第11話 戦国の疾きこと誠に風の如し~学校対抗戦~⑤

「順調に進んでるな。季節とこっちの結果を合わせて五分五分ってところか」


 昼食の時間が終わり、生徒会のテントで八王子が対戦結果をまとめながら呟く。


「そのようだね。やはりそれぞれのホームの方が勝率が良い。来年以降のためにしっかりと記録を残しておこう」


 秋城も春雨と一緒に机の上の書類を整理しながら答える。


「秋城、この後にある陸上部のリレーの時、ここを外してもいいか? 応援するって約束してあるんだ」

「もちろん。ここからグラウンドの競技は少し見えにくいからね。戦国君の応援かい?」


「ああ、すまないな」


「冬風の彼女か?」

「そうだよ、ラブラブなんだ」


「おい、秋城! 目の前で嘘ついてんじゃねえよ! 八王子が勘違いするだろうが」

「なんだ違うのか。お前の彼女なら俺も見に行こうかなと思ったのに」


「なんでだよ」


 八王子は残念がりながら水筒のお茶を飲む。


「そう言えば八王子副会長は九姫会長とどうなんだい?」

「ぶっ!」


 秋城の質問に八王子が口に含んでいたお茶を吹き出しかける。


「ゴホゴホッ。な、なんのことだ?」


「その反応で誤魔化すのは厳しいですよ、副会長。私たちにも付き合ってるかどうか教えてくれてないじゃないですかー」


 双田望と奈世竹がニヤニヤしながら話に入ってくる。


「付き合ってるかどうかってお前ら俺たちのこと、これまでどういう目で見てたんだ?」


「んー、付き合ってるならよし、付き合ってないなら早く付き合えよって感じの目ですかね」


「なんでそんな上からなんだよ。残念ながら俺と桔梗は付き合ってない」


「えー、会長のこと下の名前で呼ぶの副会長だけなのにー」


「桔梗と俺は去年から生徒会で一緒だからな。ほら、体育館の確認に行くぞ。秋城、ここは少し任せる」


 八王子はそう言うと双田望と奈世竹を連れて体育館の方へ去っていった。


「残念ながら……か。それは誰にとっての残念なのだろうね」

「秋城、お前他校の色恋沙汰によく踏み込めるな」


「だって気になるじゃないか。まあ気長に確認するとしよう。こうやって季節の生徒会と繋がりができたことだしね」


「うわー、もし俺に彼女ができても政宗先輩には絶対に隠そう」

「大地君、多分すぐにバレちゃうよ」


 引き気味の一年を気にも留めず、秋城はまた書類を整理し始めた。




「じゃあ、リレーを見に行ってくる」


 テントの奴らに断りを入れてトラックがよく見える場所まで移動する。リレーは男女別の二戦。各校の走者が放送部によってアナウンスされる。どうやら戦国はアンカーのようだ。


 先に女子のリレーから始まり、スタートの号砲がグラウンドに響く。保護者などもいる体育祭ほどではないが、グラウンドは大いに盛り上がっている。


 特にアクシデントはないままにアンカーまでバトンが渡る。かなり季節にリードを取られている。いくら戦国が速いと言っても十メートル弱ほどの距離を巻き返すことができるのか。


 戦国にバトンが渡った瞬間に会場の熱気がピークに達する。誰しもが戦国の体育祭での走りを見た後だったら期待をするだろう。戦国はグングンと加速していき、徐々に前方の走者との距離を縮めていく。


 そしてレーンの外で応援していた俺の目の前を戦国が駆け抜ける。



 綺麗だ。ただそう思った。


 真っ直ぐに走り続ける戦国の凛とした姿、疾風に吹かれなびくショートヘアーの茶髪。まるで時間が止まったように戦国に目を奪われた。



 大逆転に終わった女子のリレーのすぐ後に男子のリレーが行われ、陸上部の対抗戦は四季高校の勝利に終わった。陸上部として、リレーの一種目しか今回できなかったのは来年への課題だろう。


