第17話 六つ花は冬の風に吹かれ、舞う~四つ目の相談~③

「何もないけどゆっくりしてくれ」


 自室のテーブルに二人分のジュースを置いて、戦国と一緒に座る。


「ま、誠。なんでこんなこ……」



「俺の家はな、親父もお袋も転勤が多くて今まで引っ越しばっかりだったから、今は美玖と俺の二人暮らしなんだ。夏野や霜雪は美玖のことをよく可愛がってくれるし、勉強なんかを教えに来てくれる。俺が生徒会に入って良かったことの一つだ。美玖も生徒会の奴らに会うと嬉しそうにする。あ、美玖は多分戦国のことも好きだぞ。夏休みにショッピングセンターで初めて会った後、俺とどんな関係なのか必死に聞いてきたし、ずっと戦国さんみたいにスタイルよくなりたいとか言ってるからな」



「そ、そうなんだ」



「そう言えばさっき作った焼きそば、あれは親父の得意料理なんだ。俺は昔から学校での昼ご飯にいい思い出がなくて、土曜日に親父が家で作ってくれる焼きそばが楽しみだった。昔の俺は嘘つきでみんなに嫌われてたからな。まあ嘘をつかないようにしてからもそれはそれで上手くいかなくて、未だに弁当は生徒会室で一人で食べてる。生徒会に入ってから知り合った奴らが一緒に弁当を食べようって誘ってくれるんだが、一人が慣れてるんだからしょうがないよな」



「……」



「もう少ししたら四季祭があるな。俺は高校に入ってからも友達なんて呼べる奴はいなかったから、去年は全然模擬店とかステージ発表とかを回らずにずっとクラスで受付していたんだ。四日間ずっと。今思えば何してんだよって話だよな。だから今年は実はちょっと楽しみなんだ。四季祭がどんなものか知りたいし、美玖にも色々見せてやりたいし、生徒会の奴らや修学旅行で仲良くなったクラスの奴ら、それに戦国と色々やってみたい。それに秋城が何やら本気を出してるからな。俺も運営する側だけど、今年の四季祭はこれまでとは違ったものになるはずだ」



 戦国が何も口を挟んでこないので俺は話し続ける。



「戦国、お前は修学旅行の時、俺とお前はお互いにまだ何も知らないと言ったな。だが友達だから本当に悩んでいる時は力になるとも。俺もまだよく分かってないが、友達っていう存在はどちらか片方ではなくて、双方の想いで成り立つものだろ。だから戦国が本当に悩んでいる時は俺も力になる。それにお互いにまだ何も知らないなら、これから知っていけばいい。俺のことを知ってくれ。そして戦国のことも教えてくれ。

 

今回の件に関しては俺は戦国、大和、どちらの味方もしない。お前たち自身が納得しない限り何も意味はないからな。だが、俺は二人ともの力になる。お前ら二人を助けたい。それが目安箱委員長としての仕事、そして俺を友達と呼んでくれた戦国への友達としての仕事だ」



 相手が自分のことを知らなければ、自分が教えればいい。自分が相手のことを知らなければ、相手から教えてもらえばいい。単純なことだ。


 そして俺は自分にできることをするだけだ。今できることは戦国と向き合うこと。戦国のことを知ることだ。


 少し俯いていた戦国が小さい声で話し始める。



「……私、小さい頃からずっと背が高かったんだ。小学生の頃や中学生の最初の方なんて男子を合わせても一番背が高かった。高校生くらいになると時々、モデルみたいで恰好いいとか、そのスタイル羨ましいとかって言ってもらえるようになったけど、小学生や中学生の時なんて誰もそんなこと言わないよ。言われるのは男みたいだとか、巨人だとか、そんな感じのことばっかり。だから私は自分の身長を恨んだ。いや、今でも恨んでる。物語に出てくるヒロインはみんな程よく背が小さくて、男子から可愛い、可愛いって言われる。私はそんな存在に絶対になれない。私服でスカートなんかも履けないよ。私の体にも心にも似合わない」



