番外編 昔々の姫と王子の会長選挙

「もうこの生徒会は解散だね。いつかこの日が来るとは分かっていたけど、いざその時が来ると寂しいものだ」


 五月初旬、季節高校の生徒会室で片づけをしながら会長が呟く。


はぎは本当に会長選挙に立候補しないのかい?」

「ええ、桔梗ききょうが会長になるべきなんで、俺は推薦人として選挙に挑みますよ」


 机を拭きながら八王子はちおうじ萩が私、九姫くき桔梗の方を見てくる。この生徒会で私と同級生なのは萩だけだった。


「ほ、本当に萩が立候補しなくてもいいの?」

「ああ、俺はお前に会長になって欲しいんだ。その代わり副会長は俺だからな。リストラするなよ」


「そ、そんなのするわけないじゃん! ……けど、誰か他にも立候補するって聞いたから、私が受かるかなんて分かんないよ……」

「あー、俺もそんなこと聞いたな。けど本気で会長になりたいってわけじゃなくて、冷やかし目的って噂もあるけどな。普通にやってれば九姫が当選するさ」


 先輩はそう言ってくれるものの、自信はない。


「よし、今日はこれくらいにしておくか! また明日掃除の続きをしよう!」


 会長が帰り支度をし始めたので、全員が作業をやめる。


 その後、一年間お世話になった生徒会は解散し、先輩は引退した。




「桔梗―、やっぱりあんたは可愛いねー」

「やめてー! 私の頭を撫でるなー!」


「まーたツンツンしちゃってー。ほら、早くお姉さんにデレてー」

「デレないし、私の方が誕生日早いから今はそっちのが年下!」


「そんなこと気にしちゃだめだよー」


 私は背が低い。仲のいい友達はからかいながらもそのことを馬鹿にすることなんてないが、知らない人には時々傷つくことも言われる。言った側は聞こえていないと思っているかもしれないが、意外と自分についての話は遠くまで聞こえるものだ。


「もー、トイレに行ってくる!」

「えー、もっと撫でさせてよー」


 残念がる友達を無視して教室を出る。


「そろそろ会長選挙だな。今年は九姫と加藤かとうが立候補してるんだっけ。加藤ってあのチャラい奴だろ? さすがに受からねーだろ」

「いや、それは分からないぞ。加藤みたいな奴ってグループでつるんでて一定の支持はあるだろ。それに実現不可能な甘いことばっかアピールするだろうしな」


「まあ、九姫も存在感あるとは言えねーからな。八王子みたいにまさに生徒会って奴だったら選挙するまでないけどな」


 今の生徒の話題は会長選挙がメインだ。聞きたくなくても話の内容が頭に入ってくる。


「ノリで立候補したけどワンチャン俺受かっちゃうんじゃねー? 相手が八王子じゃなくて九姫で良かったー!」

「俺は加藤が受かると信じてるぜ! 九姫なんて話すの苦手そうだし、お前には俺たちが付いてるからな!」

「イエーイ!」


 あれが加藤君か。あれだけの大声で話していれば廊下中に聞こえる。私はできるだけ下を向いて廊下を歩く。どうせみんな私なんかに気付かないだろう。


「気にするな。先輩が言ってたように普通にやれば桔梗が勝てる。あんな雑音にへこむことの方が向こうにとって思うつぼだ。というか下向きすぎだろ。こけるぞ?」


 顔をあげて隣を見ると萩がいて、私と一緒に歩いている。


「普通って何よ? 私が普通にやっても存在感がないって言われるだけ。話すのが苦手なのも事実。萩が言ってくれるほど私は会長に向いてない」

「そんなことない。誰がなんて言おうと桔梗が会長になるべきだと思う」


「私は萩がなってくれた方が良かった。萩なら選挙で負けることなんてないし」

「いつも以上に弱気だな。大丈夫か」


「うるさい! 付いてこないで!」

「待てよ!」


「ここ女子トイレ!」


 目の前がどこかやっと気づいた萩を置いて素早くトイレに入る。


 全校生徒の前での演説と投票は二週間後。これから先のことを考えると胸が一気に苦しくなった。




 二週間の選挙活動が終わり、演説、投票日当日になった。事前予想では私が有利となっていたが、今日の演説次第では簡単にひっくり返るだろう。それに日に日に私に対する嘲笑の声が大きくなってきてるような気がした。萩は気にするなと言ってくれるが、そのことは確実に私にみんなの前に出ることへの恐怖を植え付けた。


 加藤君とその推薦人の演説をステージの横から見る。足が震える。怖い。


「桔梗、お前のことを応援してくれる人はたくさんいる。そのことを忘れず、信じろ。それに俺が付いてる」

「は、萩……。私、無理かも。みんなの前に出るのが怖い。足が震えてるの」


「大丈夫だ。みんなに向かって話すのが嫌なら、俺のことだけ考えていればいい。桔梗からは見えなくても、俺が後ろで見守ってる。……終わったな。じゃあいくぞ」


 加藤君たちと入れ替わりにステージに上がる。最初は萩の応援演説だ。


 ああ、やっぱり萩は凄い。全く言いよどむこともなく、はきはきと力強い声で生徒の注目を集めて離さない。神様、どうかこの一瞬だけでいいから、萩の力を私に貸してください。


