第15話 囚われた二人は嘘をつき、別れを告げる~さよならの修学旅行~⑥

――まこちゃん、ここをあたしたちの秘密基地にしよ!――


――いいな――


――えへー、じゃあ合言葉も決めよっか――


――何にするんだ?――


――あたしが「嘘より」って言ったら――


――俺が「真実」って言うよ――





 秘密基地? そういえば夏野が飛行機の寝言でそんなこと言っていた。俺とは昔、近所の低くて登りやすい木の上なんかを秘密基地って言いながら一緒に遊んでいたな。なぜ、こんな夢を見る? 俺は無意識の内に現実から目を背けている気がした。





 今日も三上に声をかけて起こし、朝食の会場に向かう。


「まこちゃん、ひふみん、おはよう!」


「おはよう! お、曜子、ちゃんと奏に可愛くしてもらったんだな。似合ってるよ」


「そ、そう? 奏、ありがとう……」


「えへー、昨日のお礼だよ!」


 そう言いながら夏野と下野はテーブルに座る。約束通り、夏野は今日は早起きして下野の髪を結んだようだ。


「昨日、ロコモコが美味しい店があるって聞いたんだが、今日の夜はそこで食べないか?」


「確かに、お店は色々調べたけど、どこで食べるかは決めてなかったわね。私はそこでいいわよ」


「俺もだ! せっかく誠が情報を仕入れてくれたんだしな!」


「あたしも! うー、今からお腹が空いてきちゃった!」


 朝食のバイキングが終わって、出発の準備を済ませてからまたバスでの移動となった。





「うわー、ビーチだ!」


 一組から三組は午前にクルージングの予定で、一組ずつ船に乗って数十分ハワイの海を堪能できる。順番が来るまで他の組は建物やスポーツ設備のあるビーチで待機、自由時間だ。


 先に一組が出発して、二組と三組だけになったので俺は星宮を探す。


「星宮、今大丈夫か」


 丁度、星宮が一人でベンチに座っているのを見つけたので声をかける。


「ええ、真実ちゃんは今丁度お手洗いに行ったところよ」


「何か霜雪について分かったか?」


「んー、誠君関係で何か考え事があるのは確かね。けどそれが何なのかまでは分からなかったわ。ごめんなさい」


「いや、助かるよ。ありがとう。そういうことなら俺が霜雪と直接話すしかないな」


 星宮がじーっと俺の方を見てくる。


「どうした?」


「ふふっ。この前もそうだったけど、誠君が色々悩むの可愛いなーって」


「悩みなんて誰にでもあるだろ」


「あら、私はないわよ?」


「だといいがな。もし何かあったら俺はできる限り力になるから無理するなよ」


「頼もしいわね」


「じゃあ俺は行くよ。またな」


 星宮の元を立ち去って、何があるのだろうと建物に入ってみる。中には椅子やテーブルの他に、様々な郷土品の展示などがあったが、他の奴らはみんなビーチでバレーをしたり、写真を撮ったりしているので、中は俺一人で静かだ。


 時間になるまでここにいるのも悪くないなと思いながら展示品を見ていると後ろから俺に近づいてくる気配がして振り向いた。


「……霜雪」


「……冬風君」


「霜雪、俺のことを避けているか? それは初日に言っていた話と関係あるのか?」


「さ、避けてないわ。昨日は何も言わなくてごめんなさい。反省してる……」


「そうか。ならいい。じゃあ最初に戻ろう。話って何だ?」


「どんなことでも笑ったりしない?」


「まあそれは内容に依るが無下にはしないと誓うよ」


 霜雪がさらに俺に近づいてまた俺の服の裾を掴んで、俯く。何かあると服を優しく掴んでくるのは霜雪の癖だろう。


「やっぱりだめ……。ごめんなさい」


 霜雪が顔を赤くしながら離れていく。霜雪がここまで悩むことの想像がつかない。だが霜雪がそれを言う決心ができてない以上、俺が無理やり聞くわけにはいかない。まだ修学旅行は終わらない。時間はある。




 また一人になった建物の中で色々と展示品を見ていると三上が息を切らしながら入ってきた。


「誠! 鉄平と松本が二人で話してる! 行くぞ!」


「そりゃ同じ班なら話すこともあるだろ」


「いや、明らかにいい感じな雰囲気なんだ! どんな結果に終わろうと俺たちが見守ってやるぞ!」


 三上が俺の手を掴んで無理やり外に連れ出し、確かに二人で話している末吉と松本が見える位置のベンチで尾道と合流して、座る。


 会話の内容は全く聞こえないないが、二人は仲良さそうに話している。


「やっぱり告白してんのかなー」


「どうだろうな、ただ話してるだけって可能性もまだあるぞ」




 その後少しして二人は話すのをやめて、末吉が俺たち方へやって来た。


「お、みんな! 振られちまった!」


 末吉が明るい顔と声でそう報告して、「俺も座らせて」とベンチに座る。


「やっぱ修学旅行中に告白するのはいきなり過ぎたなー」


 末吉の言葉に俺たち三人はどう声をかけようかと悩み黙る。


「ちょっと、本人がこんな感じなのにお前らが暗くならないでよー! 大丈夫、俺は落ち込んだりしてないからさ」


「逆になんでそんな明るいんだ? 俺たちの前なら強がらなくてもいいぞ」


「強がってなんかない。振られはしたけど得るものはあったんだ。聞いてよ、松本、俺と昔会ってたこと覚えてたんだぜ! しかも俺が言ってから思い出したとかじゃなくてな! いやー、嬉しいよ。しかも一応両想いだったっぽいし」


