第15話 囚われた二人は嘘をつき、別れを告げる~さよならの修学旅行~③
目が覚めて時計を見ると丁度、機内の灯りが点いた。現地時間としての朝だ。周りの生徒も続々と活動を始める。ハワイの空港に着く頃には十時頃で、到着してすぐビーチを少し回って集合写真を撮った後、昼食、そしてホテルに荷物を置きに行くという予定だ。
隣の夏野を見ると、まだ幸せそうに俺の肩で寝息を立てていた。
「…………まこちゃん、今日は秘密基地に行こ……」
夏野が俺にもギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声で寝言を言う。一体どんな夢を見てるんだ。
「夏野、朝だ」
俺は夏野に声をかける。
「……ん。お母さん、もうちょっと……」
「誰がお母さんだよ」
「……え?」
夏野がゆっくりと起き上がって、細くした目で隣の俺を確認する。
「……もしかしてあたしはずっとまこちゃんの肩で寝ていましたか?」
「はい。一晩中」
「もしかしてあたしは今まこちゃんのことをお母さんと言いましたか?」
「はい」
夏野が両手で自分の顔を覆う。
「ごめんなさい。大変ご迷惑をおかけしました。どうか忘れてください」
「別に何も思ってないからその敬語をやめろよ。……もうすっかり海の上だな」
俺は窓の遮光カーテンを開けて外を確認する。
「うわー、雲の上飛んでるんだね」
夏野も恐る恐る外を見る。
「だな。もう少しで朝食だ。ハワイに着いた一発目の昼ご飯は何だろうな」
「海外っぽいものがいいなー。凄く大きいハンバーガーとか食べてみたい!」
「確かに」
それから夏野とスケジュールの確認などをしていると朝食が運び込まれ、行きの空の旅は何事もなく終わった。
空港から出ると、むわっとした空気に晒される。どちらかと言えば暑いが日本の夏とは少し違った暑さだ。ハワイの空気に生徒は感動しながらも、そのまますぐにバスに乗り込んで、ホテル付近のビーチに移動した。
「わー! こんなに透き通った海って初めて!」
「一二三、ちょっと写真撮って!」
スマホは海外であることから持ち込み禁止になっている関係上、下野が三上にデジカメを渡して夏野との写真を撮ってもらう。
毎日ホテル付近での自由時間はあるが、トラブル防止のためにビーチへの立ち入りは禁止されているので、こんなに近くでハワイの海を見ることができる機会は限られている。
俺も美玖から渡されたデジカメで初めて見た水平線を写真に収める。
「誠、俺たちも撮ってもらおうぜ! ほら曜子、頼む!」
「はい、チーズ!」
「おい、まだ準備が……」
下野がシャッターを切って夏野と写真を確認し、満足したように笑った。
「いい写真じゃない。冬風のこんな顔初めて見たわ」
「だね!」
「おーい、三組! こっちに集まれー。集合写真撮るぞー」
朝市先生の声が聞こえ、一組や二組が先に写真撮影している方へ三組の生徒が向かう。
二組の撮影が終わり、三組と入れ替わる時に霜雪が俺に声をかけてきた。
「……冬風君、話があるの」
「ん? どうした?」
「二組のみんなー、バスに乗ってお昼ご飯食べに行くわよー」
小夜先生が二組の生徒を引き連れて移動し始める。
「今は時間がなさそうだな。クラスは違うが、そのうち話す時間はあるだろ」
「……そうね。じゃあまたいずれ」
霜雪が二組に遅れないように付いて行く。霜雪は星宮と班が一緒らしい。毎日、自由時間が設けられているので、どんな話か知らないが、焦ることはないだろう。
三組の集合写真の撮影も終わり、バスで昼食を食べるための店に向かった。
ハワイに到着して初めての食事は夏野の希望通りのハンバーガーだった。ドリンクや付け合わせのポテトなど全てが日本の物に比べて一回り大きい。
「わー、まこちゃん、あたしの願いが通じたよー」
夏野が目をキラキラさせながらハンバーガーを見つめて、その後大きく頬張る。
「んふふっんんーんん!」
「奏、ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