 萩の演説が終わり、萩と入れ替わろうと私がマイクの所へ向かおうとすると、一つの声が体育館に響いた。


「おーい、マイクの位置もっと下げないと見えないし声も届かないぞー!」


 馬鹿にするような口調の声に合わせてどこからかともなく笑う声が聞こえる。すかさず司会を担当していた前会長が「静粛に!」と言うが、一度発せられた言葉はもう戻らない。


 心がぎゅっと握られたように感じた。息が上手くできない。足をこれ以上前に踏み出せない。


 そんな私を見て、後ろに下がりかけた萩がもう一度、マイクに引き返す。


「おい、今の誰が言った? 出てこいよ。九姫に何か言いたいことがあるんじゃないか? 前に出て、このマイクを使って、ここにいる全員にお前の言いたいことを言わせてやるよ。その覚悟があって今発言したんだよな? まさか九姫はお前たちに何を言われようがここに立っているのに、自分たちだけ逃げるなんてことはないよな?」


 萩の発言に会場が誰も息をしてないように静かになる。こんな空気の中で言われるがまま名乗りをあげる生徒なんていないだろう。


「自分の発言に責任も持てない奴が九姫を馬鹿にするな! どんなことを言われるか分からない恐怖の中で、今俺たちはここに立っているんだ!」


 萩がそう叫んで、マイクから離れた。だめだ。ここまで萩に言ってもらったのに動けない。


 何も言葉が出そうにない。生徒も先生もそんな私の状況に気付いたのか、少しざわめく。

 

 動かない私の元に萩が来て、少ししゃがんで耳打ちする。


「桔梗、お前を応援してるのは俺だけじゃない」


 そう萩が言った瞬間にまた体育館に大きな声が響いた。


「九姫ぃぃぃぃーー! 頑張れぇぇぇーーー!!」


 今度の声の主は誰か分かった。同じクラスで萩と仲が良い赤井あかい紅太こうただ。


「桔梗――! 頑張ってー!」


 今度は私の友達。


「九姫! ちゃんと見てるぞー!」


 次は生徒会の先輩。


 そしてそれらの声に釣られてか、私を応援してくれる声が体育館全体から聞こえてくるようになり、声の代わりに拍手をしてくれる生徒もいる。


 ふと司会の前会長の方を見ると、先ほどとは違ってマイクで静粛を求めようとせずに、優しく笑ってピースしてきた。


「言ったろ。ほら、後は桔梗がこの声に応えてやるんだ」


 萩にそっと背中を押されると、自然に足が動き始めた。目から涙がこぼれそうになるが、この涙は後に取っておこう。


 萩の高さに調整されたマイクを下げる。いつもなら予め下げておいてくれるが、萩のことだから今日はわざと下げなかったのだろう。私の準備ができると前会長が生徒を静かにさせた。


 今、この舞台は私を応援してくれるみんなが作ってくれたものだ。そんな贅沢な場所を用意されて、私が下手な演説をするわけにはいかない。ありがとう、萩。




 演説が終わり、その日に投開票が行われて、私が会長に当選した。


 帰りのホームルームが終わり、萩と赤井君が話している所に向かう。


「紅太、助かったよ。やっぱりお前に頼んで正解だった」


「いやー、めっちゃ恥ずかしかった! しかも萩が不届き者にブチギレた直後だったじゃん。ついでに俺も怒られないかびくびくしたよ」


「俺が頼んだのにお前にキレるわけないだろ」


「ねえ、赤井君に頼んだって何を?」


「ん? 何って桔梗がステージで何かあったら、声を出してくれって紅太に言っといたんだよ。ある程度は予想してたが、あんなにみんなが応援してくれるとは思ってなかったよ」


「いやー、九姫ってみんなに愛されてるねー。あ、一部の失礼な奴らなんて気にしなくていいからね!」


「ずるい……。それってなんかずるくない⁉」


「ずるさも時には必要だ。というか戦略って言ってくれ。まさかあんなことを人に紛れて言ってくる奴がいるとは思ってなかったから、実は焦ってたんだぞ。まあ、俺の用意が周到だったってことだ。ちなみに会長にも九姫の準備が整うまで待ってくれって頼んどいた」


「萩――!」


「おいおい、落ち着け。紅太の応援も本当の気持ちだし、他の奴らは自分から声を出してくれたんだ。これでも自分が生徒会長に向いてないって言うか? そんなわけないよな。じゃあこれから会長としてよろしく頼むよ」


「二人とも生徒会頑張ってねー!」


 赤井君が自分は関係ないとばかりにジュースを飲む。


「……何言ってんのよ。あんたも生徒会に入りなさい! 萩に協力した罰よ」


「え⁉ いやいやいや、部活は入ってないけど俺が生徒会なんて無理だってー。というか俺の活躍全否定された⁉」


「あんたに拒否権なんてないわ! じゃあ早速生徒会室に行くわよ!」


「……だってよ。紅太、俺が副会長でお前より上だからな。ほら行くぞ」


「えー! 本当に拒否権ないのー⁉」


 そう言いつつ、萩と一緒にリュックを背負って付いてくる。


「……二人ともありがと……。これかもよろしくね……」


 振り返えらずに二人に話す。


「……何かあれば俺たちが力になってやる。桔梗、こちらこそよろしくな」


「まあ、いっか! 生徒会のこと、まだよく分かんないけどよろしく!」


「……ばか……」




 一週間後、生徒会に入りたいという一年生が三人やって来た。


「皆さん、生徒会担当教師の午刻ごこく向日葵ひまわりです。よろしくね」


「副会長の八王子萩だ」


「体育委員長の赤井紅太です!」


双田そうだのぞみです! よろしくお願いします!」


奈世竹なよたけかぐやです」


青葉あおばあおいです……」


「ほら、桔梗も自己紹介しろよ」


「生徒会長の九姫桔梗です。……みんな、これから一杯私の生徒会で働いてもらうんだからね! よろしく……」


 季節高校の生徒会が今日からまた始まる。


 私にはどんな時でも助けてくれる人がいる。そんな彼がいるなら私は何だってできるだろう。

 

 萩……ずっと私の隣にいて……。

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