第15話 囚われた二人は嘘をつき、別れを告げる~さよならの修学旅行~⑦
「誠! 誠!」
呼ばれる声に顔をあげると戦国がしゃがんで俺を見ていた。
「……戦国か。一組はもうクルージングから帰ってきたんだな」
「そうだよ。ねえ、大丈夫? すっごく怖い顔をしてたよ? 隣、座ってもいい?」
「ああ」
戦国が俺の左隣に座るが、それ以上は何も話しかけてこない。俺も今は気持ちの整理ができておらずいつものように戦国に接することができない。
「誠、これは私の独り言だから何も返事はしなくていいよ」
少しして戦国は真っ直ぐ太陽に輝く海を見ながら口を開く。
「私と誠はまだお互いのことを全然知らないけど、今誠がすっごく悩んでることは分かる。それが私なんかが聞いたらいけないことだってことも。けどね、本当に困った時は私にも力にならせて。だって私と誠は友達だから!」
そう言って戦国は立ち上がって、俺に笑いかけてくる。
俺と戦国は友達だったのか。他の奴には偉そうに自分の考えを言うくせに、いざ自分の悩みになるとどうすればいいか全く分からない俺なんかに、戦国はそんなに明るく笑ってくれるのか。
「……戦国、ありがとう。これからもよろしくな」
「うん! こちらこそ! またね!」
そう言って戦国はビーチを駆け抜けていく。
これからどうすればいいかまだ答えは分からないが、少し前まで感じていた心の曇りが少し晴れた気がした。
その後、三組のクルージングの番になり、クルーズ船に乗り込んでハワイの海に出発する。
騒ぐクラスメイトから少し離れた所で海を見ていると松本がやって来た。
「すっごく綺麗な海だよねー。あ、運が良かったらウミガメも見られるらしいよ!」
「へえ、そうなのか」
「ねえ、冬風君。あの様子だったらもう聞いてると思うけど、僕、末吉君の告白断っちゃたんだ」
「らしいな。後悔してるのか?」
「ううん、後悔しないために断ったからね。あと怖かったんだ。いきなり今までの関係が変わっちゃうのが」
「それは誰でも怖いはずだ。気にするな」
今までの関係が変わる。もし俺が夏野にお前がそうだって言ったらどうなるのだろう。
「けど両想いだって聞いて安心もした。昔のことをお互い覚えてたのも分かったし」
俺は今まで気付かなかった。おそらく夏野は俺と同じクラスになってから気付いていたはずなのに。
「色々手伝ってくれたのにこんな風になってごめんね、冬風君」
「何も謝ることなんてない。松本と末吉が納得できるんだったら、他の奴が口を出す問題じゃない。これから上手くいくことを願ってるよ」
「うん! ありがとう!」
そう言って松本はクラスの女子の方へ帰っていった。
クルージングの後はビーチで昼食を食べて、モンキーポッドと言う巨大な木がたくさんある公園にバスが到着した。
「うわー、でけー! よくテレビで見る木だな! くうー、近所にこんな木が生えてたら秘密基地作って遊びまくるのに」
「秘密基地ってあんた何歳よ」
そう話しながら三上と下野が先を歩く。時間が来るまでこの公園で自由時間なので、一組から三組の生徒がバラバラに散らばっている。
俺も適当に散歩しようと思ったが、夏野が誰もいない木の下にいるのが見えたので、近づく。未だに自分がどうするべきなのか分かっていないが、修学旅行中ずっと夏野と話さないわけにはいかない。
「秘密基地か……。……嘘より」
「……真実」
夏野は俺が近づいていることに気が付いていなかったのだろう。俺は夏野が呟いた合言葉に無意識に答えた。
「まこちゃん⁉ びっくりした! あれ? 曜子もひふみんももう遠くに行っちゃってるね! あたしたちも行こ!」
俺は、まるで俺の言った言葉が聞こえなかったようにまくしたてて、その場から離れようとする夏野の手を掴む。
「夏野、待ってくれ。いや、
「まこちゃん? 何言ってるの? この前も言ったけどあたしがそうって人なわけないじゃん」
夏野は笑うが、もうここで引くわけにはいかない。
「もう夏野がそうだって分かってる。夏野は俺のことを分かっていたのに今まで気が付かなくてすまない」
「だから違うって」
「もうごまかさなくていいんだ。俺を生徒会に推薦してくれたのも、夏野が俺に積極的に関わってくれたのも、俺が
「もういい! 離して!」
夏野は俺の手を振り払う。
「あたしはそうじゃないよ? だってまこちゃんが好きになった人があたしみたいな嘘つきなわけないじゃん。まこちゃんを生徒会に推薦? わけ分かんない。人違いだよ。きっとまこちゃんは真実ちゃんのような正直な人を好きになる。今も昔もきっとそうだよ。ね、だからあたしは違うの」
「なら……ならなんで泣いてるんだよ……」
さっきまで何も分からなかったが、今は一つだけ分かることがある。俺は間違えた。俺は今夏野を傷付けている。だがどうすればいいかだけは全く分からない。なぜだ。なぜ夏野に涙を流させた?
「泣いてなんかない……。もうこの話は聞きたくない……。あたしは何も聞いてないし、まこちゃんも何も言ってない。……じゃあ、あたしもう行くね」
もう夏野を引き留められない。離れていく夏野の背中を俺はただ見つめることしかできなかった。
「おーい、誠―。クラス写真を撮るから向こうに行くぞー」
三上が俺を呼ぶ声が聞こえたので、振り返る。
「誠⁉ なんで泣いてるんだ」
「ん? 泣いてなんかないぞ」
「いや、涙が……」
三上に言われて目を拭うと確かに濡れていた。夏野を散々傷付けたのに、自分も涙を流すなんて被害者面をするなよ。
「気にしないでくれ。クラス写真だな。行こう」
その後のホテル周辺での自由時間や夕食の時も夏野は何事もなかったように俺に接してきた。
その夜、三上は俺に気を遣ってくれたようで、事情を聞かずに一人で末吉たちの所へ行き、部屋は俺だけになった。
何が目安箱委員長だ。何が生徒の相談を受けるだ。今日、一番近くにいた奴を傷付けた。このまま夏野との関係は終わるのか? 夏野は優しい。これからも同じように接してくれるだろう。だがそれでいいのか? それは関係の終わりであって、これからの始まりじゃない。昔も今も俺は夏野を傷付けるだけ傷付けて逃げるのか?
電話がかかってきたので出る。
「もしもし?」
「冬風君? 夜にごめんなさい。今大丈夫かしら?」
声の主は霜雪だった。
「ああ、いいぞ」
「ありがとう。明日の朝、登山に行く前に少し時間があるでしょう? ホテルのロビーで少し会えない?」
「分かった。待ってるぞ」
電話を切り、再びベッドに寝転ぶ。
明日は軽めの登山の後にショッピングセンターの予定だ。おそらくほとんど三上と下野が二人で回るだろうから、俺と夏野は嫌でも二人きりの時間ができる。その時までに考えろ。俺はこの先夏野とどう関わる?
嘘と真実、昔の俺と今の俺、今の夏野と昔の夏野。考えれば考えるほど、何が正しいかなんて分からなかった。
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