 だろうな。松本も末吉を想っているからこそ、二人の思い出を隠して、あれだけ努力したんだ。


「両想いなのに振られたのか?」


 尾道が尋ねる。


「うん、お互い昔と今がごっちゃになってるかもしれないし、修学旅行の勢いに任せちゃうと終わった後に後悔するかもしれないってね。確かにそうだ。確かに俺、焦ってた。けどこの修学旅行は全力で楽しもうとも言われた。例え彼氏、彼女じゃなくてもかけがえのない思い出は作れるって。いやー、改めて好きになっちゃうなー!」


「そうか、二人が前向きなら良かった。よし、今日の夜は鉄平の労いパーティーだな! じゃあ気分を変えて何かするか!」


 三上がそう言って立ち上がり、なぜか屋外に置かれている卓球台の方へ向かう。


「誠は来ないのか?」


「ああ、ちょっと考え事があるからお前たちだけで楽しんでてくれ。もしかしたら後で行くかもしれないが……」


「おう、冬風、待ってるぞ!」





 そのままベンチで一人、海を見つめる。末吉と松本の境遇は俺との過去と鏡写しのようにほぼ同じだ。もしそうと俺が今同じクラスだとしたら、俺はどうする?


 生徒会に入ってから、いや正確には今年になってから、今まで過去のことだと割り切っていたと自分では思っていたそうのことをよく思い出し、夢を見る。何か原因があるはずだ。考えろ。今がその時だと直感が告げている。


 今年に入ってから何があった? やはり生徒会加入だ。なぜ俺は生徒会に入った? 朝市先生に誘われたからだ。いや違う。誰かが俺を推薦したからだ。それは誰なのか。


 朝市先生は面白半分の推薦を受け取るような先生ではない。なら全く俺と関係のない人物ではないはずだ。とするとやはり最初に生徒会であいさつした時の突き刺さるような誰かの視線的に、推薦人は生徒会の誰かだ。


 秋城か? いや、あいつは生徒会に誘われた時に俺のすぐ後ろにいて、その時のやり取り的にありえない。そもそも秋城は嘘つきだが、こんなことを隠すような奴じゃない。


 一年生コンビもあり得ないだろう。学年が違うのに加えて、俺は月見にも春雨にも会ったことはなかった。


 霜雪? あいつも小夜先生に無理やり入れられたと言っていた。そんな奴が俺を生徒会に推薦するはずがない。そもそも霜雪なら隠さずに俺に言っているはずだ。


 残るは星宮と夏野。この二人のうちのどちらかだ。星宮とは去年も今年もクラスが違う。接点は全くない。とすれば夏野か? いや、これだけの情報じゃその可能性が高いってだけだ。夏野も今年は同じクラスだが、それまで何も関りがない。


 推薦人について分かることは今のところここまでだ。次は生徒会に入った後、いつそうのことを思い出したのか記憶をたどれ。


 最初は三上の相談を受けて、下野に会いに行った時、ブランコで俺が寝落ちした時だ。その時は夏野と一緒だった。


 次は夏祭りの後、俺がリビングで寝てしまった時。その時に誰がいた? 俺に毛布を掛けてくれた夏野だ。


 その後は夏合宿で川で遊んでいる時、突然そうとの昔の記憶と目の前の光景が重なった。俺の目の前にいたのは夏野だ。



 全て夏野だ。



 なぜ今までそのことから目を背けていた。そうは俺のことをまこちゃんと呼んでいた。夏野も俺のことをまこちゃんと呼ぶ。初めて夏野が俺のことをまこちゃんと呼んだ時、夏野はとっさにそう呼んでしまったと言っていた。とっさに出てきた呼び方がなぜまこちゃんなんだ。それは昔の俺を同じように呼んでいたからだ。


 夏野奏。奏という漢字はとも読める。ありがちなあだ名の作り方だ。


 夏野がだ。夏野が俺を生徒会に推薦し、様々な人と関わる機会を作ってくれたんだ。


 それが分かった今、俺はどうすればいい? 夏野は自分がそうであることを隠している。俺はどう夏野に関わればいいんだ。このまま気付いていないふりを俺はしてしまうのか。嘘をついてしまうのか。


 ビーチには楽しそうな生徒の声が響く。


 だが俺はベンチに一人座ったまま顔をあげることができなかった。俺が気付いてなかったせいでどれほど夏野を傷付けたのだろう。自分に嘘をつく夏野はどれほど自分を傷付けたのだろう。


 記憶に残っている夏野の笑顔は全て嘘だったのではないかと感じ、胸が締め付けられたように痛んだ。

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