第19話 崩れる秋の城と降り続ける春の雨~四季祭準備~②
文化祭まであと二週間に迫った月曜日の昼、俺はいつものように生徒会室で一人、弁当を食べているとドアがノックされる音が聞こえた。
「どうぞ」
誰だか知らないが入室を拒否するなんてことはできない。開けられたドアの方を振り返って見ると春雨が立っていた。
「誠さん、ご一緒してもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
昼の生徒会室で生徒会の奴と弁当を食べる。この感じは久しぶりだ。これまで夏野、月見と同じ状況になったが、その時は二人の友人の悩みに目安箱委員長として話を聞いた時だった。
春雨はソファで弁当を食べていた俺の対面に座って、自分の弁当を開ける。
「誠さんのお弁当、可愛いですね。自分で作られたんですか?」
「まさか。最近は俺が死んだ顔して家に帰るもんだから、美玖が今まで俺の担当だった弁当作りを変わってくれてるんだ。だからたとえキャラ弁もどきだったとしても文句は言えない。というか自分のは普通に作ってるくせに、俺のだけわざとこんな風にしてるから何を言っても無駄だ」
俺は頭だけを食べられて残酷な状態になっているそぼろご飯で作られたクマを見つめる。
「ふふっ、いい妹さんにはいいお兄さんがいますね」
春雨がニコッと笑って食事を始める。
「……それで、今日は何か言いたいことがあるから来たんだろ? 話を聞くよ」
「あ、ありがとうございます。政宗さんのことなんですけど……」
「秋城がどうした?」
春雨は不安そうな顔を必死に隠そうとしながら話を続ける。
「誠さんは今の秋城さんをどう思いますか?」
抽象的な質問だが、俺も春雨も考えていることは多分同じだ。
「異常だ。やっている仕事の量も、この四季祭にかける気持ちも他の奴とは一線を画す。秋城はいつもと変わらず涼しい顔をしてるが、このままだと何か悪いことが起きそうな気がする」
春雨が俯いて声を震わせる。
「そうですよね。……そんな状況なのに私、政宗さんに何もしてあげられないんですっ……。政宗さんや他の皆さんとは違って、自分の仕事をするのが精一杯でっ……。いつも政宗さんが最後まで生徒会に残っているから一緒に帰りませんかと言っても、政宗さんは困ったように笑って、必ず私を先に帰すんです。このままだといけないと分かってはいても、私には何もできないんですっ……。ずっと、ずっと昔から……」
春雨がその小さなこぶしを握りしめる。この強い感情は四季祭で生まれたものではないはずだ。積もり積もった春雨の秋城への想いが、最近の秋城を見て抑えられなくなったのだろう。
「春雨、落ち着け。何もできていないのは俺も同じだ。自分を責めるな」
俺は食事をやめて、春雨に向き合う。
「春雨も俺も今何が必要で自分たちに何ができるかを分かっていない。俺からすると今の秋城は無理はしているものの、これまでの秋城と根本的には変わっていない。そして、俺が知っている秋城が普段から自分を偽っている奴だとしたら、俺は何もできない。だから春雨、俺に教えてくれるか? 春雨が知る秋城を。そしてお前たちの関係を。春雨は他の誰よりも本当の秋城を知っているはずだ」
急な話だが、春雨も危険を感じたからこのタイミングで俺の元へ来たのだろう。
「……私と政宗さんの昔話でもいいですか」
「ああ、昼休みはまだまだ終わらない。教えてくれ」
春雨は静かに息を吸って、話し始める。
「合宿の夜に話したように、昔の政宗さんは今とは真逆で、おっちょこちょいだし、勉強も運動も得意ではなくて、よく友達にからかわれていました。そして昔の私は今と変わらず、どんくさくて、何をやっても上手くできなかったのに加えて、この髪色を馬鹿にされて仲間外れになることが多かったんです。私、見えないかもしれませんけど、ハーフなんですよ。それでこの髪はお母さんから受け継いだものです。自分では気に入ってるんですけどね」
春雨は自分の綺麗な白髪を触りながら笑う。
「そんな風に私も政宗さんも周りと上手く付き合えなくて、ずっと二人で一緒にいました。政宗さんはありのままの私を受け入れてくれて、自分に自信を持てました。このままでいいんだって。私も政宗さんの自然な姿が好きでした。飾らずに、たとえできないことがあってもそれを認めて自分なりにできることをする政宗さんが好きでした。ただ、ある時を境に、政宗さんは人が変わったようにできないという事実を認めることをやめました。人が見ていない所でひたすらに努力を重ねて、どんなことでも完璧を求めるようになりました。
もちろん、努力してできなかったことができるようになるのは素晴らしいことだと思います。けど政宗さんは自分の体調を壊してまで、時には怪我をするまで、勉強や運動を続けたんです。私はそんな政宗さんを見ていても、何も言葉をかけたり、力になることができませんでした。何が政宗さんをそうさせているのか全く分かりませんでした。そのうち政宗さんは人に弱さを見せることを拒否するようになりました。
……私、政宗さんが私にとって特別な存在であったように、私も政宗さんにとって特別な存在になれていると勘違いしていたんです。ただ政宗さんはありのままでいることを、私が好きだった自分自身を否定した。政宗さんにとっては私も他の人と同じだったんです。当たり前ですよね。ただ幼馴染というだけでそんな考えを持つなんて調子に乗りすぎでした」
春雨が執拗に自分を卑下するのは何か昔の体験が影響しているのだろう。
「政宗さんはそうして今の政宗さんになりました。完璧で弱みなんて決して見せずに、他人にも頼らない。そんな政宗さんに追いつくために、せめて少しでも政宗さんの力になるために私は政宗さんの後を追いかけて、生徒会にも入りました。けど私はいつまで経っても変われていません。私は政宗さんの力になれないんです……。ごめんなさい、質問の答えになってませんよね」
「いや、昔の秋城のこと、それに春雨のことを知れて十分だ。秋城が変わったタイミングに何があったのか分かるか」
「……いえ、それは分かりません。情けないです。一番近くにいたのに、心は離れていた……」
「……そうか。俺がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、春雨、お前には間違っているところがある」
「……私は間違ってばかりです。だから……」
「そうじゃない。今も、それに昔もお前は秋城の特別な存在なはずだ。お前たちの心が離れていないことは、人間関係に疎い俺にでも分かる。一番近くにいるからこそ、隠したいこともあるもんだ。まあ、秋城の場合は全てを全てに隠してるんだろうけどな。合宿の時に約束した通り、俺もできることはする。だがな、本当に秋城の力になれるのは春雨だ。お前はどんなことがあっても、秋城に向き合い続けて欲しい」
「……はい」
俺は食べかけの弁当を片付けてソファから立ち上がる。残りは後で食べればいいだろう。今は秋城について少し考えなければならない。
「俺は行くよ。今日は話しか聞いてやれなかったが、何かあればまた教えてくれ」
「はい、相談というか、ただ一方的に話してしまってすみません」
俺は生徒会室を出て、職員室に向かう。
俺は秋城に対してどういう風に力になってやれる? 本人が拒否するなかで、どんなことができる?
考えれば考えるほどこれまでの中で最も困難な問題だった。
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