「んんん! んーんんっん!」
「三上、お前もだ」
子どもっぽい二人と同じ席で俺と下野も食事を始める。
「美味しいわね」
「そうだな」
「夜ご飯は今日以外は基本的に自由だから色んな所で食べてみような! そのためにしっかり下調べしたしな!」
「そうだね! ハワイを満喫しよう!」
三上と夏野がやっと普通に話しだす。せっかくの海外だ。俺も楽しむだけ楽しもうと思い、目の前の食事に集中した。
昼食が終わるとこれから四泊することになるホテルにスーツケースを運び込み、夕方までハワイの観光地を数か所回って、ホテルのバイキングで夕食、就寝時間の点呼までホテルでの自由時間になった。
ホテルの一階には売店兼お土産売り場があり、飲み物や食べ物が必要なら自由に利用することができる。また、男女の部屋の移動は厳禁だが、点呼が終わる前なら同性の別の班の奴の部屋に行くことはできる。
俺は三上と二人部屋だが、三上と俺の関係上、末吉や尾道と一緒に過ごすことも多くなるだろう。
「なあ、誠! 鉄平や将太朗を呼んでトランプしようぜ!」
「俺がどう答えても呼ぶんだろ。まあどうせやることないしな」
「やったぜ!」
三上は部屋の内線に末吉たちの部屋番号を打ち込んで電話をかける。海外なのでスマホは全員持ってきていないが、ホテルにいる限り生徒同士連絡を取ることは簡単だ。
「……分かった。今鉄平がシャワーを浴びてるらしい。けど後で来るって」
「そうか」
シャワーや入浴はホテルでの自由時間中に各自の部屋でということになっており、俺と三上はもう既に済ませてある。
「んー、じゃあ下の売店でも行っとく? 部屋には水しかないからジュースやお菓子欲しいよな」
「それもそうだな。行くか」
俺と三上は財布だけを持って部屋を出て、一階の売店に向かう。
「やっぱ、初日だけあって四季の生徒ばっかだな。早めに買うものだけ買って帰ろう」
「だな、お土産を買う時間はまだ一杯あるしな!」
そう言いながら三上と一緒に生徒をかき分けて店内に入っていくが、すぐにはぐれてしまった。買うものは大体決めていたし、はぐれたら店外で落ち合おうと話してあったので、俺は気にせずに飲み物売り場に行く。
「わわ!」
人混みを抜けると一人の男子とぶつかりかけた。いや、女子だ。
「すまん、松本か」
「冬風君! やっぱり取り敢えず売店は覗いときたいよねー」
松本も飲み物とお菓子を買いに来たらしい。
「明日、遂によさこいだー。冬風君の教えを守ってしっかり踊るね!」
「ああ、頑張れ。あれだけ他の奴より練習したんだし、班練習の時もしっかり踊れていた。自信を持てよ」
「えー、冬風君見ててくれたのー⁉」
「俺の班は夏野が事前によさこいを習得したおかげで、教えなきゃいけない女子が一人だけだったからな。というか明日は姉妹校の生徒に松本もよさこいを教えるんだぞ」
「うう、できるかな……」
「それも見とくよ。もしかしたら一緒のグループになるかもしれないしな」
「うん、よろしくお願いします。どの飲み物にするの?」
松本と一緒に冷蔵のケースに並べられたペットボトルのドリンクを見る。
「当たり前だけど、炭酸飲料以外は日本で見たことない飲み物ばっかりだな。せっかくだから知らないのを飲みたいが決められない。松本、適当にどれか選んでくれないか」
「僕でいいの? じゃあ……これ! パッケージと色的にパイナップルジュースだと思うけど、すごく濃厚そうで美味しそう!」
「じゃあ、これにする。ありがとな」
松本と別れて、パイナップルジュースと強大なポテトチップスの会計を済ませ、店先で三上を待つ。
「ふー、人多すぎ! お、美味しそうなジュース買ったな。俺は冒険せずにコーラにしたけど。というかポテチかぶちゃったな」
「まあ末吉と尾道もいるんだったら丁度いいくらいだろ」
「だな! じゃあ、戻ろうぜ!」
俺と三上は自分の部屋に戻って末吉と尾道が来るのを待った。
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