第17話 六つ花は冬の風に吹かれ、舞う~四つ目の相談~⑤
「まず俺がそもそもこの件に関して首を突っ込むことになった理由。それは龍井と虎岡が一年生を代表して生徒会に相談に来たからだ。もし一年生が行動を起こさなかったら、俺は今ここにはいない。
相談に来た時に二人が俺に頼んだことは、もちろんお前らのどちらかが納得して部長になることだが、それよりも強く、何回も言っていたことがある。お前たち二人に元通り仲良くなって欲しいってことだ。最初は部活に集中できないから早く部長を決めさせたいのかと思った。けどそれは俺の見立て違いだ。一年の奴らは部活のことなんか二の次で、お前たち二人の関係を何より心配していた。
それとな、なんで俺が戦国と大和の中学時代のことを知っているか。それは一年生に戦国と大和の中学時代を知る奴を探してもらっていたからだ。運が悪かっただけか、お前たちがだからこそ四季高校に入学したのかは知らないが、この学校にお前たちと同じ中学の奴はいなかったらしい。だが一年生たちは何とか自分たちの人脈をたどっていき、事情を話してくれる奴を探し出した。
そして俺が昨日、一年が見つけて連絡を取ってくれた奴からお前たちの話を聞いたってわけだ。一年だって忙しかったはずなのに、一週間も経たないうちに連絡が来た。多分時間がある時はずっとこのことに時間を費やしてくれていたんだろう。こんなにお前たちを思ってくれる奴ら、中学校の時にいなかっただろうな。困っている時に力になってくれる奴がいなかったからお前たちが辛い思いをする羽目になったんだ。
そして何より、今お前たちの目の前にいる奴は中学の奴みたいなことを言う奴じゃない。背が高いから、ただ速く走れるだけのくせに部長なんて調子に乗るな? 経験だけで自分より早く走れないくせに部長なんて調子に乗るな? そんなことを言うような奴じゃないはずだ。
だからこそお前たちは親友なんだ。だからこそお前たちは今喧嘩しているんだ。自分が部長になったら変わってしまうかもしれない? そんな疑問を持つまでもないだろ。お前たちはお互いにお互いのことを信じられるはずだ。戦国は大和と練習したり走ったりするのが楽しいと言っていた。陸上に出会えて良かったとも。大和はどうなんだ? 戦国と走る日々はお前にとってどうだったんだ?」
「……た、楽しかった。これからもずっとこんな日が続けばいいと思ってた」
一年生の練習の声がグラウンドに響く。
「そうか。どんなことだろうが物事には必ず終わりがある。だが大和がそう思っているなら、そんな日々の終わりは今じゃない。これからもまだ続くはずだ。これからもお前たちは親友でいられるはずだ。……俺が言えることはこれが全てだ。部長に関しては何も進展していない。さっきも言ったように俺はどちらにも肩入れできない」
この後はどうする? 俺は何をすればいい? 今、戦国も大和も何を感じて何を思っている?
「六花、そんな理由があるなら言いなさいよ……」
「蘭こそ……」
戦国も大和もお互いを見ることなく、俺を挟んで会話する。
「私たち、自分のことばっかりでお互いに相手のことなんて聞こうとしなかったわね」
「そうだね。他に何も考えられなかった……。部長の話が出てから、蘭のことも一年のみんなのことも怖くなっちゃったっ……」
戦国が詰まりながら震える声をひねり出す。
「私も……。六花も、みんなのことも信じられなくなってた。話すことからも逃げてた。自分の過去から逃げてた」
大和が濡らした目でグラウンドを見つめる。
「このままだと平行線のまま何も決まらない。お互いの理由を知ったからこそ、引けない。六花、百メートルで勝負しましょう。勝った方の言うことを敗者が聞く。それでいいわね」
「蘭っ……。でもそれ……」
「私が不利って分かってる勝負なんだから六花に断る理由はないはずよ。どうする? このまま私たちの性に合わないことを続ける?」
大和が立ち上がり、戦国もそれに続く。
「蘭、私は全力で行く……」
「当たり前よ。冬風、ゴールの所で待ってて。最後まで付き合ってもらえるかしら?」
「ああ」
戦国と大和は準備運動を始め、勝負の準備をする。そして、龍井がスターターに立ち、大きな声と共に二人の戦いが始まった。
この勝負は自分でも言っていたように大和が不利だ。そもそも戦国よりも速く走ることのできる女子が県内にどれほどいるというのか。
だが、今二人が戦っているのは隣を走る親友じゃない。過去の自分だ。自分は相手よりも速く走ることができる。自分は相手よりも速く走ることができない。過去と同じ状況の中で、過去と違うこれからのために二人は今走っている。