 俺は口を挟まず戦国の言葉を一文字も聞き逃さないように集中する。



「それにね、運動神経も昔から良かったんだ。この身長も相まってスポーツでは大活躍。初めてやる競技でもすぐに活躍できた。それも昔色々言われた原因かな。でも体を動かすのは楽しかった。その瞬間、自分が一番輝いてるって感じられるから。陸上は高校から始めたんだ。部活は入らなくてもいいやって思ってたら、入学してすぐの体力テストで一緒だった蘭が陸上部の顧問の先生に私のことを話して、そこから陸上部に誘われて入ったの。蘭と一緒に走ったり、練習したりするのはすごく楽しいから、陸上に出会えて良かったと思ってる」



「……そうか」



「でね、中学の頃はバレー部だった。女子バレーって小学校の頃からやってる子が多いから、私以外全員経験者だったんだけど、必死に頑張って、部長にもなったの。……部長になってからね……。部長になって……。なってからっ……。あれ? な、なんで私泣いてるのかな。それでね……。それでっ……」


 それが戦国の譲れない理由か。


「もういい。ありがとな」


 俺は戦国の隣に座って、腕を回して戦国の頭を自分の肩に寄せる。


「使っていいぞ。ティッシュを切らしてるのを忘れてた」


 戦国は俺の服を掴んで声をこらえながら涙を流す。


 今回の件を解決するためには、戦国は今話せなかった過去と向き合わなければならないだろう。それがどんなに辛い過去だったとしてもだ。


 だが今はその時ではないな。今はただ、静かにこの時間を過ごせればいい。





「あ、ありがとう。もう大丈夫」


 少しして戦国が恥ずかしそうに笑った後、俺は立ち上がった。


「ケーキがあるらしいから取りに行ってくるよ。ちょっと待っててくれ」


 部屋を出るとすぐそこに霜雪がいた。持っているお盆にはケーキと紅茶が乗せられている。


「すまないな。わざわざ持ってきてくれたのか」


「いえ、私もごちそうになったし、これくらいはさせてもらうわ」


 そう言って霜雪は俺にお盆を渡して一階に戻っていく。



「ショートケーキとモンブランか。戦国、どっちがいい?」


「ケーキまでごちそうになっていいの? じゃ、じゃあモンブランで……」


「分かった」


 それぞれがケーキを食べ始める。


「ねえ、イチゴのショートケーキって一番上に大きなイチゴが乗ってるでしょ? 誠はいつそのイチゴを食べる派?」


「最後だな。大切なことは最後の最後まで取っておきたい人間なんだ」


「へえー、私は最初かなー。最後までなんて我慢できないもん!」


「そうか。……やるよ」


 俺は戦国にイチゴを渡す。


「え⁉ だめだよ! ショートケーキの一番美味しいところじゃん!」


「だからだよ。今日は色々と迷惑をかけたからな。突然すまなかった」


「じゃあ、私もモンブランの上に乗ってる栗あげるね」


 戦国が俺の皿に大きな栗を乗せる。


「お返しをもらったら俺があげた意味が……」


「だーめ。大切なものをもらったら、自分も大切なものを返す! ほら、一緒に食べよ?」


 そう言ってお互いに交換したイチゴと栗を食べる。


「美味しい!」


「だな」


 その後は美玖からゲームをしようと誘われたので、俺と美玖、霜雪と戦国で夕方まで一緒にテレビゲームをして過ごした。





 冬風君の家からの帰り道、この気持ちは何だろうと考える。


 ケーキを持って冬風君の部屋の前に行くと、戦国さんが泣いている声がした。そしてそれを優しく冬風君が慰める声も。そこに入っていくことなんてできるわけがなく、部屋の外で息をひそめていた。


 目安箱委員長として冬風君は今陸上部の人から話を聞いているらしい。冬風君は優しい。なんだかんだ言いながらも必ず悩みがある人の力になってくれる。


 そのことについて私が何か言うことはないはずだ。それなのになぜか胸がざわめく。この感情は何だろう? 


 生徒会に入ってから今まで経験しなかったことをたくさん経験している。この気持ちもその一つだ。夏合宿の時に冬風君が言っていた。冬風君と私にはまだまだ分からないことが多すぎる。

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