第19話 四季祭準備
第19話 崩れる秋の城と降り続ける春の雨~四季祭準備~①
「「うー」」
戦国と出かけた次の週の半ば、文化委員会に出席した後に俺と夏野、霜雪が生徒会室に戻ると、星宮、月見、春雨に小夜先生を加えた四人が机の上で書類を見ながら唸っていた。
「小夜先生まで一緒になって唸らないでくださいよ。何を見てるんですか?」
机の上から数枚の書類を手に取って、夏野たちと確認する。
「……本当にできるんですか?」
「これ、四季祭でできたら絶対みんな喜ぶよ!」
書類には一日目と二日目のラストに行う演出の案が書かれていた。ただあくまでも雑案だったので、実現後の光景はあくまでも頭の中で想像するしかない。いや、おそらくこの案を見て、はっきりとその光景が浮かんでるのは、この案を作った本人だけだろう。
「できるかできないかだったらできるわね。まあそれを考えたうえでのこの案を作ったのでしょうけど……」
小夜先生は秋城に目をやる。
「小夜先生、そんなに見つめてもらっては照れますよ」
やはりこんなことを考え着くのは秋城だったか。
「それにしても紅葉先輩に似て、面白いことを考えるわね。さあ、三人とも、現実逃避はここまでにして、詳細を詰めていきましょう。業者さんにはさっきこんなことを考えてるって連絡しといたわ。機材の搬入や数は二週間前までに連絡すれば大丈夫みたい。それまでに学校に報告するものも何もかも作るわよ!」
「あと二週間ですよー⁉」
「四人で頑張ればギリギリ間に合うわよ。いえ、間に合わせるの!」
「はい!」
そうは言うものの、また四人はパソコンと書類に向かって唸り始めた。
「秋城、俺たちは朝市先生と一緒に模擬店の業者さんとこれから会わないといけない。仕事は大丈夫か?」
「ああ、行ってらっしゃい。今年の模擬店におそらく必要になるであろう機材の数などの概算を出しておいた。これを持っていけばおそらく話が早く進むだろう。頼んだよ」
秋城が俺に十ページほどの書類を渡してくる。パラパラとめくると確かに今年の三年の模擬店、それに飲料やお菓子の提供を行う他の学年に必要な機材の種類や数が書かれていた。おそらく過去の資料を見ながら、まとめてくれたのだろう。
「ありがとう。助かるよ。だが、いつこれを作った? 通常の生徒会の仕事をしつつ、メインの演出を考えて、この資料まで作るのは放課後の生徒会の時間だけじゃ不可能だ」
「演出なんて夜寝る前に考えたし、その資料は過去のものをまとめただけ。生徒会の仕事はこれまで一年間やってきて慣れてる。十分可能さ。ほら、遅れてはいけない。いってらっしゃい」
秋城はそれだけ言うと、また仕事に戻ったので、俺も夏野たちと一緒に朝市先生の元へ向かう。
「まこちゃん、怖い顔してどうしたの?」
「これから小夜先生も星宮たちも演出作りに付きっきりになるはずだ。詳細が出来上がって業者に連絡した後も、全体の照明の準備などは星宮たちのグループが中心となって準備しなくてはならない。その上、これからどんどんステージ発表に関する仕事も増えるし、俺たちもクラスでの文化祭の準備が本格的に始まるとそれらの対応に手が離せなくなる。業者が四季グループの関連企業だから時間に余裕がない依頼もこなしてくれるが、それで成り立つのは去年までだ。去年までと全く違う大掛かりなことをやろうとしているのに、この準備期間の短さはかなりやばい。涼しい顔をしているが何より秋城の負担が大き過ぎる。このまま何も問題が起きなければいいが……」
「そうだね……」
「だけど私たちも秋城君を手伝えるほどの余裕がないわ。他の生徒もクラスでの準備や部活で忙しくて、ずっと協力してくれる人は見つからないだろうし……」
霜雪が言う通り、全く関係のない生徒に生徒会の尻拭いをさせるわけにはいかない。
「俺たちは俺たちの仕事をできるだけ早く終わらせよう。それまでが今できる最善手だ」
無意識のうちに俺たちは速足になっていた。
星宮たちのグループに朝市先生も加わり、より生徒会室に響く唸り声が大きくなったりしながら、文化祭まで残り三週間となった。
メインの演出は何とか期限までに業者に依頼を出せそうならしい。ただ、そこで終わりではなく、その演出のために自分たちで用意しなければならないものもたくさんある。
