第13話 対抗戦打ち上げ

第13話 とある季節の姫と王子~対抗戦打ち上げ~①

 夏野が家に来た丁度一週間後の土曜日、四季高校生徒会は対抗戦の反省会と打ち上げのために季節高校を訪れていた。対抗戦の準備の時はずっと季節の生徒会がうちの学校に来てくれていたので、俺と春雨、月見は初めての場所だ。


「すげー、誠先輩、咲良、校舎がガラス張りですよ」

「だな」

「季節高校は比較的新しい学校だから、四季より色々設備が整ってるんだね」


 三人で感心していると夏野がこっちを見て笑ってきた。


「ね、写真を撮って送りたくなった気持ちも分かるでしょ?」

「確かにな」


 小夜先生と朝市先生は車で来るはずなので、生徒だけで校門で待っていると、赤井と八王子がやってきた。


「四季の皆さーん、お疲れ様です!」

「紅太、朝からテンション高すぎだ、下げろ。じゃあ生徒会室に案内するから付いてきてくれ」


 二人の案内で生徒会室まで向かう。その道中もうちの生徒会室までの寂しい道とは違って、美術部の絵画が飾られていたりと比べ物にならないほどスタイリッシュだった。


 生徒会室自体は広さ、設備と共に同じくらい充実していたので、多少の大人数でも狭く感じることはない。


「お、おはよ。今日はよろしくお願いします」


 九姫がため口なのか丁寧語なのか分からない距離感の挨拶をして、先生方が来るのを待った。



「じゃあ反省会から始めましょうか。皆さんが気付いた改善点などを自由に発言していって」


 午刻先生、小夜先生、朝市先生が揃ったところで早速反省会が始まった。


 救護テントの有無や、部活に所属していない生徒の扱い、対抗戦の会場が二つあるゆえのタイムスケジュールの隙間などが話し合われて来年への資料として記録される。


 そして何より事後のアンケートで四季、季節高校との共同行事に多くの期待や、肯定的な意見が寄せられたことから、今後も対抗戦に限らず新しい試みやイベントを模索していこうということになって反省会は終了した。


 そしてジュースやお菓子などが用意され、ささやかな打ち上げが始まった。


「なんだか久しぶりな感じね、体調はもう大丈夫なの?」


 この一週間は夏休み後半から対抗戦の準備ばかりだったことと、俺が風邪でダウンしたこともあって、生徒会の活動は休みだった。二年生の修学旅行前で差し迫る行事も文化祭まではないこともその要因だ。


 隣に座った霜雪は少し心配そうに俺を見てくる。霜雪や星宮、秋城とはクラスが違うので直接会って話をするのは一週間ぶりだ。


「ああ、学校も一日休んで合計三日寝込んだからな。昔から風邪を引くと熱が長引くんだ。その後は何事もなかったように治るんだけどな」

「そう、元気になったのなら良かったわ。疲れてる時は無理せずにちゃんと休んで」


「優しいんだな。少し会って話してないうちに何かあったか?」


「失礼ね、何もなくても病み上がりの人には少しくらい普段より優しくするわ。……けど、冬風君が風邪で寝込んでるって美玖さんに聞いて、心配だったけどどうすればいいか分からなかった。私を何回も助けてくれたあなたが大変な時には、私も力になってあげたいのに。……だからもう寝込んだり、風邪を引いたりしないで」


 霜雪が俺のカッターシャツを掴んでぎゅっと握る。


「無茶言うなよ。けどそう思ってもらえるだけで十分だ、ありがとう。まあ、家に来て風邪でダウンしてる奴の部屋で寝落ちする奴もいるけどな」


「うー、申し訳ないです」


 霜雪とは逆の俺の隣に座っていた夏野がうなだれる。


「そういえば夏野さんは美玖さんに勉強を教えに行くって言ってたわね」


「それで昼ご飯を俺に届けに来た後、俺のベッドで夕方まで寝てた。起きたら夏野の寝顔が目の前にあって心臓が飛び出るかと思った。そもそも俺は美玖に教えてもらうまで夏野に昼ご飯を食べさせてもらったことも頭がボーっとしてて忘れてたからな」


「えー⁉ じゃあ、まこちゃん、あたしと話したことも忘れたの?」


「ああ、申し訳ないがそうだ。何の話をしてた?」


「……それは内緒だけど」


「なんでだよ。まあいい。とにかく心配や迷惑をかけてすまなかった」


「全くだな。女の子には心配をかけるものじゃないぞ」


 八王子が笑いながらこちらにやって来た。


「何々―? 恋話なら俺も混ぜてくださいよー!」


 赤井も八王子の陰からヒュッと顔を出し、そこに秋城と月見も加わって男子会が始まった。夏野と霜雪も少し離れた所の女子会に参加し、先生は先生で昔話で盛り上がっているらしい。


