第17話 六つ花は冬の風に吹かれ、舞う~四つ目の相談~②

 生徒会の奴らに事情を説明して俺は陸上部の様子を見るためにグラウンドに出る。まだ文化祭の準備が本格的には始まっていないので生徒会の方はなんとかなるが、龍井や虎岡など陸上部一年のためにもできるだけ早めにこの件を解決しなければならない。


 相談に来ていた二人も部活に参加し、俺はグラウンドの入り口近くの段差に腰を下ろして観察を始める。


 戦国も大和も同じメニューをこなしているところを見るにどちらも短距離がメインなようだ。ただ近くにいるにも関わらず全く二人は話すことなく、黙々と練習をこなし、一年生がそれになんとか付いていっている状態だ。このままの雰囲気だといつかこの部活は崩壊するだろう。


 戦国はいつも俺といる時は笑っているイメージがあったが、この光景を見るとそれは嘘だったのではないかと思う。その理由はただ練習に集中しているからというわけでもなさそうだ。なぜだか戦国も大和も何かを恐れているような感じが遠目からでもした。



 少しすると休憩になったらしく、それぞれが水分補給を始め、戦国はどうやら俺を見つけたらしく、スクイズボトルを持ったまま、俺の方へやって来た。


「誠! 今日はどうしたの? 何かの下見?」


「いや、違う。女子陸上部が次期部長を巡って少しトラブってるって相談があってな。戦国、なぜ一年生が生徒会に相談に来るほどこじれているのか聞かせてくれるか?」


「……こじれてるわけじゃない。私も蘭も部長なんてめんどくさいからやりたくないだけだよ。だから誠は生徒会に戻っていいよ……。これから四季祭の準備で忙しくなるでしょ。じゃあね」


 そう暗い声で言って、戦国はすぐに俺の元から去っていった。俺はまだ戦国のことを何も知らない。だが、めんどくさいって理由だけでお前が部長を断わるような奴じゃないことは知っているんだぞ。


 これは想像以上に深刻な問題かもな。俺は一度生徒会に戻り、部活が終わる頃に今度は大和の話を聞くために部室の近くに向かった。





「大和蘭だな。少し話がある」


「……冬風。さっきグラウンドにいたわね。六花ならまだ部室だからここで待ってればその内来るわよ」


 他の陸上部の奴より一足早く部室から出てきた大和に声をかけると、そう言ってすぐにまた歩きだしたので引き留める。


「待ってくれ。陸上部の部長のことで大和に用があるんだ」


「部長? ああ、六花から私を説得するように頼まれたの? それならお断り。関係ないことに部外者が立ち入ってこないで」


 大和は冷たい声で俺を突き放す。


「違うな。俺は陸上部の一年生から頼まれたから生徒会の仕事としてここに来ている。生徒会の仕事である以上完全な部外者ではないし、この件に関して事情も全く分かっていないのに戦国の味方をするつもりもない。ただ何がお前たちをそこまで分裂させたんだ? このままでは何も解決しないことも分かってるはずだ」


「六花の事情なんて知らないわ! 私のこともあなたに話すつもりはない! 私はもう部長になんてならない。練習の邪魔だからもうこれ関係でグラウンドに来ないで」


 大和は俺の方を振り返ることなく帰っていった。その後出てきた戦国も「じゃあね」と一言だけ言って、声をかける間もなく逃げるように帰っていく。


「……冬風先輩、どうでしょうか? 何か分かりましたか?」


 一年生が揃って更衣を終え、俺の方にやって来て、龍井が代表して尋ねてくる。


「いや、何も分からないし、二人とも何も話してはくれないな。そうだな、一年生に頼みたいことがあるんだが……」


 俺は一年生に要望を伝える。


「はい! 分かりました! みんなで探してみます!」


「運が悪ければかなり面倒をかけるかもしれない。そっちも忙しいのにすまないな」


「いえいえ、こちらこそ四季祭の準備をしていたところに、ごめんなさい。これは陸上部全体の問題なので、私たちも何かやらなきゃ解決した時に戦国先輩や大和先輩に顔向けできません! 必ず見つけてみせます! 任せてください!」