俺は走っている戦国が好きだと強く感じる。他の何よりもその姿は凛としていて輝いている。百メートルなんてあっという間だ。だがその時間は俺にとっては永遠のようで、また一瞬だった。
勝負は戦国の勝利に終わった。走り終わった二人は息を整えながら向き合う。
「蘭。……私が部長にな……」
「はいはい。私が負けたから部長になればいいんでしょ。今考えれば色々と抜けてる六花に部長なんて任せられないわ」
大和が俺はこれまで聞いたことのない軽い口調で戦国に割り込む。大和、お前はこの勝負を提案した時にもうどうするか決めていたな。
「むしろ負けたのにお願いしてもいい? 私に部長にならせてよ」
「蘭……」
「なんて顔してんのよ。そもそも私と六花、どっちが部長らしいかって言われたら満場一致で私でしょ?」
「蘭、本当に……。本当にいいの?」
そう言う戦国を大和が抱きしめて囁く。
「けどあたしだけじゃ何もできない。だから六花も手伝って……。一緒にいて……。力になって……。私が部長、六花が副部長。この陸上部でまた楽しく走ろうね……」
「うんっ……。何があっても私は蘭を助ける。辛いことや苦しいことがあっても必ず傍にいる。これからも、これからも親友だよね……?」
「当たり前よ。私も六花の力になるわよ。恋する乙女さん」
「……からかわないでよっ……」
二人は抱き合ったまま静かに涙を流す。一緒に走って高まった温度を確かめるように。
これでこの件は解決か。いつも以上に何もしていない分、早くこの場から立ち去ろうとしていると、大和に呼び止められ、駆け寄ってきた一年生に囲われる。
「冬風、なんであんたこの子たちに私たちの中学の頃のことを知ってる人を探させたの?」
「大和が最初に俺に会った時、私はもう部長になんてならないって言ったろ。だから中学の時に部長をやっていて、その時に何かあったのが原因かもしれないって思っただけだ。戦国の方の理由は土曜まで中学の部活関係のことか分かっていなかったから完全に見切り発車だ。龍井、虎岡、それに他の一年、協力してくれて本当にありがとな。お前たちの頑張りが無駄にならなくて良かった」
「いえ! こちらこそ本当にありがとうございました! 冬風先輩のおかげでまた楽しくみんなで部活ができそうです!」
龍井はそう言ってくれるが、今回ばかりは本当に俺は戦国と大和の昔話を本人たちの前でしただけだ。俺は二人に他に何をすればいいか分からなかった。二人が自分たちで答えを出さなきゃ、この件は解決しなかった。たまたまそれが上手くいっただけだ。今後も同じように上手くことが運ぶなんて分からない。
「じゃあ、これからも頑張ってくれ。また何かあれば生徒会へな」
俺は本格的に文化祭の準備が始まりかけて、忙しくなっているであろう生徒会室に向かった。
後日、正式に大和が女子陸上部の部長に、戦国が副部長に就任したらしい。朝市先生から陸上部の顧問の先生の感謝も伝えられたが、俺にとっては自分の実力のなさを実感した案件だった。一年生の協力がなければこの件は全く前に進まなかった。戦国が俺の家に来るのを断固として拒否していたら、俺は戦国の真実に向き合えなかった。目安箱委員長、今更だが俺には向いてないな。
陸上部の件を解決した週の木曜日、俺は四季祭についてクラスの文化委員と生徒会が話し合ったり、他クラスとの調整を図る文化委員会についての資料を作成していた。明日はロングホームルームの時間で各クラス、出し物や模擬店について話し合い、放課後に他クラスとの被りがないかを文化委員会で確認するのだ。今の段階でこの忙しさだと、直前はどんな忙しさになるんだよと心の中で愚痴を吐く。
生徒会室の扉がノックされたので、また俺が扉を開けると戦国が立っていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「すぐに終わるからちょっと待って……。誠! 今週の日曜日、私とデートしよ! 時間とかはまた連絡するね! じゃあお仕事頑張って!」
戦国が生徒会室全体に聞こえるほどの声で叫ぶ。
「は?」
そして呼び止める暇もなく戦国は廊下を駆け抜けていった。
わけも分からず自分の席に戻ると秋城が笑って、一言だけ口に出した。
「群雄割拠、戦国時代の始まりだね」
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