「で、誰の恋話―?」


「誰のでもねえよ」


 赤井に答える。


「じゃあ、紅太と葵の恋話でもするか」


「ちょ、萩―、それはだめでしょー」


 葵というのは季節の生徒会の一年の女子、青葉葵のことだ。対抗戦では季節の担当だった。


「二人は付き合ってるんですか?」


 月見が八王子に尋ねる。


「いや、紅太が葵にベタ惚れで必死にアピールするもなかなか相手にされないっていう、全米が泣くほどの悲しい話だ」


「へえ、むごいな」


「萩、冬風君、その言い方は傷ついちゃうよー」


「全く脈はないのかい?」


「いや、それがそういうわけでもないんだ。最近は葵も段々紅太に心を開き始めているようなんだ。まあ紅太はチャラく見えるが本当は真面目な奴だし、葵も真面目だから時間がかかるだけで、このままいけばいい恋になるんじゃないか」


「まじ? やっぱり最近いい感じ? このまま頑張るっきゃないなー」


「なあ、誰かのことを好きになったら、赤井みたいにアプローチしまくるのが普通なのか?」


「さあー、俺の場合は自分の気持ちが抑えられないのと、やっぱり自分から動かないと相手に振り向いてもらえないからそうしてるって感じです。会長と萩みたいに両想いじゃない限り、恋って自分から動かないと発展しないと思いますよ」


「おい、なに勝手に俺と桔梗を両想いにしてんだ。片想い野郎」


「ちょ、俺のことは散々言ってたのにそれはないってー!」


 適度にお菓子をつまみつつ、話はどんどん盛り上がっていった。



 トイレに行きたくなったので騒がしい生徒会室を少し抜け出す。


「うわ!」


 トイレから出ると目の前に九姫が立っていた。


「遅い! お手洗いの前で待ってるの恥ずかしかったじゃない! ……ちょっと相談があるから一緒に来て? め、迷惑?」


 九姫が俺に近づいて見上げながら言う。背が低い分、首の角度が辛そうだ。


 これがフィクションでよく見るツンデレとは思わないが、緩急の凄まじい奴であることに違いはない。


「まあ、別にいいけど……」

「じゃ、じゃあ付いてきて」


 九姫に連れられるまま生徒会室から数十秒で行ける屋上に行って、人工芝の上に置かれたベンチに座る。


「で、何の相談だ? というかなんで俺なんだ?」


「星宮さんが冬風君は恋愛マスターだって言うから……」


 あの野郎、秋城みたいなこと言いやがって。


「言っておくが俺は恋愛マスターじゃない。たまたま今まで目安箱委員長として受けた相談が恋愛関係で、たまたまそれが上手くいっただけだ。俺は恋愛なんてどういうものか分からないし、むしろ俺が教えて欲しいくらいだ。……まあ話だけなら聞くことはできる。何ができるってわけでもないが、それでいいか?」


「うん、ありがとう」


 わざわざ他校の俺に相談ってことは他の生徒会の奴には言い出せず、第三者としての意見が欲しいといったところだろう。


「で、何に悩んでるんだ?」


「……好きな人がいるの。かっこよくて優しくて、いつも私のことを助けてくれる人が。周りの人は両想いだから早く告白すればいいって言うけど、どうしてもその自信がでなくて。それにもしダメだったらこれまでの関係がなかったことになりそうで、不安なの……」


 さすがに俺でもこの話題の人物が誰のことか分かる。八王子だ。しっかり両想いじゃないか。


「そうか。九姫はそいつとどうなりたいんだ? 今の関係が良好なら無理に告白する必要はないんじゃないか」


「今の状況に不満は何もない。そもそも今も十分恵まれていると思う。けど好きになったからにはこの気持ちを抑えられない。好きって伝えたいし、好きって言われたい」


 赤井も気持ちを抑えられないから積極的に動くと言っていた。恋愛はそれが両想いだとしても、どちらかが動かない限り発展はしないようだ。秋城が合宿の時に言っていた人間関係と同じだなと感じる。


「じゃあ、その想いを伝えるしかないな。告白なんて自信がないとできないわけじゃない。むしろその不安を伝えるのが告白だと思う。好きという真実があって、それを伝えたいという気持ちがあるなら、自分に嘘をつかない方がいい。いつかその嘘を後悔する日が来る。俺に言えるのはそれくらいだ」


「……そっか」


「それに告白の一つや二つでこれまでの関係がなくなるなんてことはない。そんな奴を好きになったわけじゃないだろ?」


「……うん。そうだね。聞いてもらえて助かった。生徒会のみんなに言うのはちょっと気が引けちゃって」


「だろうな、仲が良いほど悩みって言うのは逆に相談しにくいものだ。だからこそ目安箱委員長なんて成立するんだしな」


「あはは、うちの生徒会もその役職作ってみようかな」


 そろそろ生徒会室に戻ろうと二人で立ち上がったところで屋上の扉が開いた。


「お、ここにいたか。二人ともトイレから帰ってこないからどこに行ったかと思ったぞ。ほら、早くしないとお菓子全部なくなるぞ」


 屋上に来たのは八王子だった。八王子と一緒に屋上から出ようとすると、九姫が急に立ち止まった。


「萩、ちょっと待って! は、話があるの!」


「桔梗? なんだ?」


 まさかここで告白しないだろうな? 俺は三人だけの屋上で自分の立ち位置を見失っていた。

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