 観客は次の屋外競技である硬式テニスを観戦するために続々とテニスコートに移動を始めた。


 俺も生徒会のテントに戻ろうと移動を始めたら、戦国ら女子の陸上部が談笑しながらこちらにやって来た。そして戦国が俺に気付き、手を振りながら俺のすぐそばまで走って来た瞬間に、その姿が消えた。


「うう、痛い……」

「おい! 大丈夫か⁉」


 戦国が派手に俺の目の前でこけて地面に座り込み、陸上部のメンバーが駆け寄ってくる。


「ちょっと六花⁉ 大丈夫⁉」

「う、うん。膝をちょっと擦りむいただけ」


「もー、結構血が出てるわね。ちゃんと洗って手当しとかないと痕が残るよ。あ、冬風誠君だったかしら、この子を手当してくれない? 私たちはちょっとミーティングがあるから行かなきゃいけないし、六花は不器用だから一人で放置させられないの」


 陸上部の一人が俺を見て言ってくる。この女子とは俺はクラスが一緒になったことがないのになぜ俺の名前を知っているのか。生徒会だからか? まあ、そんなことは今はどうでもいいか。


「分かった。任せてくれ」

「ありがとう。しっかり頼んだわよ」


 やけに含みのある言い方をするなと思いながら、陸上部のメンバーは部室棟の方へ向かって行った。


「戦国、立てるか? 傷口を洗い流して保健室へ行こう」

「うう、ありがとう」


 戦国を立たせたはいいものの、下を向いてなかなか歩き出さないのでそのまま手を引っ張って水道まで連れて行く。


「ほら、砂を洗い落とせ」


 どうやら擦りむいたのは右の膝だけなようだ。戦国は俺の言う通り流水に膝をさらし、傷口を洗う。


「じゃあ、次は保健室だな」


 まだ戦国は俯きがちなのでまた手を握って引っ張っていく。


「救護用のテントを設置するのを忘れていた。これは生徒会のミスだ。すまないな」

「ま、誠が謝ることじゃないよ」


 道中の沈黙が気まずかったので少し話しかけると返事は返ってきた。どうやら意図的に無視されているわけではないらしい。


 保健室は鍵が開いていたものの先生はいなかった。保健室には生徒が使える応急箱が常備されているので使用者リストに名前を書いて棚から取り出す。


「じ、自分でする……」


 戦国は腰掛用のベットに腰掛け、俺から応急箱を受け取り消毒液を取り出す。


「うわっ! あっ」


 どうしたかと戦国を見ると消毒液をお手玉をしていた。


「落ち着け。俺がやるよ」


 戦国から消毒液を取り上げて、右脚を伸ばさせ傷口を消毒する。


「……リレー、ちゃんと見てたぞ。凄い走りだった。目を奪われたよ」


 手当をしながら戦国に話しかける。


「……ありがとう。けど、せっかく誠に良い所見せられたのに……。最後の最後でこんなの情けないよ」


「気にするな。こけたのがスピードの乗ってるリレー中じゃなくて良かったよ。擦り傷だけで済んで儲けものだ」


 膝に大きめの絆創膏を貼って応急処置は終わりだ。俺は戦国の隣に座る。


「けどよりによって誠の前で……」

「そんなに俺の前でこけたのが嫌か? 何も気にしてないぞ。例えば秋城とかがズッコケてくれたんだったらこれまでの復讐としていびってやるんだがな」


 俺は戦国のあまりの落ち込みに少し笑ってしまう。


「うう、笑っちゃいやだよー」

「ならそんなに落ち込むな。な?」


 戦国の頭を少し撫でて俺は立ち上がる。しまった、また美玖と同じような扱いをしてしまった。これは意識する、しない以前に完全に身についてしまっているな。


 戦国は俺に撫でられた頭を不思議そうにさすっている。


「つい妹を励ました時を思い出して手が出た。すまない」

「ううん、おかげで元気が出たよ。ありがとう! それにしても誠の笑った顔初めて見たかも」


「そうか? 俺だって面白いことがあったら人並みに笑うぞ」

