第12話 夏の風邪

第12話 過去の嘘と今の誠~夏の風邪~①

「まこ兄、体調はどう?」


 美玖の声で目が覚め、重い体を起こして体温を計る。


「あー、全然熱引いてないー。昨日帰って来た時すっごく具合悪そうだったしね。飲み物とリンゴ持ってきたから食べてね」


「ありがとう。せっかく夏野と勉強するのに迷惑かけてごめんな。俺のことは気にしなくていいから、しっかり勉強教えてもらうといい」


「うん、ありがとう」


 美玖がじっと俺を見つめてくる。


「どうかしたか?」


「まこ兄って風邪ひいた時、すっごく素直になって可愛いのに、今回はまだ甘えてくれないなーっと思って」


「別にそんなことないだろ」


「それはまこ兄がいつも酷い風邪を引いて覚えてないだけだよ。そういうのは妹の美玖の特権なのになー」


「美玖は普段から甘えてるだろ」


 玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。


「ほら、夏野が来たぞ。さっきも言ったけど俺は多分ずっと寝てるから気にしなくていいぞ」


「何か用事があったらすぐに呼んで。お昼ご飯はお粥作るからね。…………急に美玖の頭撫でたりしてどうしたの?」


「いや、よくできた妹だなーっと思って」


「ほら、そういうこと普段は言わないのにずるいー。じゃあ、行くね」


「ああ」


 美玖が俺の部屋から出ていく。今日は頭が全く回らない。大人しく寝ておこう。


 俺は美玖が剥いてくれたリンゴをなんとか全部食べ、またベッドに横になった。



 喉が渇いたな。起きて時計を見ると正午だった。美玖が朝持ってきてくれた経口補水液はもうなくなっていたので下に取りに行こうと体を起こすとドアがノックされた。


「入っていいぞ」


 ドアが開いて入ってきたのは美玖ではなく、お盆を持っている夏野だった。


「あ、まこちゃん、起きてて良かった」


「夏野か。せっかく来てくれてるのに俺がこんなで申し訳ない。美玖はどうかしたのか?」


「美玖ちゃんはお昼食べる前に追い込むって言ってまだ下でお勉強してるよ。あたしがまこちゃんにお昼持って行きたいって言ったの。迷惑だった?」


「そんなわけないだろ。助かるよ、ありがとう」


 俺はベットから出て部屋の中央のテーブルにお粥を置いてもらい、座る。


「昨日そっちはどうだった?」


「全部順調だったよー。季節の生徒会の人とも仲良くなれたし、来週の打ち上げ楽しみだね。ふーふー。はい、まこちゃん、あーん」


 夏野がスプーンでお粥をすくって俺に食べさせてくる。


「えへー、普段なら絶対に食べてくれないのに。まこちゃん、美玖ちゃんの言った通り風邪だと素直で可愛いね。奏お姉さんがたっぷり甘やかしてあげる」


「抵抗するほど元気がないだけだ。つっこむ元気もな」


 結局その後も夏野になされるがままに食事を終えた。


「体調はどう? 昨日から風邪っぽかったって聞いたけど」


「ああ、昨日の朝夏野と連絡してた時はそんなだったけど、対抗戦が終わる頃には結構きつくなってた。今もそれなりには辛いな」


「そうなんだ。大変な時にごめんね」


「こちらこそだよ。けど今日夏野に会えて良かった」


「あたしもまこちゃんに会えて嬉しいけどどうして?」


「夏野と昨日連絡した時、また明日なって送ったろ。昔、同じことを言ったことがある。けどそれは嘘で俺はもう次の日からそいつに会えないことを分かっていた。分かっていたが、嘘をついたんだ。そいつを傷つけたくなかったから」


「それってまこちゃんが昔好きだったっていう、そうって人との話?」


「ああ。けど傷つけたくないから嘘をついたって最低だよな。どうせ次の日には俺と会えないことが分かるのに。俺はその時、目の前の真実と向き合わなかったんだ。逃げたんだ。だから誓った、もう嘘はつかないって」


 なんでこんな昔の話を夏野に話している? まだ頭がボーっとしてるのか。


「優しい嘘だったんだね」


「どんな嘘であれ、嘘が嘘である限り人をいずれ傷つける。残酷な真実もあるが、俺はそれに向き合えるようになりたい」


「……まこちゃんが今そうって人に会ったらどうする?」


「……謝りたいが許してもらうつもりはない。俺がそうを傷つけたことは何をしても変わらないからな。それとその時伝えられなかった真実を伝えたい。好きだったって」


「やっぱり過去形なの?」


「俺も昔から変わったし、そうも多分変わってる。俺は今、目の前にあるものと恋がしたい。俺は今のそうを知りたいと思うし、そうにも今の俺を見てもらいたい。と言っても俺も過去に囚われてるのかもしれないけどな」


「……いつか会えるといいね」


「俺のことは覚えてないかもしれないけどな」


 俺は水分を摂って再びベットに入る。


「話し込んで悪かったな。風邪が移ってないことを祈る」


「あたし風邪引いたことあんまりないから大丈夫! あ、馬鹿は風邪を引かないからなって顔したでしょー」


「そんなわけあるか。……今日はありがとな」


 そう言ってベッドで横になると急激に眠気に襲われてきた。目を閉じる前に横を向くと夏野が頬杖をついてこっちを見てくる。


「おやすみ、まこちゃん」


「おやすみ、夏野」


 俺は再び眠りについた。



 もうそろそろ奏さんとお昼ご飯を食べよう。勉強を終えて冬風美玖はテーブルの上を片付ける。そういえば、まこ兄にお粥を持っていってくれた奏さんがまだ帰ってきてない。


 少し様子を見に行こうと階段を上がり、まこ兄の部屋のドアを開ける。


「二人とも寝ちゃったの?」


 まこ兄はベッドで横になって、奏さんはベッドの脇で腕枕を作って仲良く寝息をたてている。


 そして二人の指先がどちらからでもなさそうに軽く絡まっている。


 奏さんを起こそうかと思ったが、もう少しこのままにしておいた方がいいような気がした。

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