第15話 囚われた二人は嘘をつき、別れを告げる~さよならの修学旅行~⑧

 俺も夏野も過去に囚われているんだ。でなければ俺がこんな風にのことを思い出したり、夏野が辛い思いをすることはなかった。その原因は俺だ。俺があの時に嘘をついたからだ。


 なら真実を語れ。今更遅いと言われてもいい。今の俺はそうと夏野のおかげで存在している。だがそうはもういない。別れを告げるんだ。


 その前に霜雪との話だ。




 朝食を終えて登山に出発する前の自由時間に霜雪との待ち合わせ場所に行く。


「おはよう、冬風君」


 霜雪は合宿の前の買い物で買った白いワンピースを着ている。思えば俺もその時に買ったシャツを着ている。


「おはよう。やっと話してくれるんだな。話って何だ?」


「……写真を撮って」


「写真? まあいいけどここでいいのか?」


「……うん」


 俺はリュックから美玖から預かったデジカメを取り出す。そして霜雪を壁際に立たせてカメラを構える。


「ちょっと、なぜ私が証明写真を撮るみたいになっているの?」


 霜雪が焦りながら俺に近づく。


「ん? ホテルでの写真が欲しかったんじゃないのか?」


「そ、そんなわけないじゃない……。あなたとの写真が欲しいの……」


 霜雪の声はかなり小さかったので聞き取れなかった。


「何だって?」


「……冬風君と写真を撮りたいの! 何回も言わせないでよ……」


 そう言って霜雪はまた俺の服をそっとつまむ。


「それが霜雪の言ってた話か?」


「……ええ」


 このために霜雪は修学旅行中悩んでいたというのか。深刻な悩みだと思っていた分、少し力が抜けて自然と笑いがこぼれる。


「ちょ、ちょっと……笑わないで」


「いや、そんなことで意味深な言い方するなよ。写真ならいつでも撮れるし、今までも何度も撮ったことあるだろ」


「そうだけど……修学旅行での写真が欲しかったの。それに……」


「それになんだ?」


「なぜだか分からないけど言い出すのがすごく恥ずかしかったの。だからすぐに言えなかった。逃げたりしてごめんなさい」


「もう気にしてないからいいよ。じゃあ撮るか」


 そう言って改めてデジカメの電源を入れて、霜雪と並ぶ。


「なあ、スマホより自撮りが難しいぞ。俺の代わりにやってくれ」


「私もデジカメでなんて初めてよ。もっと近くに寄った方がいいかしら」


「っ⁉」


「どうしたの? 顔が赤いわよ」


「近づき過ぎだ。ちょっと離れてくれ」


「あら、その顔を写真に撮っておきましょうよ」


 霜雪がシャッターを切る。そしてその写真を確認して二人とも笑う。


「人のこと言ってた割には霜雪も顔が赤いぞ。どういうことだ?」


「冬風君には負けるわね。今も赤いわよ。……ありがとう。これも大切な思い出になる」


「これも、か……。……霜雪、俺はお前ほど真実に生きられない。昔の俺は嘘つきだったし、今の俺もそうかもしれない」


 急な話にも関わらず霜雪は困惑した様子もなく、俺を見つめる。


「冬風君が冬風君であること、それが変わることのない真実よ。私にとってはそれが全て。だからあなたは自分が思うように、思うことをすればいいの」


「……そうか。ありがとう。そろそろ集合時間だ。行くか」


 霜雪と一緒に集合場所に向かう。


「霜雪、お前が近くにいてくれてよかった」


「私もって言っておくわ」





「まこちゃん! こっちだよー!」


 霜雪と別れて班に合流する。



 覚悟を決めろ。俺は今から過去に生きる。



 バスで移動して登山が始まる。集団で歩いて片道一時間ほどの行程だ。


「夏野、あんまり壁に近づき過ぎるなよ。ここって火山だから、所々壁からマグマが出ている所があるらしい」


「え⁉ もっと早く言ってよ!」


「そんな危ないことあるわけないでしょ。一体一日何人がここに登ってると思ってるのよ」


「なんだー、良かった!」


 下野の言葉で夏野が安心したように胸をなでおろす。


 順調に頂上付近に到着するが、後ろからどんどん四季の生徒が登ってくるので慌ただしく、そのまま流れに沿って下山する。


「夏野、写真を一杯撮ってたがここを出る時に十枚で一ドル払わないといけないの知ってるよな? パンフレットに書いてあったぞ」


「え⁉ 知らなかった!」


「誠―、奏をからかうのは大概にしてやれよー。そんな商売の所に修学旅行で来ないよ」


 三上が俺の後ろから声をかける。


「ちょっと、まこちゃんー」


「パンフレットをちゃんと読んでたか確かめただけだよ」




