第17話 六つ花は冬の風に吹かれ、舞う~四つ目の相談~④

「そうか、分かった」

 

 戦国が家に来た日の夜、龍井から電話がかかってきた。どうやら俺が一年生に頼んでおいたことを忙しいながらも協力して完璧にこなしてくれたらしい。


「運が悪かったな。かなりの手間だったと思う。本当にありがとう」


「いえいえ。……冬風先輩、二人はどうなりますかね……」


 龍井が弱い声で俺に聞いてくるが、これは答えを求めているわけではないだろう。


「二人がそれぞれの真実を聞いて、そこからどうするか想像もつかない。だが今俺にできることはこれだけだ。二人を傷付けることになったとしても、俺はやらなければならない。早ければ月曜日に行く。顧問の先生には俺が話を通しておくよ」


「はい、よろしくお願いします。また何かあれば言ってくださいね」


「ああ、助かるよ。またな」


「はい、失礼します!」



 龍井との電話を切って、メッセージ画面に送られてきた場所と時間を確認する。明日は午前と午後、一人ずつ人と会う。そいつらがどこまで話してくれるかは分からないが、一年生が頑張って作ってくれたチャンスだ。この短時間でここまでこぎつけることができたのは、それだけ一年生の戦国と大和に対する思いが強い証拠だ。無駄にはできない。


 今日は美玖と霜雪がリビングを使っていたので俺の部屋で戦国と話したが、なぜだか今もこの部屋の中に戦国の体温を感じるような気がする。今日はあまりぐっすり寝られないかもな。俺は電気を消して布団に潜りこんだ。





 月曜日の放課後、俺は女子陸上部の顧問の教師の所へ行き、俺が今回の件に関わっていることなど事情を話した。顧問の先生は我関知せずというスタンスよりは、先生自身もどうやって対応しようか迷っていたらしい。快く今日の部活を俺に預けてくれた。


 後は昨日の話を聞いて分かったことを戦国と大和に話すだけだ。その後どうなるかは分からないがこれで一歩は前進できる。


 俺はグランドに出て、ウォーミングアップを始めていた、陸上部に話かける。


「誠?」


「何よ? 部活の邪魔だからもう来ないでって言ったじゃない」


「顧問の先生には事情を話してある。一年生はそのままウォーミングアップを続けてくれ。戦国と大和は俺に付き合ってもらう。拒否はさせない」


「はぁ? 何言ってんの? なんで私があんたに付き合わないといけないわけ?」


 だろうな。俺が逆の立場でも同じことを言うだろう。ただお前には背中を押してくれる仲間がいるはずだ。


「大和先輩! お願いします! ずっとこのままなんて私は嫌です!」


 少し後ろで固まっていた一年生の中から虎岡が声を出す。


「そうだ。このままだと何も進まない。陸上部も大和も戦国もだ。頼む、話を聞いてくれ」


「玲ちゃん……。分かったわ。話だけは聞いてあげるわ。ただこの一回だけよ。もう関わってこないで」


「分かった。今日で俺の言いたいことは全て言わせてもらう」




 グランドの端に行き、段差となっている所に、右側に戦国、左側に大和という状態で座る。


「お前たちはお互いがなんでそんなに部長をやりたくないのかまだ知らないだろ?」


「う、うん」


「ええ、そうね」


「改めて言っておくが、俺は今回の件について戦国の味方もしないし、大和の味方もしない。ただ俺はそこにあるお互いの真実を見せるだけでそこから先は俺自身もどうすればいいかまだ分からない。今から俺はお前たちの思い出したくない過去を話す。戦国も大和も傷付けることになる。俺のことは恨んでもらっても構わない」


 俺も覚悟を決めて話し出す。


「まずは戦国の過去からだ。戦国は中学校の頃はバレーボール部に所属していて、周りに小学校からの経験者しかいない中で、実力、練習に取り組む姿勢が認められて中学からの初心者にも関わらず、部長になった。大和、その後は何が待ってたと思う? 


部活崩壊だよ。戦国が何かを指示しても他の部員はそれを無視して、好き勝手やっていたらしい。『初心者の言うことなんて聞けない』『身長が高いだけのくせに自分が上手くなったつもりでいる』本人に聞こえるか聞こえないかくらいの所で言うんだからよりたちが悪いよな。それに小学生からバレーをやっているんだったら、戦国以外と後輩とは最初からある程度関係を持っている。誰も周りに助けてくれる人がいない状況で戦国に何ができる? 何もできない。


最初は無視や陰口だったが、徐々にやり口はひどくなっていった。部活を始める前の準備を戦国一人にやらせ、顧問がいない時は片付けも全て押し付ける。顧問に相談しようにも何せ問題は個人対個人ではなく、戦国一人対部活全員だ。戦国は結局相談できる相手がいないままに部活を辞めた。顧問から無責任と言われつつな」


 俺が話す戦国の辛い過去なんて所詮言葉だけのダイジェストだ。真実はもっと残酷で、もっと醜いもののはずだ。


「過去にこんな出来事を経験していて、部長なんてやりたいわけはない。これが戦国の理由だ」


 戦国は俯いたまま何も言わない。本人が言えなかったことを他人の俺が勝手に話している。戦国が俺のことをどう思うかは知らないが、今は俺のことなんてどうでもいい。


「次は大和のことを話す。大和は中学の頃から陸上でこれまた部長をやっていたらしい。真面目だったし、やる気に満ち溢れていたらしいからな。だがその部活に途中から短距離で大和よりも速い奴が入部してきた。そいつはかなり学校で権力も持っているというか、カーストが高いというか、とにかく影響力のある奴だったらしい。そんな奴がいる中で大和が部長の部活。そこで起こったのも部活崩壊だ。


ただ理由は戦国とは逆だ。『私より遅いくせに長くいるってだけで指図をしてくるな』『なんでお前が部長なんだ。戦力にならないくせに』バレー部とは違って陸上は個人競技だから、部活が崩壊しているのが外からじゃ分かりにくい。そいつが後輩や同級生を使って大和に嫌がらせをしても気付かない。そのまま誰の助けもなく時間だけが経っていき、大和は引退試合になるはずだった記録会にエントリーしなかった。部内の成績的には十分にエントリーできたはずだったのにな。顧問には怪我をしたと嘘をついたらしい。これが大和の理由だ」


 大和も戦国と同じように俯いたまま何も話さない。


「経験がないまま部長になったために、そしてその才能と努力に嫉妬されたために辛い思いをした。経験があっても、自分より実力が上の奴がいたために、辛い思いをした。戦国、大和、お前たちはお互いに恐れているんだ。自分が部長になったら、もしかするとまた部活が崩壊するんじゃないか。もしかしたら親友と思っている相手が中学校の奴みたいに変わってしまうのではないか。お互いのことを想っているからこそ、お互いに部長になるわけにはいかなかった。たとえそのことで今喧嘩することになってもな」


 友情が深ければ深いほど、その関係が崩れた時のダメージは大きいだろう。一度そんなことを経験しているからこそ想像ができる恐怖だ。


「俺はお前たちがした経験を頭の中では分かってるつもりでも、完全に理解はできない。所詮人に聞いた話だ。だが、だからこそ、お前たちが見えてないことを見ることができる。戦国、大和、お互いが譲れない理由は分かったはずだ。だからこそ俺はその理由を今から否定する」


 言うだけなら簡単だ。無責任だ。そんなやじは今の俺にぴったりだ。ただ、今の俺にはそれしかできない。どんな言葉が今のこいつらに必要かなんて俺は分からない。俺はただそこにある真実を見つめるだけだ。

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