第14話 鏡写しの過去と気付けぬ誠~三つ目の相談~②
「あー、仕事がないのも寂しいわね」
星宮が伸びをしながら呟く。最近は対抗戦の準備で仕事量が多かったことと、修学旅行前で仕事が少ないことが重なり、確かに普段と比べて少し物足りない感じはする。
「けどこの量でも俺と咲良の二人だったら厳しいですよー。小夜先生も朝市先生も二年生の担任だから修学旅行に行っちゃうし」
「その分お土産はたくさん買ってくるから頑張ってくれるかい?」
「は、はい。大地君となんとか頑張ります」
そのままのんびりと仕事していると生徒会室の扉がノックされた。一番近くにいた俺が扉を開けるとショートカットの女子が立っていた。ボーイッシュで女子でも惚れそうな目の前の奴を俺は知っている。俺と夏野のクラスメイトの松本はじめだ。
「せ、生徒会の目安箱委員長は生徒の相談に乗ってくれるって朝市先生から聞いたんだ。ぼ、僕の相談を聞いてくれない?」
久しぶりの直接の相談者か。目安箱に入れられた投書の要望にはちょくちょく応えていたが、やはり直接相談に来る生徒は少ない。
「ああ、目安箱委員長は俺だ。それでもいいなら話を聞くよ」
「冬風君が目安箱委員長だったんだ。うん、お願いしてもいい?」
松本と話すのは初めてだ。クラスも今年初めて一緒になったはずだ。
「生徒会室で大丈夫か? 他の奴に聞かれたくないなら隣の教室でもいいけど」
「大丈夫だよ。ありがとう」
それならとソファに座ってもらって、松本の対面に俺が座る。
「あれ、はじめちゃん! あたしは聞かない方がいい話?」
夏野が手を止めて聞いてくる。同じクラスだからこそ気を遣ったのだろう。夏野は大雑把に見えて細やかな気遣いができる奴だ。
「いや、そんなことないよ!」
「じゃあ、奏も誠と一緒に彼女の話を聞いてあげるといい。二人の仕事は残りのみんなで引き受けるよ。大地も暇すぎてウトウトし始めているしね」
「ああ、頼んだよ」
そう言うと秋城はいつの間にかうたた寝していた月見の前に俺と夏野のやりかけの書類を置いて、月見を起こした。寝ぼけた月見は仕事が増やされたことに気付かずに、また書類を整理し始める。それを見て星宮も吹き出しそうにしながら自分の仕事に戻る。
「で、相談ってなんだ?」
「あのね、今度の修学旅行でハワイの姉妹校に行って、よさこいを披露することになってるでしょ」
「ああ、体育祭で男子はよさこい、女子は創作ダンスだったから来週くらいから班の男子が体育の時間に女子によさこいを教えることになってるな」
「そ、そのことなんだけど、ぼ、僕によさこいを教えてください!」
松本が頭を下げて頼んでくる。よさこいを教えるなんて簡単な仕事だ。断る理由はない。
「ああ、別にいいぞ。でも来週になったら普通に班の男子が教えてくれるだろ。班の男子は末吉とか尾道だったか?」
「うん、そうなんだけど……僕、運動神経が絶望的で。だから末吉君に教わる前に予習しておきたくて……。恥ずかしい姿を見せたくないからさ」
「……そうか。じゃあ隣の教室でよさこいを教えるよ」
「じゃあ、これを使っていいよ。音源とプレイヤーだ」
自分の仕事しながらしっかり話を聞いていたのだろう。秋城が練習に必要な物を素早くセットで渡してくる。
「奏も一緒に練習に付き合ってやってくれ。一対一の指導よりも緊張しないで済むだろう」
「はーい」
俺は隣の空き教室の鍵を受け取って、松本と夏野と一緒に生徒会室を出て、教室の鍵を開ける。
「冬風君、着替えるからちょっと待ってて」
「よさこいはそんなに激しくないぞ」
「うん、けど一応……」
「はい! じゃあまこちゃんはあたしが呼びに行くまで廊下で待機!」
夏野がそう言って、松本と一緒に教室に入っていったので、俺は少しの間廊下で更衣を待った。