 登山は弾丸のように終わり、すぐにショッピングセンターに出発となった。


「じゃあ、二時間後にここで集合でいいか? 気を遣ってもらって悪いな」


「いえいえー、二人でたくさん楽しんできてね!」


「じゃあまた後でね。冬風、奏をちゃんと見張っておいてね」


「ああ」




 ショッピングセンターに入ってすぐに予定通り三上、下野と別行動をする。半分は二人ずつ、もう半分は班でここを回る予定だ。


 適当に昼食を済ませてこれまで買っていなかった月見たちや美玖へのお土産を見て回る。


「夏野、秋城がそれぞれでお土産を買って帰って、誰かと被った奴は罰ゲームって言ってたぞ」


「え⁉ 本当⁉ やっぱりお土産と言えばマカダミアナッツしかないって思ってたけど絶対誰かと被っちゃうじゃん!」


「嘘だ。被ったとしても喜ぶと思うよ。特に春雨とかな」


「焦ったー。けど一応あたしとまこちゃんは被らない方がいいね」


「そうだな」


 夏野は結局マカダミアナッツを、俺はクッキーを月見と春雨に買って帰ることにした。





「ふー、のど渇いたねー。ハワイで何かおすすめの飲み物見つかった?」


 俺と夏野はドラッグストアのような所の飲み物売り場を色々見て回る。


「このパイナップルジュースがおすすめだ。濃厚で美味しいぞ」


「じゃあこれにする! あれ? まこちゃん、二本も買うの?」


「ああ。かなり喉が渇いてるんだ」


 俺はコーラ、夏野は俺が初日に買ったあのパイナップルジュースを買って、周りに誰も人がいない休憩コーナーに座って水分補給する。


「うっ、なにこれ⁉ 濃厚過ぎて匂いも味もきついよー」


「だろうな。俺も初日に一口飲んだままホテルの部屋に放置してる。ほら、コーラやるよ」


「いいの? ありがとう」


 夏野は美味しそうにコーラを飲む。




 少しの間、お互い何も話さずに、耐えきれなくなったように夏野が口を開く。


「……まこちゃん、今日ちょっとおかしいよ。いつものまこちゃんじゃない」


「何も変じゃないぞ。俺が根っからの嘘つきっては知ってるだろ?」


「……だから私はそうじゃな……」


「けどな、今日はそうに話があるんだ。……これは嘘じゃないからな」



 選べ。あの日できなかった選択を。今更でいい。俺と夏野がこれから真実に生きるために、今この瞬間、俺は過去の嘘を、そしてその時の真実を生きる。



「……もうお前と会えない。明日、引っ越すことになった。急でごめんな。なかなか言い出せなかった」



 そうは少し俺を見つめた後、下を向いて口を開く。



「そう……なんだ。本当に急だね」


「ああ。もう引っ越しなんて慣れっこだと思ってたんだけどな。こんなに他の場所に行きたくないのは初めてだ」


「……どうして?」


「今日が最後だから後悔しないように言うよ。……そう、俺はお前のことが好きだ。そうのおかげで楽しい時間を過ごせた。俺もずっと白黒の世界を生きていた。けど俺の世界もそうのおかげで鮮やかになったんだ」


「……あたしもまこちゃんのことが好きだよ。寂しい。これでお別れなんて嫌だよ……」


「俺もだよ。けど俺たちはもう終わりだ。……これから先に出会うことがあっても、もうそれは今の俺じゃないし、今のそうじゃない。もしその時が来たら……過去に囚われずに純粋にその時のお互いを見つめられたらいいな」


「……だね。今まであたしも楽しかった。けど嫌だっ、嫌だよっ……。……まこちゃんっ……まこちゃん……っ。好きなのっ……! だからっ……。……ううん、また……いや、さようならっ……」



 そうが隣で涙を流す。これでいい。これがあの時に選ぶべきだった真実だ。俺も自然と目が滲んで前が見えにくくなる。泣くな、涙をとめるんだ。真実で傷付くのは当然だろ……。



「そうっ……。これでお別れだ。……じゃあな」



 お互いに口を開かない。これで過去がなかったことになるとは思わない。嘘の過去を演じた所で今の真実は変わらない。



 だが俺と夏野はこれからだ。これが俺たちの初めてだ。




「……生徒会目安箱委員長の冬風誠だ。俺と友達になってくれるか?」




 俺は顔をあげて左隣の夏野に向き合う。




「…………。生徒会文化委員長の夏野奏だよ。あたしも友達になりたい……」




 俺と夏野は立ち上がり、お互い正面に向き合う。




「夏野……」



「まこちゃん……」





「「初めまして」」



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