 頼もしい返事をしてくれた虎岡や他の一年生に別れを告げて俺も家に帰る。


 グラウンドに来るなと大和に言われたからにはもう部活に顔を出しても警戒心を強めるだけだ。なら次は土曜日だな。俺はこの問題の方向性が自分の推測通りであることを祈った。





「まこ兄、土曜日にそんな格好してどこへ行くの?」


 土曜日の昼頃、運動着にランニングシューズを履いて家から出ようとする俺に美玖が声をかける。


「ああ、ちょっととある奴を拉致してくる。美玖はこれから霜雪と勉強だっけ? 俺は自分の部屋にいるから美玖たちはリビングを使ってくれ。あ、多分連れてくる奴は昼ご飯食べてないだろうからキッチンとダイニングはちょっとだけ借りるな」


「拉致って物騒だね。分かった。何人おうちに来るの?」


「一人だ」


「よかったー。昨日、今日のために四つケーキを買ってきてたんだ」


「四つってことは自分は後で二つ目を食べるつもりだったな」


「えへー、けど結果オーライ! 今度から人を連れてくるときは早めに言ってよねー」


「美玖もいつも直前に言うだろ。じゃあ行ってくる」


「はーい、いってらっしゃい!」


 美玖に見送られながら家を出て、学校の校門付近で戦国が出てくるのを待つ。龍井から今日は午前の練習だと予め聞いているのでそのうち出てくるはずだ。


 しばらく待っていると戦国が都合よく一人で出てきたので声をかける。


「戦国、今日はこれから何も用事はないよな」


 これも龍井に事前に確認してもらっている。


「誠⁉ な、ないけど……。やっぱりある! 私急ぐからまたね!」


 その言葉が嘘だってことは分かっている。走って逃げ出した戦国を追って、俺も全力疾走する。


「誠⁉ なんで追いかけてくるの⁉」


「お前の予定がないことは分かってる! 今日は俺に付き合ってもらうぞ!」


 一分ほど追跡を続けた所で俺が戦国に追いついて、逃げられないように戦国の手を掴む。


「普通に走ったら戦国の方が速いかもしれないが、制服の状態なら俺にも勝ち目はある。このために今週はランニングを続けたしな」


「もう、何? 部長のことなら何も話さないよ」


「いいから、俺の家に来てもらうぞ」


 激しく乱れる息を整えながら俺は戦国を連れて家に帰った。




「まこ兄、お帰りなさい」


「冬風君、お邪魔してるわ」


 リビングに入ると美玖と霜雪が一緒に勉強をしていた。


「お、お邪魔します」


 戦国も俺に小さく縮こまりながら続く。


「あ、戦国さん! 夏休みに会った妹の美玖です! まこ兄が拉致してくるって家を出ていったけど、戦国さんのことだったんだね。ゆっくりしていってください!」


「う、うん。ありがとう」


「拉致って冬風君、何をしたの?」


 霜雪が美玖と同じく手を止めて、昼ご飯の準備を始めた俺に尋ねる。


「ん? 戦国を校門から追っかけまわして無理やり家に連れてきた」


「そう、通報されなくて良かったわね」


「霜雪さん⁉ なんでそんなに冷静なのー⁉」


 困惑する戦国をダイニングの椅子に座らせる。


「何か嫌いな物は?」


「な、ないです」


「分かった。焼きそばしか出せないけどそれでいいか?」


「ご、ごちそうになってもいいの?」


「俺が無理やり連れて来たんだ。昼食ぐらいは出す」


 俺も昼ご飯は食べずに学校へ行ったので、戦国と一緒に焼きそばを食べて、その後戦国を連れて自分の部屋に向かった。

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