやめてください! ……お願いですからもうやめてっ……」
咲良の声に起こしかけた体がまたベッドに倒れる。
「政宗さん、お願いですっ……。無理しないで。止まってっ。走り続けないで……。私には何もできません。お願いしかできませんっ……。だから、だからお願いです。少し休んでっ……」
いつの日か咲良は自分に対して敬語になっていた。こんな言葉を聞くのはいつ以来だろうか。それさえも分からない。昨日、どの口が誠に反論したんだ。君に彼女の何が分かる? 分かっていないのは僕自身じゃないか。
「……分かったよ。大人しくする。だからその涙を……いや、なんでもない。人のことは言えないようだ」
目に熱いものが流れる。まさかまだ自分が涙を流せるとは思っていなかった。
目の前にいるこの子に僕は何ができる? どうすればいい? ずっと彼女のためにやってきていたと思ったことが、間違いだった。認めるには辛い。どれほど僕は彼女を見ていなかった? どれほど必死に後ろに付いてきてくれたであろう彼女を引き離した?
急には後ろを振り向けない。振り向いても咲良は見えない。
「あ、手……。勝手に握ってごめんなさい」
咲良が自分と結んでいた手をほどこうとする。最初からか、はたまた途中からか。その手はあまりにも小さく、あまりにも優しかったので気が付かなかった。
そんな手を僕は握り返して離さないようにする。
「……ずっと握っていてくれないと、隙をみて逃げ出してしまうかもしれない。このままでもいいかい?」
「……はい」
咲良が少し力を入れて手を握り返してくる。
この一瞬だけ、ありのままの自分になれた気がした。
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