松本の運動神経は想像以上だった。想像以上に酷い。そもそもよさこいに運動神経って必要なのか? 俺は目の前で汗を一杯かいている松本にどう教えるものかと頭を抱える。
「……なあ、体育祭の時のダンスはどうやって乗り切った?」
「そ、それはたくさん家で練習して……。ねえ、クラスでの練習が始まる前にマシにならないかな? 僕、やっぱりダメ?」
松本が心配そうに見てくる。そんな顔をされたらとても無理とは言えない。なんとしてでも習得させなければ、嘘になってしまう。
「いや、練習してあのダンスを踊れたんだったら、よさこいもできるはずだ。というかできるまでやってもらう」
「はじめちゃん、あたしも一緒に踊るから頑張ろ!」
「うん! 奏ちゃん、冬風君、よろしくお願いします!」
結局その日は生徒会が終わるまで俺と夏野、松本のよさこい練習は続いた。
「クラスでの練習が始まるまであと平日が二日、休日が二日の合計四日だ。申請さえすれば休日でもこの教室は開けられるがどうする? 松本がその気なら俺はずっと付き合うぞ」
「いいの⁉ それならお願いしたいです……」
「分かった、じゃあ明日も生徒会に来い」
「うん! 本当にありがとう! また明日よろしくお願いします!」
そう言って松本は帰った。
「夏野は別にずっと付き合ってくれなくても大丈夫だからな」
「ううん、生徒会のお仕事が一杯いっぱいじゃない限りあたしも付き合うよ! 体動かすの好きだし、私も来週から曜子によさこい教えたい!」
「三対一で教えられるとか下野も気の毒だな」
そう言いながら教室から出ると秋城がいた。
「二人ともお疲れ。これからも彼女によさこいを教えるのだろう? 仕事はどうせ少ないし、そっちに集中してくれて構わない。それと結局大地は今日自分の仕事が増えたことに気付かなかった」
「かわいそうに」
「まあ、明日からはちゃんと分担するよ。じゃあ帰ろうか」
空き教室の鍵を生徒会室に戻して、校門で俺たちを待っている残りのメンバーの元へ向かった。
「じゃあ、今日も練習するか」
次の日の放課後、俺と夏野も運動着に着替えて松本との練習に臨んだ。
「あれ? 今日は二人も着替えたの?」
「ああ、昨日は俺も覚悟が足りなかった。松本があんなに一生懸命頑張るなら、俺たちもそれに応える。じゃあ、昨日の復習からだ」
松本はよさこいの出来は酷いが、振り付けの覚えはよく、家でもしっかり練習してきたようで、昨日練習したパートはそれなりに踊れていた。この調子なら残り三日で大体は習得できるだろう。
一時間ほど練習して休憩をとることにした。
「ふー、疲れたー」
夏野が鞄から水筒を取り出して水分補給する。
「奏ちゃんと冬風君は同じ班だっけ?」
「そうだよー」
「どうせよさこいは来週教えることになってたからな。丁度良かったよ」
「奏ちゃんはもうほとんど踊れてるのに僕ってなんでこんなにできないんだろ……」
松本が俯きながら呟く。
「人には向き不向きがあるからしょうがない。それに松本は不得意なことから逃げずに立ち向かって努力してるだろ。それは誰にでもできることじゃない。あまり気を落とすなよ」
「うん、ありがと。冬風君ってこれまで話したことなかったけど、優しくてかっこいいね」
「だよねー。みんなにもっとまこちゃんのこと知ってもらいたいなー」
「別に優しくはないし、かっこよくもない。俺は自分が思っていることを言ってるだけだ」
「自分の中に曲げられないものを持ってる人は十分かっこいいよ!」
松本が明るく言う。女子だが見た目はイケメンの松本にそう言われると変な感じだ。
「じゃあ、再開するか。今日で半分くらいまでできるだろう。それで明日と明後日の午前中で終わりだ」
「うん! よろしく!」
その日も次の日も、よさこいの事前練習は行われた。
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