第14話 鏡写しの過去と気付けぬ誠~三つ目の相談~③

 事前練習最終日の日曜日、俺と夏野、松本は変わらずよさこいの練習をしていた。


「こう?」


「違う、手はこっち、脚はこう開いて姿勢を維持しろ」


「こ、こう?」


「そうだ」


 この四日間の練習で松本は最初と比べて大分踊れるようになっていた。といってもあくまでも酷くはないという評価だが。松本と一緒に練習していた夏野はもうクラスでの練習なしでも姉妹校の生徒に披露できるだろう。今はノリノリで俺と一緒に松本に指導している。


「よし、これで一通りは終わりだ。後は夏野のよさこいを録画したビデオを見ながら家でも練習したら少なくとも恥をかくなんてことはない。よく諦めずに頑張ったな」


「ううん! 全部冬風君と奏ちゃんのおかげだよ! これ、練習に付き合ってくれたお礼だよ!」


 松本は鞄から学校の近所で有名な洋菓子店のクッキーの袋を俺と夏野に渡してきた。


「いいのか? 別に生徒会の仕事だからお礼なんてなくても」


「貰ってよー。生徒会の仕事だとしてもずっと僕に付き合ってくれたんだからちょっとでもお礼をしないと申し訳ないよ」


「それなら貰っとくよ。ありがとな」


「はじめちゃん、ありがとう! 今食べてもいい?」


「うん、初めてあそこの店で買ったから二人の口に合うといいな。ついでに自分の分も買ったから僕も今食べるね」


 俺もクッキーの袋を開けて一つつまむ。チョコレート味だったがかなり美味しかった。今度美玖にも買って帰ろう。


「なあ松本、答えたくなかったなら答えなくていいんだが、お前は末吉と何かあるのか?」


「え⁉ どうして?」


「最初に松本の話を聞いた時、俺は松本の班の男子メンバーとして末吉と尾道がいるのになぜだって聞いたよな。その後松本は恥ずかしい姿を見せたくないから末吉に教わる前に予習しておきたいと答えた。尾道もいるのになぜそこで出てきたのが末吉の名前だけだったのか気になってな。というか他の生徒によさこいを見られるのが嫌なら、いくら生徒会っていっても同じクラスの俺と夏野には教わりに来ないだろ。つまり松本は他の生徒にどう見られようと関係なくて、班のメンバーである末吉に何か思う所があると思った」


「凄いね。その通りだよ。実は……僕と末吉君は小学生の時に会ってるんだ。けどそのことを末吉君は知らない」


「その言い方はどういうことだ? 幼馴染ってわけじゃないのか?」


「違うんだ。小学生の時、たまたま末吉君と僕の家が近かったんだけど校区は違ったんだ。その関係で近くの公園でよく遊んでたんだけど、お互いの名前はあだ名しか知らなかった。その後僕が引っ越しをして末吉君とは短い間の付き合いだったんだけど、この高校に入って、同じクラスになってから初めて末吉君が昔一緒に遊んでいた子だということに気付いた。けど、小学生の頃の僕は運動神経は今と同じくらいだったんだけど、恰好や見た目は今みたいに男っぽくなくて、自分でいうのもなんだけど可愛らしい感じだったんだ。だから末吉君は僕のことに気付いてない。もしかしたら僕と遊んでたことをそもそも忘れてるだけかもしれないけどね」


「どうして自分から打ち明けない? それになんでよさこいをこんなに練習してまでその昔通りの運動神経を末吉に隠そうとしたんだ?」


「だって僕はその思い出を大切に覚えているけど、末吉君にとってはどうでもいいことだった時のことを考えたら怖いんだ。だから少しでも昔の自分との共通点を隠して、バレちゃう可能性をなくしたかった。それに昔の想いはどうであれ、僕は今のクラスで出会ったお調子者の末吉君のことが好きだし、高望みかもしれないけど、末吉君には今の僕を好きになってもらいたいんだ。こんな理由でずっと僕に付き合ってもらってごめんね」


「いや、何も謝ることはない。自分を偽ることにあまり同意はできないが、昔ではなくて今の自分を見て欲しいという考えは俺も同意できる。それに恋愛に関係する相談ももう慣れた。そうだよな、夏野? ……夏野?」


「…………え? う、うん! そうだね!」


 夏野は疲れからか少し違うことを考えていたように見えた。


「よし、じゃあ帰るか。明日からの練習上手くいくことを祈るよ。あと練習したとはいえ、まだまだ松本のよさこいは出来がいいとは言えないからちゃんと練習しろよ」


「うん! 頑張るよ! ありがとう!」


 教室の戸締りをして、帰路につく。松本はバスらしいので校門で別れて、俺は夏野を駅まで送ることにした。松本の話を聞いてから様子が少しおかしく感じたからだ。


 ただ、一緒に歩いている途中、夏野は話を振れば返事をし、向こうからも何度か話しかけてきた。普段と違うように感じたのは俺の気のせいなのだろうか。そう考えているうちに駅に着いた。


「じゃあ、また明日な」


「……まこちゃん、話があるの……」


「ん、なんだ?」


 夏野が下を向いたまま少し大きめに息を吸う。


「…………やっぱりなんでもない! 明日から曜子にスパルタでよさこい教えようね! また明日!」


 俯いていた夏野が普段のような笑顔になって勢いよく改札に消えていった。


 ただ、その笑顔は普段と違って嘘だということが俺には簡単に分かった。

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