俺たちも模擬店と催し物の担当側は食材や調理器具の手配が終わり、ここからは主に一年生と二年生の催し物についての対応に追われることになるだろう。
そして秋城はこれまでの仕事に加えてステージ発表の取りまとめも自分一人でこなしていた。
今週からは午後の授業に文化祭の準備が頻繁に組み込まれる。この時間の間に各クラスで催し物の会場準備や衣装づくりをすることになる。俺と夏野は各クラスの見回りや、他クラスとの調整をしなければならないため、自分のクラスであるお化け屋敷の準備にはあまり参加できないだろう。備品の管理を担当している霜雪も同様だ。
「うわー、なんだか文化祭の準備って感じがするね!」
「そうだな。最初は今みたいに何もできていないのに、いざ当日になったらどのクラスも普段からは考えられないような状態になるんだからすごい」
独特な雰囲気の中を夏野と回る。
「いや、絶対こっちのが良いって!」
「そんなんじゃ人が集まらなくないー? やっぱりこっち路線のがいいよ」
何やら不穏な空気を感じたので教室に入る。どこかと思えば俺と夏野のクラスじゃないか。
中に入ると何やら男子と女子で意見がぶつかってヒートアップしていたらしい。
「松本、何があった?」
分断された教室の少し外れでオドオドしていた松本に事情を尋ねる。
「あ、冬風君。それがね、男子は本格的に怖い路線のお化け屋敷を作ろう、女子は可愛くて写真映えするようなコスプレメインのお化け屋敷にしようって、ちょっと喧嘩してるの。さっきまで話し合ってたんだけど、完全に女子対男子って構図に別れちゃって、お互い引けなくなってるっていうか……」
「分かった。このまま揉めて準備がギリギリになるのは生徒会として困る。介入させてもらってもいいか」
「冬風君もうちのクラスなんだから……。お願いします」
松本の声を背中に聞きながら、男女の固まりの間に入る。
「落ち着け。感情的な言い合いを続けても何も解決しない。俺は今から自分の意見を言うが、これをクラスメイトとしての意見と捉えるか、生徒会の意見と捉えるかは任せる。まず、お化け屋敷をするなら、断固として本格路線を目指すべきだ。うちの備品を上手く使って、物語や音響なども考えてやればそれなりのものはできる。コスプレそれ自体をメインにすると人はただ写真を撮って終わるだけだ」
「ほらな! やっぱり写真映えなんていらないんだよ!」
「まだ俺が話してる途中だ。静かにしてくれ。だが写真映えも大切な要素だ。ただ怖いだけのお化け屋敷ではやってる側も客側も思い出に残らない。だから出口に写真を撮る用のブースを設置するんだ。一人そこに担当も置いて、お化け屋敷から出てきてヘロヘロの写真を撮ってやる。お望みならお化けの恰好をした奴を添えてな。せっかくコスプレというかそれなりのメイクをするんだ。活かさない手はない。それに写真があれば宣伝になる。より多くの人を呼ぶには効果的だ。お互いへの意地でどっちかしか採用しないって空気になっていたかもしれないが、冷静になればどちらの意見も潰す必要はない。だからもう一度話し合ってみてくれ」
夏野を連れてまた他のクラスの見回りに行く。
「ねえ、どうなるか見届けなくて良かったの?」
「ああ、後は尾道と松本が上手くやるはずだ。それにクラスの中で俺がしゃしゃり出ても周りの奴らは困るだけだ」
「……そんなことないのに」
後ろで呟く夏野に返事はしなかった。個人はまだしも、クラスという集団に素直に向き合えるほど、俺はまだ人と関われていない。
それから夏野は文化委員長として頭を爆発させながら、文化委員会をはじめとした全体の調整を行い続けた。俺と霜雪でなんとかサポートしようとしたものの、俺たちもそれぞれ自分の仕事に手が一杯だった。
演出チームは何とか業者への依頼を完成させることができたらしい。だが前から分かっていたように、そこからが本当の始まりだ。これから先も生徒会室から唸り声が聞こえない日はないだろう。
先生を含めた生徒会全員の疲労は積み重なっていき、満身創痍の状態で文化祭二週間前を迎えた。
城を守っていた石垣が崩れ始めていたことには気付かずに……。
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