「そんなに私が落ち込んでるの面白かった⁉」


「そうは言ってない。ただ戦国は今みたいに明るい顔が似合ってるぞ」

「誠もさっきみたいに笑った顔が似合ってるよ!」


 立ち上がった俺と、座ったままの戦国の目が合い、少し見つめ合う。そしてお互いに気恥ずかしくなって笑う。


「じゃあ、戻るか。陸上部の奴らも待ってるだろ」

「そうだね。本当にありがとね」


 戦国と一緒に保健室を出る。


「対抗戦、楽しいね。季節の陸上部の人と仲良くなれて嬉しかった」

「それは生徒会としても嬉しいばかりだな。季節との交流が増えて、これからも協力して色々できればなと思ってる」


「楽しみにしてる! って行事といえば、私たちはすぐに修学旅行だね」

「そうだな。気が重い」


「えー、なんでよー」

「戦国は知らないかもしれないが、俺はこれまで学校の奴とこんな風に話したりすることはなかったんだ。そんな状況での修学旅行が楽しくなるなんて期待すらできない」


「今は違うんでしょ? 私とも話してるし、空ちゃんや奏ちゃん、それに霜雪さんや秋城君とも生徒会でお話するでしょ?」

「……まあな」


「うー、私が誠と同じクラスなら絶対に楽しい修学旅行にするのにー」

「それは残念だ。というかどうして戦国はそんなに俺にかまってくれるんだ?」


「……それは内緒だよ……。いつか話すからこれからもこんな風に私に付き合ってくれる?」

「当たり前だ。理由もなく避けたりなんかしない」


 そうこう話していると陸上部の女子メンバーが集まっているのが見えた。


「じゃあな。またこけるなよ」

「分かってるよー! 誠、またね!」


 戦国と別れ、生徒会のテントに戻る。


「遅くなってすまないな」

「いや、何も問題ない」


 テントの八王子が答えてくれる。


「このまま順調に全て終わりそうだ。ん? 冬風、お前熱でもあるのか? かなり顔が赤い。望、どう思う?」


「確かに、んー、やっぱり熱っぽいですね」


 双田望が俺のおでこに手を当てて八王子に答える。


「風邪か、まあ今は辛くないし明日は休みだから大丈夫だ」


 周りの奴らは心配そうにこちらを見てくるが、頭痛などはないので今のところは休む必要はない。


「今日は誠はもうこのテントでゆっくりしておいてくれ。後のことは僕たちがする。体調が悪化したら保健室に行って休んでもらうからね」

「ああ。秋城、ありがとう」


 その日は秋城の言う通りテントの中から対抗戦の進行を見守り、全ての対抗戦が無事に終わった。結果としては四季高校、季節高校の対戦結果全て合わせて引き分けだった。



「よーし、片付けもほとんど終わったな」


 グラウンドや体育館、そして文化部の作品の展示の片付けが急ピッチで進められ、生徒会のメンバーと朝市先生が教室に戻る前に集まる。


「みんなお疲れ様。反省会や打ち上げは来週土曜日に季節高校さんでするよ。対抗戦は終わったけどまだまだお世話になります」

「ああ、楽しみしてるよ。今日はお疲れ。また来週な」


 八王子、双田、奈世竹と挨拶を交わしてそれぞれ教室に戻る。


「誠さん、大丈夫ですか?」

「ああ、もう家に帰るだけだ」


 こちらをのぞき込む春雨に答える。頭が上手く働いている気がしない。これは寝込むことになりそうだ。


「誠、家に帰ったらしっかり休むんだよ。月曜までに元気になっていることを祈ってる」

「ありがとう。またな」


 秋城や月見、春雨と別れて自分のクラスの教室に入る。

 

 対抗戦は無事に終わった。生徒の反応的には頑張った甲斐があったと言えるだろう。少し寒気を感じて震えながら帰りのショートホームルームが終わるのを待った。

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